第三百六話:忘れていた交信
その日の夜。俺はそう言えばと思い出して【収納】からスターコアを取り出した。
兎になっている時に手に入れてからだいぶ経ったが、ずっと【収納】にしまっていて全く使っていなかった。
あの時はあちらの方から話しかけてきたから気づいたけど、今回はその気配もない。
こちらから連絡するのを待っているのだろうか? それとも気づいていないとか?
とりあえず、これを使って神様にコンタクトをとることは可能なはずである。
あれから粛正の魔王の調査も進んでいるだろうし、少しは有益な情報が聞けるといいけど。
「アルメダ様、どうか応えてほしいの」
スターコアを見ながら、そう語りかける。
しばらく何の反応もなかったが、やがてスターコアの色が薄くなっていくと、頭の中に声が響いてきた。
『聞こえる? 私よ、アルメダよ』
「聞こえるの。相変わらず頭の中に響くような声なの」
この感覚にはあまり慣れない。
念話のようなものだと考えればそこまでおかしくはないけど、何というか、自分の中に別の人格が混ざり込んでくるような、そんな危機感を感じる。
アルメダ様にその気はないだろうけど、神様と言う存在と交信するだけでも結構な負担になるのかもしれない。
【アコライト】のような神様に祈ることを生業にしている人ならまた違うのかもしれないけどね。
まあ、それは今はどうでもいい。話す時間も限られていることだし、さっそく話を聞いてみることにしよう。
「あれから粛正の魔王について何かわかったことはあるの?」
『残念だけど、そこまで調査は進んでないわ。煙のように消えてしまったようだから』
「使えな……いや、そもそも粛正の魔王は神界で何をしたの?」
本来、神界は例え魔王だったとしても辿り着けない領域のはずである。
神様しか存在できない場所だから神界なのだ。ネームドとはいえ、一介の魔物が辿り着ける場所ではない。
もちろん、シナリオによっては例外的に入れる可能性もなくはないが、それを決めるのはゲームマスターのはず。この世界のゲームマスターが神様だとするなら、自分の領域にそんなものを入れるはずもない。
考えられる可能性は、粛正の魔王も神様だったとか?
ネームドとしての粛正の魔王は、別にそんな属性はなかったと思うけど、何かしらのイレギュラーがあり、神様としての特性を付与された、あるいは獲得した魔王が、神界の存在を察知して滅ぼしにかかったとか?
いずれにしても、普通じゃないことが起きたということである。
『粛正の魔王は神界に現れたと同時に蹂躙を開始した。本来なら、たかだか魔王の一人くらい、簡単に鎮圧できるはずだったの。でも、粛正の魔王は私達の一切の攻撃を受け付けなかった』
「バリアでも張られてたの?」
『理由はわからないわ。こんなことは初めてだった。だからこそ、私達は成すすべなく蹂躙を受け入れるしかなかったの』
『スターダストファンタジー』においての神様には、ステータスが設定されていない。一応、通常の魔物やNPCと比べるとかなり能力値は高い扱いで、それ故に数値化できないという意味で設定されていないのだけど、場合によってはゲームマスターが望む形で登場することはある。
そんな神様の攻撃が一切受け付けられないと考えると、それはもはやイベント処理中だったとでも考えないと説明がつかない気がする。
どんなに能力が高いキャラでも、イベント処理中は自由に動くことはできない。
例えば、めちゃくちゃ回避が高くてどんな攻撃も避けられるキャラでも、イベントの処理として攻撃を受けるシーンがあったなら必ず受けなければならない。
いわゆるムービー銃という奴だ。
でも、それをやるのはどちらかと言うと神様側であって、魔王はそれを受ける側のはずである。それなのになぜ?
『粛正の魔王は神界をあらかた蹂躙した後、姿を消した。神界に留まっているのか、はたまた地上に戻ったのかすらわからない。今も痕跡を辿っているけど、損傷が激しくて、それもままならない状態よ』
「神界はまだ復興途中ってことなの?」
『ええ。そもそも私達の力が弱まっている状態だから、完全に復興することはできないわ。本当に最低限、世界を維持するので精一杯よ』
「それは大変なの」
神様も色々大変なことはわかった。
とにかく、粛正の魔王は今も生きていて、そいつを倒さない限り、神様は元の力を取り戻すことはできないし、俺達も元の世界に帰ることはできないということだ。
やるべきことは何も変わっていない。力を手に入れて、粛正の魔王を倒す。それが俺達の使命である。
『少しでも何かわかれば教えてあげられるけど、今回は何もできそうにないわ。ごめんなさい』
「まあ、それは別にいいの。こちらもまだ準備ができていないの」
仮に今粛正の魔王の居場所がわかったと言われても突撃することはできない。
仲間もまだまだ少ないし、レベル上げだって足りてない。
今挑んだところで惨たらしく殺されるだけなので、まだわからなくても問題はない。
『他に聞きたいことはある?』
「なら、なぜクラスがなくなってしまったのか教えて欲しいの」
昔は普通にクラスがあったはずである。残された文献からも、それが見て取れるだろう。
しかし、今はそもそもクラスに就いている人の方が少ない。と言うかいない。
俺が意図的に付与してやることによって、ようやくクラスという概念が生まれている状態だ。
なぜ、クラスは廃れてしまったのだろうか。その理由があるなら知りたいところである。
『クラスとは、元々は冒険者のものだった。冒険者登録する際に、何で戦っていくのかを決める。その時選んだものがクラスとなって、その人物に付与される。そう言う仕組みだったの』
「ふむ」
『その管理をしていたのは職を司る神ワークス。元は創造神スターダストの権能の一つだけど、その一部を託されたのが彼だった。ここまで言えば、後はわかるかしら?』
「つまり、粛正の魔王によってその神様が消されたから、クラスを付与できる人がいなくなってしまったってことなの?」
『その通り。彼がいなくなったことによって、冒険者となってもクラスが付与されることはなくなってしまった。さらに言えば、クラスという存在を知る者すらいなくなってしまった。だから、今の世界には、まがい物のスキルしかないの』
クラスはキャラを作り出す時に確実に選ぶものだけど、この世界では冒険者となることがそのトリガーとなっていた。
だけど、それを許可する者、こちらで言うならゲームマスターの立ち位置の神様がいなくなってしまい、クラスを付与する人がいなくなってしまった。だから、クラスなしの人が出てくるようになったわけだ。
話を聞く限り、クラスによって取得できるはずのスキルも同時に消失してしまい、残ったのは一部の種族スキルや一般スキル、そしてスキルの前身とも呼べるような曖昧なスキルだけになってしまった。
それが、今の世界と言うわけか。
『なんとかスキルだけでも復活させようと手は尽くしてみたけど、結局クラスを得た時ほどの強さにはならなかった。だから、この世界で粛正の魔王に対抗できる人は現れないだろうと思ったの』
「そこで私達を連れてきたことに繋がるの?」
『ええ。あなたの能力は、少し特殊なようだけど』
まあ、確かにそれが事実としたら、俺は神様と同等の力を持っているということになる。
この世界に連れてきたのが神様だとして、その時に俺達が使っていたキャラの能力を引き継がせたとして、俺のゲームマスターとしての力まで引き継がせるなんて可能なんだろうか?
そんなことができるなら、クラスを復活させることもできそうな気がするけど……。
よくわからないけど、俺は色々特殊なのかもしれないな。
感想ありがとうございます。




