第三百九話:妥協するか否か
それから数日、街行く人々を調べてみたが、候補になりそうな人は見つからなかった。
いや、全くいなかったわけではない。【剣術】のスキルレベルが高い人もいたし、人のよさそうな顔の人もいた。
でも、それらの人に話しかけても、やはり何らかの条件に引っかかる。
努力家であり、国に対する忠誠心が高く、カリスマ性がある人物がその辺にいるわけないのはわかっているけど、ここまでいないともう見つけるのは無理なんじゃないかと思えてくる。
やっぱり理想が高すぎるんだろうか。ただ単に国のピンチを救うだけだったら、別に努力家である必要はない。その場さえ凌げればいいのだから、その後本人がやる気を出そうが出すまいが別に関係はない。
忠誠心もそこまでいらないだろう。国がしっかり報酬を払いさえすれば、それを目当てに働くビジネスライクな関係も築けるかもしれない。
カリスマ性は、一応必要になるかな。国の代表として他国に見せるわけだから、あまりにもみすぼらしかったり、幼かったりしたら舐められてしまう。
それでも結果さえ出せば黙るかもしれないが、わかりやすく助けるなら、一目見てこいつは期待できると思わせないといけない。
だから、ある程度のカリスマ性は必要だ。
そこまで絞り込めば、まだ見つかる可能性はある。なんだかどんどん理想が下がって嫌だけど、最悪それも視野に入れる必要がある。
ただ、そうなるとどちらがいいだろうか。
かなり妥協して、その場凌ぎしかできないような剣聖を作り出すか、それともホムンクルスを使ってある程度安定した剣聖を作り出すか。
国としては、その場凌ぎではなく、その後も長く国を支えてくれるような人が好ましいとは思うけど、それがホムンクルスなのはどうなんだろう。
もちろん、相手はホムンクルスだなんてわからないだろうけど、ちょっと可哀そうな気もする。
でも、候補を見つけるのが絶望的なのも事実。そろそろ決めないと、まずいかもしれない。
「もうこの町に目当ての人物はいないの。探すなら、また別の町に行く必要があるの」
「そうだな。もう結構回ったし、あらかた情報は抜き終わっただろう。それで見つからないなら、この町にはいないだろうな」
「もちろん、情報だけでは見えてこない部分もありますから絶対ではありませんけどね。結局最後に物を言うのは自分自身の観察眼ですし」
「こんな調子で大丈夫かなぁ」
この町にいないとわかった以上、もうこの町にいる必要はない。
であれば、また別の町に移動する必要があるけど、それもまた移動がロスとなる。
いくら全速力で走ればかなり短縮できるとは言っても、一日や二日はかかるのだ。仮にトーマスさんが処刑されるのが、会った時から一か月後だと仮定すると、すでに四分の一近くを消費していることになる。
ポータルもあるし、ライロからの情報で王都の状況は把握できるから知らないうちにトーマスさんが処刑されてしまう、ってことにはならないとは思うけど、あんまり悠長にしている時間もない。
ただでさえ、一か月程度じゃ十分なレベル上げはできないだろうに、それで剣聖を作れと言っているんだからかなり厳しい。
このままだと、最悪シュライグ君に出てもらうことにもなりかねないんだけど。
「やっぱりホムンクルスを作ったら?」
「それが無難ではあるの。でも、あんまり気は進まないの」
「どうして?」
「ホムンクルスとは言っても、一つの命なの。あんまり、むやみに命は作りたくないの」
まあ、正確にはホムンクルスの意識は機械のAIみたいなもので、命と言うと少し違うのかもしれない。
時間をかければ学習して普通の人間と遜色ないくらいの感情を示すこともあるけど、ゴーレムと同じで結局は道具の一つである。
実際、【セージ】はホムンクルスを肉盾のように使うし、何なら爆弾を搭載して自爆させるようなこともある。捨て駒であって、対等の命と言うわけではない。
ないけど、やっぱり生きて動いているわけだから、そう扱いたくなるのは仕方ないと思う。
