第三百十七話:シュライグの見せ場
「父上。僕、強くなったんですよ」
シュライグ君はぽつりと呟くように言った。
シュライグ君は元から父親である王様に一泡吹かせたくて剣聖になる道を選んだ。
でも、どちらかと言うと一泡吹かせたいというよりは、認めてもらいたいというのが強かったんだろう。
役立たずだと言われ続け、自分の存在意義を見出せなくなってしまったから、強くなって見返してやろう。認めてもらおうと思ったわけだ。
実際、シュライグ君はそれを糧に強くなった。流石に俺達にはまだ及ばないが、それでも並のプレイヤーだったら倒せるくらいには強くなっていると思う。
ただ単に剣聖が欲しいだけだったら、これで十分だろう。
まあ、さっきの戦闘でシュライグ君は戦っていなかったので、それを信じられるかどうかは別だが。
「強くなった、だと? それは違うな。貴様が強くなったのではない、貴様の周りが強すぎただけだ。ヘスティアが野蛮な国だとは聞いたことはあるが、まさかこれほどとはな……」
「そんな人達に鍛えてもらったんですよ。シャドウウルフも倒したことあるんですよ? それに、キラービーやブラッドベアも、頑張って倒せるようになったんです」
「それはそいつらと協力して、だろう。いや、協力ではないか、一方的に助けてもらって、最後の一撃だけ攻撃させてもらったにすぎん。貴様が強いことなどありえんのだ」
「レベルだって上げました。騎士にだって、負けないくらいに」
「レベルがどうした。レベルなど、理論上は修行を続ければ誰でも上げられる。そもそも、貴様が多少努力した程度で騎士に負けないくらいレベルが上がっただと? それこそありえん。そう言われているのだとしたら、それはそいつらが甘やかしているだけにすぎん」
「……どうしても、認めてくれないんですね」
「誰が貴様など認めるものか。アレクトールがいる時点で、貴様は用済みなのだ。一応息子だからと生かしてはいるが、そうでなければとっくに屠っていたところだ。それをこともあろうに脱走とは……身の程を知れ!」
「……」
確かに、シュライグ君は見た目は別に何も変わっていない。
もちろん、能力値が上がったおかげで、多少なりとも筋肉が付いたりはしているが、それはちょっと見た程度ではわかるものではない。
なにも見た目が変わっていないのに、武器や防具だけ身に着けて強くなりましたと言っても信じられないのは、まあわからなくもない。
だが、少しは本当の可能性もあるだろう。自分が思っているほどの強さかどうかはともかく、シュライグ君が努力したのは事実だということくらい親ならわかるはずだ。
それなのに、全くと言っていいほどシュライグ君を信用していない。
いくら今後の王位継承権を脅かす存在になりえるとは言っても、ここまでする必要は全くないだろう。
そもそも、今こうして剣聖候補として現れた今、その脅威は取り払われたと言ってもいい。
基本的に、剣聖は王に仕える者だ。仮に王様がどれだけ強くても、王様自身が剣聖を兼業することはありえない。
つまり、ここでシュライグ君を剣聖として認めれば、面倒な王位継承権争いを終わらせることができ、さらに剣聖まで手に入るわけである。
仮にシュライグ君が弱くても関係ない。剣聖にさえしてしまえば、それで収まるわけだから。
もちろん、剣聖となるからには強くなくてはならないし、適当な人物を剣聖にしたとしたら近隣国から叩かれるのは間違いないからそれを警戒しているというのもあるかもしれないけど、親なら少しは息子のことを信用してもいいのではないだろうか。
聞いている限り、シュライグ君が使えな過ぎて次期国王に相応しくないからいらない子扱いしている、と言うわけではなさそうだ。
初見の印象だけで申し訳ないが、聡明さという点ではアレクトール君よりシュライグ君の方がよっぽど頭がいいように見える。
王様に必要なのは強さもそうかもしれないけど、賢さも重要だ。信頼できる宰相とかがいないのなら、シュライグ君の方が適任に見えるんだけどな。
そんなに血が大事だろうか。正妻との子か側室との子かでそんなに偉さが変わるんだろうか。
