第三百五話:候補探し
「お、アリス達も戻ったか」
宿屋に戻ると、すでにみんな揃っていた。
ただ、だいぶお疲れな様子で、ぐったりと椅子にもたれかかっている。
そんなに疲れたんだろうか。確かに、人と話しまくるのはそれなりに疲れはするとは思うが。
「戻ったの。剣聖候補は見つかったの?」
「いや、まったく。それどころか、警備隊に目を付けられて大変だった」
「もう? そのうち目はつけられると思ってたけど、早すぎるの」
怪しいフードの集団が町人に話を聞きまくっているのだから、中には不審に思う人もいるだろう。
でも、それでもフードを被っていること自体はそこまで不自然でもないし、今日一日くらい聞いて回ったところでそこまで怪しまれるようなことはないと思っていたのだけど。
「ほら、アスターさんを助けただろ? その影響で、かなり敏感になってるらしい」
「ああ、そういう……」
「ちょっとでもおかしな奴がいたらすぐ伝えろって言われてるみたいだな。だから、俺らはわかりやすく怪しすぎたってことだろ」
確かに、地下牢に捕えていたはずのアスターさんがいなくなっていたのだから、誰かしらが助け出したってことはすぐわかるだろう。
アスターさんはかなり痛めつけられていたし、いくら獣人で力が強いとは言っても、鉄格子をひしゃげてこじ開けられるような腕力は持っていない。
時間的に考えて、まだ犯人はこの王都にいると踏んで、警備隊や騎士達に捜査を依頼してもおかしくはない。
そう考えると、俺達が外に出られたのは運がよかったのかな? 王都で犯人捜しするなら当然門番にはその出入りを厳しくチェックさせているだろうし、ワンチャンシュライグ君やアスターさんの正体がばれて捕まってもおかしくはなかった。
明日からは別の場所で修行した方がいいかもしれない。と言うか、ポータルでヘスティアに連れて行っていいかもしれない。
すでに俺の下で働いてもらうって了承は得たしね。できればもう少し信頼関係を築いてからとも思ったけど、今ならそこまで警戒もしないと思うし。
「なんて言ってごまかしたの?」
「この町のことを知りたくて、ってことにしておいたよ。実際、会話の初めはこの町について聞いてたりしてたしな」
「顔は割れたの?」
「まあな。流石に、怪しいって言われてんのに顔を隠したままにはできなかった」
「まあ、それもそうなの」
そうなると、俺達の身元はすでに調べられているだろうな。
一応、俺達はヘスティアからの使節団として、この国の王様に謁見を申し込んでいる最中である。
まだ返事は来ていないが、地下牢から脱走者が出たなんて事件が起きているのだから、それが一段落つくまでは返事は来ないだろうな。
まあ、こちらとしても、できれば剣聖が育ち切ってから会いたいところだし、都合がいいと言えばいいが。
「そっちはどうだ?」
「まあ、順調なの。シュライグは筋がいいの」
「ほ、ほんとですか?」
「初日で【剣術】が覚えられるなら上出来なの」
下手したら【剣術】を発現させるだけでも一週間くらいかかることあるからね。一日で覚えたのはかなり筋がいい方だろう。
問題はここから順調に上がっていくかどうかだけど、ぶっちゃけ【剣術】はそこまで重要視していない。
この世界の【剣術】って、そのスキルをどれだけ習熟しているかという指標にしかならない。
そりゃ、スキルレベル1と10だったら天と地ほどの差があるけど、スキルレベル7と10くらいだったらそこまでの差はない。
もちろん、細かな技術の差はあるとは思うけど、時の運によって十分に覆るくらいの差だと思う。
最低限、スキルレベル5くらいあれば普通に戦う分には十分。後はスキルを覚えてそれを使って戦っていけば、特に気にしなくても何とかなると思う。
「そうなると、こっちをどうにかしないとだよな」
「しかし、すでに警戒されてしまってる以上、大っぴらに聞いて回ることはできませんね」
「それが問題なの」
アスターさんが見つからない限り、もう一度同じことをしたらまた警備隊を呼ばれるのが落ちだろう。
この町のことを知るため、と言う目的があるとしても、流石に限度がある。何度もその嘘で潜り抜けることはできないだろう。
これでは満足に探すこともできない。できるとしたら、それこそ遠目に見て、あいつよさそうだなって人に話しかけることくらい。博打にもほどがある。
これ以上王都で探すのは無謀が過ぎるか?
