第三十六話:呼び出し
午前は訓練のために森へ、合間の時間には街へと繰り返す生活が続いていたある日のこと。いつものように訓練を終え、昼食を食べているとシュテファンさんに呼び出された。
俺が来た影響か、日々忙しそうに書類と顔を合わせている姿が印象的なので、訓練の時間以外でこうして話しかけられることは珍しい。
何かあったのだろうかと心配になりながらも執務室に向かうと、うず高く積まれた書類と格闘しているシュテファンさんの姿があった。
「ああ、来たかアリス。こんな格好ですまないな」
私の姿を見るや、手にした書類を適当に放り出してこちらを見る。
俺には領主の仕事がどんなものかはわからないけど、凄い大変そうだな。
まあ、手伝う気はないけど。
薄情に思えるかもしれないが、内容を理解していないのに手伝えるわけもないし、領主が扱う書類なら機密とかもあるだろう。この町の住人ですらない俺が見るわけにはいかない。
俺が色々と訓練の内容をいじくったからそのせいで仕事が増えているのだとしても、それをしろと言ったのはシュテファンさん自身だ。申し訳ないとは思うが、自分で行ったことなのだから自分で解決しないとな。
「別にいいの。それより、どんな用事なの?」
まさかここに来て書類仕事を手伝ってくれというわけではないだろう。
今のところ訓練で大怪我をしたという話はないが、やはり魔物を相手にした訓練は危険だという指摘だろうか? いや、シュテファンさん自身喜々として参加しているのだからそれはないか。
ちょいちょい街に出ていることもシュテファンさんには許可を得ているし、別に問題を起こしているわけでもない。
だからあるとしたら、俺とは関係ない別の問題が発生してそれに手を貸して欲しいかってところだろうか。
「ああ。アリス、お前には王都に出向き、陛下と謁見してもらいたい」
「……はい?」
てっきり山の方から強力な魔物が下りてきただとか、砦の方で負傷者が出ただとかそういう話かと思っていたんだけど、どうやら違うようだ。
王都に関してはある程度本で読んだり、ミーアちゃんに聞いたりして知識がある。
王都クリングベイル。ここ、マリクスから馬車で一か月ほどの場所にあるらしい。
王都だけあって人口も多く、この辺境の町と比べれば雲泥の差があるだろう。
一度くらいは行ってみたいとは思っていたが、まさか王と会えと言われるとは思わなかった。
なんかまずいことでもやってしまったんだろうか?
「アリス。お前はちょくちょく街に行って人々の治療をしているだろう?」
「まあ、成り行きでなの」
以前、森に薬草を取りに行って返り討ちにあった兵士を治療したことがあったが、その話が広まったのか、ちょくちょく俺のところに怪我を治療してほしいという人が来るようになった。
大抵は深い切り傷やちょっとした骨折なんかが多かったんだけど、病気を治せるという話も広まって、町中の病気を患っている人が俺のところに押し寄せることになった。
とはいえ、この町は大きいとはいえそこまで人口が多いわけでもない。町中の人々を相手にしても数日あれば事足りる。だから、スキルの練習もかねて無償で治療を施していたのだ。
おかげで今では街に出れば色んな人が声をかけてくれるし、お店に寄ればおまけをつけてくれたりと結構な好待遇となっている。
別にそこまでしてほしいわけじゃなかったんだけどな。
「私は領主としてお前の活躍を含めて国に報告したのだが、そうしたら陛下がぜひお前に会いたいと言ってきた」
「それは弓の指南役としてってことなの?」
「いや、治癒術師としてだそうだ」
ゼフトさんやエルドさんが言うには、俺がやったことは本来数年がかりで行うものであり、たった数か月でここまで練度を上げられるのは普通ではないらしい。だから、優秀な指導役として腕を買われたというならわかるけど、まさかの治癒術師として。
そりゃまあ、ミーアちゃんの話を聞く限り、治癒術師自体はいるが、俺のように瞬時に怪我を治すことが出来る者はいないらしい。つまり、周りから見れば俺は優秀な治癒術師に見えるわけだ。
優秀な治癒術師は国のお抱えとなり、王族の治療をしたり、戦争時には後方支援として駆り出されたり色々されるらしいから、その観点から俺を呼び出したというのはまあ理屈はわかる。
でも普通なら回復役より戦闘力を伸ばしてくれる人を欲するのではないだろうか?
