第三百十五話:一触即発
「息子と言うよしみで匿っていれば脱走し、挙句今更になってのこのこ戻ってくるとは、いったいどういう了見だ? 社会の厳しさを知って泣き帰ってきたか? それとも今までの暮らしがよほど優遇されていると気づいたか? この愚か者めが!」
ピリピリと張り詰めるような声。
息子を心配していた父親の発言のように聞こえないこともないけど、言葉の端々から感じる棘は、心底シュライグ君を嫌っていることがわかる。
今のままでは助ける気は起きないけど、果たして?
「それになんだその格好は? そこにいる騎士にでも貰ったか? 剣などまともに扱えなかったお前が今更剣士の真似事とは片腹痛い。ごっこ遊びなら部屋で一人でやっていろ!」
「父上……」
「貴様に父などと呼ばれたくはない。貴様は所詮、用済みの存在だ」
シュライグ君が悲しそうに目を伏せる。
ここまで息子を否定するって相当だよね。
例えば、シュライグ君が城のお金を勝手に使いこんで破産に追い込んだとか、夜な夜な人を殺して楽しんでいるとか、そう言う異常な場面があるならまだわからなくもないけど、シュライグ君の性格からしてそれはありえないだろう。
俺からすれば、王様が言っているのは完全な思い込みである。もちろん、実際に見たことがあるわけではないからまだわからないけど、印象としてはそんな感じだ。
どちらの味方に付くかと言われたら、俺は迷わずシュライグ君につくね。
「発言をしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ貴様は。こんな出来損ないにこんな大層な装備を与えて何のつもりだ? 見たところ我が国の騎士ではないようだが、所属を述べよ」
「はい。私はヘスティア王国所属の騎士でございます。名はカイン、こちらはアリスと申します」
「ヘスティア? そんな遠方の国の騎士が何でこんなところにいる」
カインは礼を取りながら説明をする。
元々、俺達はヘスティア王国の使節団としてこの国に来た。目的は外交であり、この国が剣聖の問題で揉めていることを知り、その助けになれればと思ってきたという名目だ。
まあ、実際はただ単純にグレイスさんの意思を伝えに来ただけだけど、それに関しては今は置いておこう。
そういえば、シュライグ君を剣聖にしたことによって、トーマスさんの口裏合わせが意味なくなっちゃったな。
本当なら、別で剣聖を育てて、こいつこそがトーマスさんが言っていた剣聖ですよっていうつもりだったけど、そのプランはダメになってしまった。
まあ、別に問題はないけどね。どちらのプランになろうが、結果はそう変わらない。
最終的に、トーマスさんが救えて、この国が助かるならそれで。
「そう言うわけで、剣聖候補グレイスはもう国に戻る気はないとのことです」
「まさかそんな場所まで逃げ延びているとは……貴様ら、我が国の剣聖を横取りするとはなかなか肝が据わっているな。この場で殺されても文句は言えんぞ?」
「私はただ、事実を述べているだけでございます。それに、せめてもの誠意として、代わりの剣聖候補を探しました。その結果見つかったのが、シュライグ様でございます」
「ふん、何を言うかと思えば。いいか? シュライグは剣など握ったこともないし、ましてや戦いに身を置いたこともない。ただの穀潰しであり、どうしようもなく役に立たない社会のゴミだ。そんな役立たずが剣聖候補? バカバカしい。それ以上私を愚弄するなら今すぐにでもその首掻き切ってもいいのだぞ?」
シュライグ君が役に立つはずがない。そう確信しているかのような発言にシュライグ君が俯く。
アスターさんは拳を握り締めて耐えているようだが、あれは相当怒っているだろうな。
しかし、カインはそれでも怯まずに言葉を続ける。流石、カインはメンタルが強いよね。
「もし、本気でそう思っていらっしゃるのだとしたら、申し訳ありませんが目が腐っていると言わざるを得ませんね」
「なに?」
「シュライグ様は近年稀に見る剣の逸材ですよ。教えれば教えるほどぐんぐん成長していく姿は、とても剣を一度も握ったことがない人間とは思えませんでした。間違いなく、剣聖の器に足るものかと存じます」
「目が腐っているのは貴様の方ではないか? カインと言ったか、どうせ貴様は騎士を名乗っているだけで騎士団にも入れぬ落ちこぼれなのだろう? なるほど、それなら成長しているようにも見えるだろうよ。落ちこぼれ同士、馬が合うというわけだ」
「あんまり適当なこと言うとその喉潰すの」
「む? ああ、貴様か。兎族風情がよく吠える。貴様も騎士か? 兎族が入れるならさぞ簡単に入れる騎士団なのだろうな。条件は、剣が持てること、とかか? はは、悪いが、我が国の騎士はそんな甘っちょろい基準ではなくてな。我が国では貴様らなどただの一般人にすぎんのだよ」
出るわ出るわ煽り言葉が。
この人、今絶賛近隣国から叩かれ中なのをわかっていないのかな?
さっきの会話から、俺達がヘスティアからの使節団だということはすでにわかっているはず。そう伝えたしね。
要は他国の代表が話しているわけだ。
それなのに、相手の騎士を愚弄したりしたら国際問題待ったなしである。
友好国とかならまだなれ合いとして許される可能性も無きにしも非ずだけど、ヘスティアとアフラークは別に友好国と言うわけでもない。言うなれば初対面だ。
そんな相手に煽るような発言をしたら、戦争が始まっても文句言えない。
もちろん、ヘスティアはここからかなり離れているし、何もできないと思っているのかもしれないが、やろうと思えば今すぐにでもここの騎士達を全滅させることもできる。たとえ武器がなくてもね。
そこら辺をわからせたい気もするが、今はシュライグ君が認められるかどうかの方が重要である。
別にここまで来たら見捨てて帰ってもいいけど、シュライグ君がまだこの国を救いたいというなら力を貸してあげないといけない。
そろそろシリウスから連絡が来ると思うんだけど、まだ粘らないといけないだろうか?
別に何言われようがそう言う奴なんだなと思えば心には響かないけど、あんまり言われ続けると手が出てしまうかもしれない。
そうなる前に決着がついてほしいな。
「まあ、アリスさんの強さも見抜けないようなら目だけでなく頭も腐っているのでしょう。何を言われても構いませんが、あまり吠えすぎるとペットの犬と間違われますよ?」
「ほう、そんなに死にたいか。であれば望み通りにしてやろう。おい、奴を殺せ!」
痺れを切らしたのか、王様は周りにいた騎士達にカインを殺すように指示する。
全く、なんとも気の短いことだ。まあ、カインもカインで煽ったのがいけなかったんだろうけど。
無手ではあるけど、この程度なら相手にするのは造作もない。できればシュライグ君に任せたいけど、流石に自分の国の騎士を相手にするのは嫌だろうし、ここは俺達が対処するとしよう。
「父上! 兄上が帰ってきてるってほんとですか!?」
そう思って構えようとした時、不意に謁見の間の扉が開かれた。
振り返ってみると、そこにいたのは金髪の男の子だった。
着ている服を見る限り、王族なのかな? 顔立ちもよく、どことなくシュライグ君に似ているような気がする。
そういえば、シュライグ君には弟がいるって話だったよね。その弟が生まれたから、シュライグ君は用済みになったと。
と言うことは、この子がアレクトール君か。
突然の王子の登場にしんと静まり返る室内。騎士達も、どう動いていいかわからないようで、その場に固まってしまっている。
さて、イレギュラーのようだけど、どう出てくるかな?
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