第三百二十一話:これからのこと
その後、喚き散らす王様をしり目に、俺達は城を後にした。
これは剣聖を奪う行為だとか、剣聖として仕えるからには言うことを聞かなければならないとか色々言っていたけど、そんなの知ったこっちゃない。
そもそもの話、剣聖になるには試験が必要だったはずだ。シュライグ君はそれを受けていないし、シュライグ君は別に剣聖になりたいと言っていたわけではない。
剣聖候補として紹介はしたが、シュライグ君自身は剣聖にしてやると言われて、なるとは一言も言ってない。
だから、現状ではそもそも剣聖に対する拘束力なんて何もないわけで、ただの王子でしかないのである。
もちろん、本物の王子を誘拐したとあっては国際問題だろうが、こちらに来るのはシュライグ君の意思だし、そうされても文句言えないくらいには馬鹿なことを言っていた。
王様の自業自得であり、俺達が気にすることは何一つないのである。
まあ、シュライグ君にはちょっとつらいことだったかもしれないけどね。
「よっ、どうだった?」
王都でしばらく待っていると、シリウスとサクラが戻ってきた。
うまくイビルワームを誘導したようだけど、あれはナイスだと言わざるを得ない。
本来、イビルワームは地中を進んでくる相手だから、見た目には代わり映えのない景色が見えるだけである。
それを、どうやったのかは知らないけど、地上に出た状態で走らせていたのだから、インパクトとしてはかなり良かっただろう。
おかげで、シュライグ君の見せ場も作ることができたし、陽動としては百点満点である。
「剣聖にはなれそうだったけど、シュライグはこっちに来ることになったの」
「そうなのか。せっかくお膳立てしたんだけどな」
「それだけ王様の対応が酷かったの。シリウスにも見せてやりたかったの」
「大人しそうなシュライグが断るくらいなんだから相当だったんだろうな」
今後この国がどうなるかはわからない。少なくとも、剣聖がいないとわかれば、近隣国は再び圧をかけてくることだろう。
まあ、一応剣聖はいるということは証明できたし、以前のようにいない確証を得たらもっと無茶な要求をするっていうのはできなくなったかもしれないけどね。
剣聖の数は少ないし、近隣国からの要請にすべて応えられないこともあるっちゃある。だから、しばらくの間は問題は起きないだろう。
ただ、五年十年と経っていけば、それも変わってくるかもしれない。
それまでに、きちんとシュライグ君を説得するか、あるいは別の剣聖でも立てない限り明るい未来は訪れないだろう。
「こちらに来てくれるのはありがたいが、シュライグはそれでよかったのか?」
「はい。元々そう言うお約束でしたし、父上が僕を見てくれない以上、強くなった意味もないですから」
「これからも頑張ってアプローチし続ければ、変わるかもしれないぞ?」
「そうかもしれません。でも、もう限界だったんです。もう、あんな言葉は言われたくないから……」
「まあ、そりゃそうか。ごめんな」
シュライグ君は子供にしてはかなりメンタルが強いと思う。
だってまだ10歳だよ? まだ成人もしていない子供なのである。それが、日々嫌味を言われ続けて、いらない子だの用済みだの言われ続けてきて、心が折れないわけがない。
怒られすぎて慣れてしまったのかもしれないけど、だとしてもかなり強い心を持っていると言えるだろう。
そんな子が、もう限界だと言っているのだ。本当なら、もう顔も見たくなかったのかもしれない。それでも、国のために頑張ろうと決意したのは、とても立派なことだと思う。
このままだとこの国の未来は暗いものになるだろうけど、できるならあの王様を排して、より良い国になってくれたらいいね。
「シュライグ様、私はいつでもシュライグ様の味方です。どこまでもついてまいりますよ」
「アスター、ありがとうね」
当然ではあるけど、アスターさんもついてくることになった。
元々、シュライグ君のメイドだし、メイド以上の感情も抱いていた。
なんなら、王様よりもよっぽど愛情を注いでくれていた相手だろう。そんな人が近くにいたからこそ、シュライグ君はここまで耐えられたのかもしれない。
まあ、脱走をしてしまうくらいには限界だったのは確かだが、それまで救ってくれたのは間違いなくアスターさんだ。
アスターさんを付けたという点だけ見れば、王様もいい仕事したかもしれないね。
「そういえば、領主はどうしたの?」
「あ、忘れてたの」
捕らわれの身であるトーマスさんだが、本当なら剣聖が見つかったことによって剣聖が逃げたことは不問となり、釈放されるという絵を描いていた。
けれど、結局剣聖となったのはシュライグ君で、トーマスさんの口裏合わせは何の意味もなくなってしまった。そもそも呼び出されすらしなかったし。
だから、今もまだ地下牢に囚われていることだろう。
グレイスさんのことは伝えたし、シュライグ君のことで頭がいっぱいだろうから処刑されることはなさそうだけど、出されることもなさそうではある。
ちょっと申し訳ないことしたかな。
「まあ、後で出してあげるの。どうせ、今更いなくなったところで誰も気にしないの」
「それもそっか」
「そんじゃ、それはアリスがきちんと責任持ってやっておけよな」
「わかってるの」
本来はトーマスさんを助けに来たのが目的だったはずなのに、忘れてしまっていたのは申し訳ない。
仕方ないじゃん、シュライグ君のお膳立てするのに必死だったんだから。
きちんと助けてあげるんだから許してほしい。トーマスさん的にはきちんと罪を償いたいっぽかったけど、今の王様にそれを言ったところで興味を示さないだろう。
元々危なくなったら助ける予定だったし、問題はないと思いたい。
「この後はどうするんですか?」
「それなんだけど、隣の大陸に行って見ようと思うの」
「ほう、隣の大陸ですか」
無事とは言い難いけど、シュライグ君も手に入ったし、グレイスさんも無事に手に入りそうなのでこの問題は収まったと言えるだろう。
次の目標だが、スターコアを通じて聞いた、他の転移者に会いに行きたいと思っている。
まあ、海を越えた先としか言われてないから、本当に隣の大陸にいるかは知らないけど、多分そう遠くはないんじゃないかと思っている。
この世界に降り立った転移者はせいぜい百人程度らしいし、大陸で見るなら多くても多分五大陸くらいじゃないだろうか。
もちろん、世界的に見れば、もっといろんな大陸がありそうではあるけど、『スターダストファンタジー』の中で登場していた主な大陸はそれくらいである。
必ずしも遊んでいた時の地点に飛ばされるとは考えられないが、一応知っている大陸なんじゃないかなという予想だ。
ま、行って見ないとわからないし、この辺は考えなくていいだろう。
まずは海を渡る手段を考えてからだ。
「また長旅になりそうなの」
一応、ポータルを使って帰ることで疑似的に常にヘスティアにいることにはしているが、流石に長旅が続くとナボリスさんに怒られそうで怖い。
やるべきことはやっているから大丈夫だとは思うけど、今後もそれが続くだろうか。
ちょっと心配だけど、何とかなってくれることを祈るしかないよね。
果たしてどうなることやら。
感想ありがとうございます。
今回で第十章は終了です。数話の幕間を挟んだ後、第十一章に続きます。