今現在でも治癒術師はいるだろうし、そもそも回復するだけならばポーションでも飲めばいい。治癒魔法が瞬時に怪我を回復させることが出来ないのなら、即効性のあるポーションを飲ませた方が楽だし早いと思うのだが。
それとも、ポーションすら即時回復はできないとか? あるいは治癒術師の数が思ったよりも少ないのだろうか。
まあ、どちらにせよあまり気乗りはしない。
わざわざ呼び出すってことは俺の能力を買っての事だろうし、もし実際に報告にあったのと同じように優秀であったとわかれば囲い込もうとするだろう。
国のお抱えともなれば待遇は良さそうだが、迂闊に外出はできなくなりそうだ。俺はそれを望まない。
夏樹達の事もあるし、いざという時に動ける足は必要だ。よりよい生活環境を整えるのは大事だが、それは二の次で構わない。適度によい生活が出来て、夏樹達を探せる環境があれば一番だな。
「私としてはアリスを手放したくはない。だが、陛下の命令とあってはそうも言ってられなくてな……」
「まあ、普通そうなるの」
王様が正式に召喚状を送っているのにそれを無視するということは、王様の意向に背くことになる。この国の国民なら背信行為であるし、反逆者として罰せられても文句は言えないだろう。そりゃあ、大怪我して動けないとかやむに已まれぬ事情があれば仕方ないかもしれないが、今回はそういうわけでもないしな。
まあ、俺の場合はこの国の国民でもないし、別に従う理由はないのだが、もし俺が断ればシュテファンさんがまずい立場に立たされることになるだろう。
ただでさえあまり関心を持ってもらえずに資金援助が乏しいのに、ここで断れば最悪打ち切りになる可能性もある。せっかく兵士が育ってきたのにここでそれは厳しいだろう。
「本当に済まないが、王都に出向いてもらえないだろうか? もちろん、馬車は用意するし、道中の食事や宿代も負担しよう。特別手当も出す。だから……」
「わかったの」
「……いいのか?」
「シュテファンさんにはお世話になってるの。流石にここで断れないの」
気乗りしないとは言ったけど、だからと言ってシュテファンさんを貶めるようなことはしたくない。
そもそも、こんな素性も知れない奴を相手にこんな好待遇をしてくれている時点で感謝してもしきれないほどだ。そんなシュテファンさんから頼まれたら大抵のことはやるさ。
それに別に今は呼び出されているだけであって実際に召し抱えられると決まったわけではない。いざとなれば断ればいいし、強引に来るなら逃げればいい。
むしろ、王都なら情報も多く集まるだろうし、こちらからお願いしたいくらいだ。
ここでの暮らしはとても居心地がいいものだし、離れたくない気持ちもあるけど、それじゃいつまでたっても元の世界に戻れないし、夏樹達も見つけられないしな。
「ありがとう。恩に着る」
「気にしなくていいの。それと、馬車はいらないの。お金もこの数か月で貰ったのがあるからそれで十分なの」
「なっ……いや、しかし……」
「財政、苦しいんでしょ? 私は一人で行けるから安心してほしいの」
「……すまない。本当にありがとう」
先生としての報酬だが、割と多いんだよね。それだけ俺の実力を買ってくれたってことだろうが、正直この町の財政ではかなりきついだろう。
幸い、俺が本気を出せば馬車で一か月の道のりくらい半分以下に縮められるはずだ。今持ってるお金だけでも十分に足りるはず。
「すまないが、よろしく頼む」
「任せるの」
さて、王都か。どんな所か楽しみだな。
感想ありがとうございます。
これで第一章は終了です。数話の幕間を挟んだ後、第二章に続きます。
 




