第三百一話:身元確認
城から抜け出し、仮の拠点としている宿屋にこっそりと戻ると、シュライグ君にアスターさんの確認をしてもらった。
ないとは思うが、万が一別人だったらいけないので、その時はまた城に忍び込まなくてはならない。
流石に別人だったからと言ってこの人を檻に帰すってことはしないけど、面倒事には違いないので間違っては欲しくないところ。
まあ、そんな心配は杞憂に終わったわけだけど。
「アスターです、間違いありません!」
シュライグ君はこの犬獣人をアスターさんだと言い切った。
いつも近くにいたようだし、間違うはずもないだろう。
シュライグ君はアスターさんを必死に揺さぶっている。痛々しい傷に少し怯んでいたようだけど、だからこそ早く声を聞いて安心したかったんだと思う。
しばらく揺すられていたアスターさんはゆっくりと目を開ける。そして、目の前にシュライグ君がいることを確認すると、目を見開いて驚いていた。
「え、シュライグ様……? 私は一体……」
「アスター、目を覚ましたんだね! よかった……」
アスターさんの胸に縋りつくシュライグ君。
アスターさんの胸は割と大きくて、押し付けられて少し歪んでいるけど、まあ子供のすることだし別にとやかくは言うまい。
アスターさんはしばらく状況が飲み込めていなかったようだが、やがて呑み込めてきたのか、ゆっくりとシュライグ君の頭を撫で始めた。
「シュライグ様、ご心配をおかけしました。申し訳ありません」
「アスター、無事でよかった……」
シュライグ君は目に涙を溜めてぐすぐすと鼻を鳴らしている。
こうしてみると年相応の子供に見えるよな。かなりしっかりした子だとは思うけど、やはりまだまだ子供のようだ。
「ええと、あなた方が助けてくださったのですか?」
「まあ、そう言うことになるの。私はアリス、そっちがカイン、シリウス、サクラなの」
「アリス様ですね。私はアスターと申します。私のような者を助けていただき、感謝いたします」
そう言って深々とお辞儀をする。
聞いた話では眼鏡をかけているとのことだったけど、今はそれがない。恐らく、殴られたか何かした時に落としてしまったんじゃないかと思う。
目は見えているんだろうか。眼鏡をかけてるってことは、視力が悪いんだと思うけど、一応こちらの方は見てくれているし、全く見えないわけではないと思う。
「とりあえず、傷を治すの。シリウス、頼んだの」
「はいよ」
ひとまず、傷を治しておく。
いつまでもあざだらけの体では可哀そうだろう。あざくらいであれば、【ヒールライト】でも治療可能だ。
しゅんしゅんと治っていく傷を見て、アスターさんは驚いたように目を見開いている。
この世界の【治癒魔法】は治りが遅いらしいからね。瞬時に治る【ヒールライト】は相当なぶっ壊れだろう。
シュライグ君もそれを見て驚いている様子である。
「痛みはないの?」
「え? あ、はい、まったく……」
「それはよかったの」
「あの、これは一体……」
「気にしないでいいの。シリウスは有名な宮廷治癒術師ってだけなの」
「有名なのは国内限定だけどな」
確かに、シリウスの知名度ってヘスティアだけのものだよね。
カインはアルメリアとかでも知られているけど、シリウスはかなり限定的なものな気がする。
まあ、それを言ったらサクラも同じようなものだけども。
こういう場合は有名と言っていいのだろうか? まあ、別にそこまで重要じゃないからどっちでもいいけど。
「ひとまず、状況を整理するの」
俺はアスターさんにこうなった経緯を伝える。
シュライグ君が町で襲われていたところを助け、その時にアスターさんの存在を知り、アスターさんの危機を察知して助けに来た。
それだけ聞くとなんていい人なんだろうと思うだろうけど、俺は別に無償で助けようとは思っていない。
対価ではないけど、シュライグ君には俺の下で働いてもらうつもりだし、あわよくばアスターさんも世話役として連れて行きたいと思っていた。
そもそも、地下牢に行ったのはトーマスさんと話すのが目的だったから、アスターさんを助けるのは完全についでだったし、そこまで感謝されるようなことでもない。
アスターさんには、シュライグ君が剣聖の素質を持っていること、そして、その力を俺のために使ってほしいということを理解してもらえたらそれでいい。
後はまあ、新たな剣聖を立てて国を救うってことくらいか。
「……」
アスターさんは口をパクパクさせながら目をぱちくりしている。
そんな驚くことだろうか?
まあ、確かに城の地下牢に忍び込んで、誰にも気づかれずに助け出すっていうのは傍から見たら凄いことかもしれないが、あの時アスターさんは気絶していたし、それは想像でしかわからないことである。
想像だけでも凄いと思ったのかな。実際、こうして助かっているし、さらに傷も全部治してもらったわけだしね。
「……シュライグ様は、とんでもないお方に出会ったようですね」
「僕もそう思うよ……」
「せっかく助けてあげたのにその言い草は酷くないの?」
気持ちはわからないでもないけどね。
ここは寛大な心で許してあげようではないか。
「私としては、アスターさんにはこれからもシュライグのメイドとして一緒に来て欲しいと思ってるの。まあ、嫌ならそれでもかまわないの。城にはもう戻れないだろうけど、好きな場所に行って、好きに生きたらいいと思うの」
「私はシュライグ様のメイドです。シュライグ様の喜びが私の喜び。シュライグ様がまだ私を必要としてくださるのであれば、私はどこまでもついていきますよ」
「だそうだけど?」
「僕にはアスターが必要です。アスター、これからも僕と一緒に来てくれる?」
「もちろんです。こんなメイドですが、どうかよろしくお願いします」
シュライグ君のついでにメイドさんもゲット、と。
相変わらず王族を誘拐していいのかという疑問は残るけど、相手はそれを否定してるんだし別にいいんじゃないかなとも思っている。
まあ、それでも誘拐はダメだと思うけど、相手が同意してるんだからそもそも誘拐でもないのかもしれない。
後は、剣聖として育てていくだけだな。
「……それで? 領主はなんて?」
「ああ、そうだったの。それについても話すの」
シリウスに促され、俺は領主であるトーマスさんの言葉を話し始める。
方向性的には、偽の剣聖を立てて、それを送り込むことで国を立て直すという案は変わらない。
ただ、その剣聖をどうするかがまだ決まっていないってところだ。
このままシュライグ君を育ててもいいが、結局国に渡すのなら、シュライグ君では都合が悪い。
でも、別の人を立てるのであれば探す時間がもったいない。それほど余裕があるわけではないから、探す時間は最小限にしておきたい。
であればどうするか。一番簡単なのは、ホムンクルスを作ることだろう。
素性を探られたら面倒とも思ったが、今この国にとって剣聖は何より欲しいもののはず。だったら、多少過去が知れなくても問題なく受け入れてもらえるだろう。
ホムンクルスであれば、俺の言うことも聞くし、いざという時に最高戦力を操作できるのは魅力になる。
もちろん、ホムンクルスはプレイヤーより強くはならない。下手をしたら、他の国の剣聖より劣るかもしれない。
けど、それは今は関係ない。剣聖として認めてもらえるかどうか、それが重要なのだから。
俺はひとまずそう言う方向で考えつつ、これからのプランを練っていった。
感想、誤字報告ありがとうございます。