私にはよくわからない。
「ご、ご報告します!」
そこに、再び扉から現れる者がいた。
どうやら今度は兵士のようで、この広間の惨状に驚いた様子だったが、とにかく状況を説明したかったのか、そのまま説明を始めた。
「王都より北東方面にイビルワームが出現! まっすぐ王都に向かっております!」
「なんだと!?」
その報告を聞いて、ああなるほどと思った。
具体的に、シリウスが何をしているのかは聞いていなかった。
イビルワームと言う魔物のせいで通商が妨害されていて、満足に貿易ができていないということは聞いていたけど、具体的にそいつをどうやってシュライグ君を活躍させるために使うのかは聞いていなかったのだ。
でも、その魔物がこの城にまっすぐ向かっているというなら、まさに絶好の機会だろう。
城の兵士達もいるだろうが、イビルワームは一対多がとても得意な魔物だ。
音を使っての誘導が成功しないと、なかなか攻撃の機会は訪れない。こちらが大勢であればあるほど、被害は大きくなっていくような魔物である。
まあ、誘導が成功するという前提なら、一か所に兵力を集めて一気に叩くという方法もあるけど、未だに討伐されていないってことはその方法もあまり知られていないんだろう。
普通に戦うんじゃ剣が通らないって話だし、まともに相手して勝てるとは思わない。
勝てる要素があるとすれば、それこそ剣聖の存在だろうな。
「ど、どうされますか!?」
「魔物如きがわざわざ人の多い場所にまっすぐ突っ込んでくるわけがない。明らかに誰かが細工した結果だろうが……おのれスーリアめ、そこまでして我が国を潰したいか!」
差し向けたのは俺達だけど、王様はどうやら別の相手を想像している様子。
多分、近隣国のどこかの国なんじゃないかな。このあたりの地理はよく知らないからわかんないけど、まあどこでもいい。
「急いで兵を集めろ! 王都に立ち入らせるな!」
「し、しかし、相手は土の中を進む化け物です! 数が揃っても止めるのは……」
「黙れ! この場で首を刎ねられたいか! 黙って言うとおりにしろ!」
「は、はっ!」
王様の圧に押されたのか、兵士はすぐにその場を去っていった。
多分、それより先に俺達を捕まえるなり、そうでなくても少しくらいこの場に護衛を呼んだ方がいい気がしないでもないけど、そこまで頭が回っていない様子。
まあ、楽でいいけどね。今更増援出されても相手が面倒なだけだし。
「どうする……スーリアが指し向けたとしたら、例の巨大イビルワームに違いない。うちの武器では奴の装甲は貫けん。一体どうすれば……」
この場で逃げないだけましな方なのだろうか?
本当にくずなら、何もかも捨てて逃げ出してもおかしくはなさそうだけど。
妻とか、あるいはアレクトール君とかが心配なんだろうか。それとも、城を手放す決心がつかないとかだろうか。
どちらにしても、どうにかしようと考えるのは立派なことである。
その答えはすぐ目の前に転がっているんだけどね。
「父上。そのイビルワーム、僕が倒したら認めてくれますか?」
「貴様がイビルワームを? 何を寝言を……いや、待てよ。よし、いいだろう。見事イビルワームを討ち取ったなら、剣聖でも何でも認めてやろう。だから今すぐにイビルワームを殺せ」
「わかりました。約束、ですからね」
いきなり何を思ったのか、打って変わってシュライグ君を認める発言。
まあ、魂胆はスケスケだけどね。どうせ、ここで認めてやれば、過保護な俺達が代わりに討伐してくれるとでも思っているんだろう。
残念だが、俺達はここから動かない。せっかくの見せ場なのに、俺達が乱入しては台無しだしな。
謁見の間を出ていくシュライグ君。俺達を見て目を見開く王様。
後は映像でもあれば一番よかったけど、流石にそれはない。この世界にビデオはないからね。
だけど、城の上階の窓からなら、見えることだろう。
「さて、見物に行きましょうか、王様?」
手を差し出すカインに対し、王様はしばらくの間呆然と立ち尽くしていた。
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