ライロだって、最初はただのホムンクルスとして作ったけど、すぐに一人の人間として扱い始めた。
彼には愛着も沸いているし、もし死ぬようなことがあれば悲しいだろう。
自分で生み出す以上は、責任を持たなければならない。だから、あんまりむやみに作りたくはないのだ。
「その気持ちはわかる。言うなれば自分の子供みたいなものだしな」
「そうですね。意識のないただの人形ならまだいいかもしれませんが、ホムンクルスは意識がありますからね」
「なるほどね。それは確かに仕方ないかも」
みんなも概ね同じ意見のようだ。
ただ、あんまりわがまま言ってられない状況なのも事実。
妥協に妥協を重ねた一時凌ぎの剣聖か、ホムンクルスを使ったそれなりの剣聖か。百点満点ができればいいけど、とてもじゃないけどそれは無理な状況だな。
「仮にホムンクルスを作るとしたら、その育成はどれくらいでできるの?」
「ホムンクルスにはレベルがないから、スキルや設定を加えれば、すぐにでもその強さになるの。もちろん、馴染ませるためにはある程度の期間が必要だから、作るんだったら早めの方がいいとは思うけど」
正確に言うと、核となる魔石の品質によって強さは変わってくる。
魔石のランクが高ければその分強くできるし、低ければそれなりの強さにしかできない。
ランクの高い魔石ほどスキルポイントが多いと言えばいいだろうか。スキルポイントが多ければその分強力なスキルを取得したり、スキルレベルを上げることができる。だから強くなりやすいってことだ。
今持っている魔石を使った場合、まあそれなりのものができるだろう。この世界の基準で言うなら、十分強い部類に入るだろうし、剣聖一歩手前くらいまでは行けるはずである。
訓練期間があれば、それをより剣聖に近づけることもできるだろうし、一時凌ぎくらいなら余裕でできることだろう。
妥協してその辺の人を育てるくらいなら、こっちの方がよっぽど簡単で手間が少ない。
そう考えると、こちらを選んだ方が賢い選択なのかもしれないな。
「見つからなかった時のために念のために作っておく……っていうのはダメだよね」
「まあ、見つかったならその時はヘスティアで雇うから、問題ないと言えばないけど……」
今作って仮に人材が見つかったとしても、それで使い道がなくなるわけではない。
剣聖にするために作ったのだから、それなりに強くはなるだろうし、騎士として起用してもいいだろう。
ヘスティアではあまりないが、近衛騎士とかは絶対に裏切らないことが重要だし、その点ではかなり信頼できる人になりそうである。
サクラとしては、ホムンクルスを作るのに賛成なのかもしれない。実際、これだけ探しても候補が見つからないのだから、結構無謀なことをしているのだろうし、簡単な手があるならそっちに逃げるのは普通のことである。
別に、死地に送り出そうってわけじゃない。剣聖の名に恥じないくらいには強くするつもりだし、その強さがあればアフラーク王国でそれなりにいい待遇を受けて暮らすことができるはずである。
それが幸せかどうかはともかく、不幸ではないはずだ。
きちんと人として扱ってくれるのであれば、作りだしても問題はないのではないか?
「あ、あの……!」
「ん?」
考え込んでいると、シュライグ君が話しかけてきた。
そういえば、シュライグ君達がいることをすっかり忘れていたよね。
別に、ホムンクルス云々の話を聞かれたところで、この世界の人達はほとんどホムンクルスについて知らないようだからなんのこっちゃだと思うけど、自分のために悩んでくれているということは察したのかもしれない。
おずおずと手を上げた割には、覚悟を決めたような表情をしていた。
「皆さんは、誰かを剣聖に仕立て上げて、この国に与えようとしているんですよね?」
「まあ、そうなるの」
「ではその役目、僕にやらせていただけませんか?」
そう言ったシュライグ君の目は覚悟に満ちていた。
感想、誤字報告ありがとうございます。