「いったん王都を離れ、別の町で探すというのも手ですが、どうしましょうか」
「近くの町までどのくらいかかるの?」
「全速力で行けば一日もかからないんじゃねぇか?」
「そこまでのロスにはならなそうなの。だったら、一度王都から離れる方が良さそうなの」
馬車で行くならもうちょっとかかりそうだが、全速力で走っていくというならもう少し短縮できる。
その場合、シュライグ君やアスターさんを抱えて走る羽目になりそうだけど、今更それで驚くことは……あるだろうけど、そこまで警戒はしなさそうである。
最悪、二人と育成役の俺はポータルでヘスティアに戻り、そこで修行をする。それ以外の面々は走って他の町に移動し、候補を探す、という動きでもよさそうである。
「じゃあ、明日からはそうやって動くとするの」
「ねぇ、ほんとに見つかるの? なんか結構難しいけど」
「うーん……魔物を探す人も入れてもよさそうではあるの」
いくら町を移動したところで、候補が見つかるかどうかはわからない。
仮に見つかったとしても、その人が同意しなければ意味がないし、魔物を探す以上に大変なことかもしれない。
魔物の方は魔石さえ手に入れられれば確実に人材は作れるからね。確実性と言う意味では魔物を探す方がいいのかもしれない。
できればホムンクルスは使いたくないけど、あんまり時間をかけてもいられないしなぁ。
「人工的に魔石を生み出すとかできないの?」
「できないことはないけど、それだとそんなに強力な魔石は作れないの」
以前にゴーレム軍団を作り出した時のように、その辺の石ころに魔力を込めれば、魔力が込められた石を作ることはできる。
魔石も簡単に言えば魔力が込められた石だから、似たようなものではあるんだけど、その品質には雲泥の差がある。
人工的に魔石を作る場合、込める魔力の量にもよるけど、そこまでいいものはできない。
そりゃ、無尽蔵に魔力をつぎ込めば、それなりのものもできるかもしれないけど、多分それはそれでいびつなものが出来上がりそうな気がする。
今回必要なのはボス級の魔石だから、人工的に作るのは難しいわけだ。
「なら、ボスが犇めいている場所とかは?」
「試練の洞窟っていうのがあるにはあるけど、入り口がはっきりしてないの」
シナリオの腕試し的な要素で、時たま魔物が連続で出現する洞窟を用意することがある。
これはルールブックにも記載があって、そのルールに沿ってランダムに地形や魔物が設置される。
中にはボスが出現することもあるので、そこを見つけられたら問題は解決しそうではあるが、その入り口は明確に決まっているわけではない。
それを決めるのはゲームマスターであり、例えば王家に伝わる秘密の通路からいけるだとか、誰も住んでいない島にひっそりと存在するだとか、色々とパターンがある。
だから、ここだという場所には心当たりがない。どこかにあるかもしれないが、それを探すのは困難と言うわけだ。
「なかなかうまく行かないなぁ」
「まったくなの」
まあ、前提条件が厳しすぎるのかもしれないが、妥協するべきなのだろうか。
別に、今の手持ちの魔石から剣聖を作り出すとしても、ある程度の魔物の相手はできる。
仮に強敵が現れて負けたとしても、別に剣聖自身が絶対に負けないという特性を持っているわけでもないのだし、そこまで責められるいわれはないだろう。
まあ、俺が用意した奴が負けたのなら俺のせいかもしれないけど、最低限、この国が危機的状況から脱することができればいいのだから、そこそこの実力を持った剣聖が現れるってだけでも十分救いにはなると思う。
不安なら、後ほどボスを見つけて新しくそっくりなホムンクルスを作り、気づかれないように交代させれば憂いも晴れるし、それでいい気もする。
今しばらくは粘ってみようとは思うが、どうしようもなくなったらその手も考えるとしよう。
そんなことを考えながら、ふぅとため息をついた。
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