第三百十六話:制圧完了
「アレクトール、今は忙しいから後に……」
「兄上! やっぱり兄上だ!」
王様の言葉を遮って、アレクトール君はシュライグ君の下に走り寄る。
何人かの騎士が止めるべきかと動いたが、結局止めることはなく、シュライグ君は抱き着かれる形になった。
「アレク……久しぶりだね」
「うん、久しぶり! 逃げ出したって聞いて、心配してたんだよ」
感動の兄弟の再会ってところだろうか。
王様と違って、アレクトール君はシュライグ君のことを嫌っている様子はない。むしろ、心配していたようだし、仲は良さそうだ。
もしそうだとしたら、家族仲を無理矢理引き裂かれてたってことだよね。
久しぶりってことは頻繁に会う機会がなかったんだろうし、恐らくアレクトール君にもシュライグ君はいないものとして扱うように言っていたのかもしれない。
しかし、アレクトール君はそれを守らなかった。一人の兄としてシュライグ君を見ていた。そう言うことだろう。
ちょっとは救う気も起きてきたかな。王様だけだったら見捨ててるところだったけど。
「アレクトール、そいつから離れなさい。穢れが移る」
「? 兄上は別に汚くないよ父上?」
「そう言う意味ではない。ええい、誰か、アレクトールを連れ出せ」
王様がそう言うと、騎士の一人がアレクトール君を連れ出していった。
アレクトール君は暢気に、また遊びに行くからと言っていたから、本当に意味は理解していないのかもしれない。
それとも、理解した上であえて無視しているのか。どちらにしろ、アレクトール君はいい子そうで何よりだ。
「……さて、邪魔が入ったが、続きと行こうか」
「一応忠告しておきますが、ここにいる騎士達が束になってかかってきても誰も勝てないと思いますよ? 私だけではなく、アリスさんでもシュライグ様でも、そして彼女でも」
「何を馬鹿なことを。我が国の騎士は優秀だ。平均レベルは30を超えているし、ここにいる騎士達は40に到達しようという強者ばかり。百歩譲って貴様がまともな騎士だとしても、この数には勝てまい」
「そう思うならどうぞかかってきてください。最も、その時は使節団へ攻撃したとして国に報告させていただきますが」
「貴様が国に帰ることはない。なぜなら、ここで死ぬのだからな!」
せっかくアレクトール君で癒されていたというのに、気の短いことである。
俺達で相手しようと思っていたけど、アスターさんに任せてもいいかもね。
アスターさんも王様の発言にはかなりご立腹のようだし、発散させてあげるのもいいだろう。
まあ、一人じゃ大変だろうから手伝いはするが。
「かかれ!」
「アスターさん、後衛の騎士は任せますよ」
「承知しました」
その瞬間、二人の騎士が倒れた。
アスターさんがスカートの下から取り出した銃によって一瞬で昏倒させられたのだ。
実銃の弾はどちらかと言うと威力重視だが、魔導銃の方はデバフや状態異常を付与する弾が多い。もちろん、味方にはバフや回復を付与する弾もあるけどね。
昏倒は状態異常の一種で、スタンとも呼ばれる。強制的にショック判定を行わせ、失敗したら気絶してしまうのだ。
気絶は戦闘中では誰かが起こさない限り復帰はできない。つまり、少なくともこの戦闘では起きないということだ。
そんな弾を、今のアスターさんなら自在に撃てる。もちろん、他の状態異常弾もあるし、やりようによってはいくらでもかき乱せるだろう。
残りはちゃちゃっと処理しちゃいましょうか。
「素手でもなんとかなるものですね」
「そりゃ、筋力が違いすぎるもの。当然なの」
俺達は素手ではあるが、純粋なステータスで優っている。しかも、圧倒的と呼ばれるくらいの差があるのだ。
それだけあれば、仮に武器などなくても十分戦える。むしろ、武器なんて使ったらオーバーキルだろう。
レベルは40に届こうとしているとか言っていたけど、40如きで勝てるわけない。俺達を相手にするなら、せめて100は欲しいところだ。それでも勝てないだろうけど。
「な、なんだと……!?」
時間にして約三ラウンド。一ラウンドの解釈は色々あるけど、俺は大体十秒くらいじゃないかなと思ってる。
だから、一分も立たずに騎士達は全滅したわけだ。
そこまで数が多くなかったとはいえ、これはこれで拍子抜けである。良くも悪くも、俺達を相手にできるとしたらやっぱりドラゴンのような強力な魔物か転移者くらいなんだろうなと思った。
「だから言ったでしょう? 相手にならないって」
「そ、そんな馬鹿な話があるか! 近衛騎士だぞ!? この国の精鋭だぞ!? それがこんな、武器すら持ってない木っ端騎士共に……!」
「ちなみに言っておきますが、私は役職的には将軍を任されています。木っ端騎士ではありませんよ」
「そ、それに、貴様のそれはなんだ!? あんな遠くから、騎士を一瞬で気絶させるなど……」
「無視ですか。まあ、気持ちはわかります」
カインは肩をすくめて両手を広げる。
一度に色々なことが起こりすぎて混乱しているんだろう。特に、アスターさんが使った銃は今の世界ではあまり知られていないものだ。
ちょっと引き金を引いただけで人が倒れるなんて、知らなければどんな魔法を使ったんだと思うところだろう。
「アスター、怒ってる?」
「失礼、あまりにもシュライグ様の悪口を言うもので、気が立っていました」
「き、貴様は……!」
アスターさんがフードを脱ぐ。
念のために隠していたけど、もう必要ないと思ったのだろう。
騎士相手でこれなのだから、今のアスターさんを捕まえられる人物はいない。まあ、俺達くらいか。
本来ならシュライグ君を逃がした罪で投獄、あるいは処刑されるところだろうが、それをできるだけの戦力はもういないのだから、確かに隠れる必要はないな。
「お久しぶりですね、国王陛下。いえ、監禁犯とでもいうべきですか」
「シュライグの犬メイドがなぜここにいる! 貴様、逃げたのではなかったのか!?」
「私が仕えるべきはシュライグ様のみ、だからこそ、こうしてシュライグ様のおそばにいるだけですよ」
「貴様、雇い主は私だぞ!」
「国王陛下自ら、これからはシュライグの指示を聞き、シュライグのために生きろと言われたではありませんか。私の主は、シュライグ様ただ一人ですよ」
「そんな屁理屈が通用すると思っているのか! 貴様は処刑だ!」
「やれるものならどうぞご勝手に。ですが、その前に私は陛下の眉間を撃ち抜くことができます。それをお忘れなきよう」
「ぐっ……」
完全に立場が逆転した。
頼みの綱の騎士達は倒れ、もう王様に戦う術は残っていない。
あちらから手を出したのだから、弁明の余地はないだろう。まあ、うまくごまかせば俺達を悪者にできるかもしれないけど、だからどうしたという感じだ。
こちらは剣聖まで用意してこの国を助けようとしたのである。それを、一時の感情で台無しにしたのはこいつだ。
ここまで来た以上、もう助ける義理もないが、シュライグ君はどう思っているだろうか?
ちらりとシュライグ君を見ると、王様のことを悲しげな瞳で見つめていた。
少しでも、シュライグ君を認めてくれたらまた結果は違ったかもしれないね。
『アリス、聞こえるか? 仕込みは上々だ。そろそろそっちに着くぞ』
と、そんなことを思っていたら、頭の中に直接声が響いてきた。
シリウスからの【テレパシー】である。どうやら準備は整ったようだ。
これからどうするかはシュライグ君次第。さて、どう動くかな?
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