第二百九十五話:犬族のメイド
忍び込むのは夜と言うことになった。
元々、【シャドウウォーク】と合わせるなら影がたくさんある夜の方が都合がいい。それに、地下牢となれば道も限定されているだろうし、日中では躱さなければならない人数が多すぎる。
もちろん、【シャドウクローク】発動中なら相手が看破判定に成功しない限り見つかることはないけれど、万が一と言う可能性はある。
見つかっても最悪逃げれはするけど、騒ぎにするのはよろしくない。
なので、念には念を入れて夜にしたというわけだ。
当然だが、ナボリスさんに報告した後である。忍び込むことをわざわざ言うことはないが、これを怠ると怒られちゃうからね。あの時はイナバさんだったとはいえ、もう怒られたくはない。
忍び込むのは俺一人である。他のみんなも連れて行ってもいいが、俺が離れてしまうと【シャドウクローク】が解除されてしまうし、それだったら初めから一人で行った方が都合がいいだろう。
地下牢までは移動できるとして、問題はそのアスターと言うメイドさんだな。
「シュライグ、そのアスターさんの特徴は何なの?」
「え? えっと、犬族の獣人です。長い銀髪に眼鏡をかけています」
「へぇ、人間の国で獣人が城でメイドをしているのは珍しいの」
「僕のためにわざわざ雇ったみたいです。お前は犬獣人が好きだろうって」
「好きなの?」
「嫌いではないですけど、好きと言うほどでは……。でも、よく城で飼われている犬と遊んでいたので、それで好きだと思われたのかもしれません」
なるほどね。
犬獣人は意味合いとしては別におかしなものはない。
勇敢な性格が多く、戦場では中衛から全体を見渡し、的確に支援をする頭脳を持つ。従順であり、リーダーの言うことによく従うことから鉄砲玉の役割を任されることもあるらしいが、獣人の中では堅実で好かれるタイプが多いと知っている。
だから、メイドとしてあてがわれるには十分な素質であると言えるだろう。嫌がらせで押し付けたわけではなさそうだ。
昔の好みを把握している限り、最初は申し訳なさもあったのかもしれないね。
まあ、主人に従順な犬獣人をそんな可哀そうな主人に付けたらこうなることは目に見えていたけど。
そこらへんは犬獣人の性質を把握してなかったか、把握していてあえてそうしていたのか。
王様の考えはよくわからないね。
「まさかと思いますが、アスターを助けに行くんですか?」
「まあ、物のついでなの。私は地下牢に囚われている人に用があるから城に忍び込む。そのついでに、メイド一人攫ってくることくらい簡単なの」
「む、無茶ですよ! 一人でも難しいのに、二人もいっぺんになんて!」
まあ、領主をそのまま救出するとなると二人になるから少し難しいかな?
でも、別に領主は今回助け出す予定はない。方向性としては、偽の剣聖を立てるという方向に傾いているけど、領主の意見次第では正直に告げて、と言うのも考えている。
領主が国のために責任を取って死ぬというなら止めはしないけど、せめて最期にアーミラさんと話させてあげたいと思っている。
この潜入でどう転ぶかはわからないけど、できれば簡単に事が済む方向に言ってくれたらいいな。
「安心するといいの。少しの間、身を隠すことくらいはできるの」
「で、でも……」
「まあ、シュライグがアスターさんを見捨ててもいいというなら話は別だけど」
「そ、そんなこと言ってないじゃないですか!」
「わかってるの。だから、私達に任せてくれたらいいの」
一つ問題があるとしたら、アスターさんを誘拐したら間違いなく騒ぎになることだよな。
まあ、すでにシュライグ君が脱走しているから騒ぎにはなっていそうだけど、そこでさらに脱走を手助けした共犯者がいなくなったらさらに大騒ぎになりそうである。
それとも、すでに騒ぎになってるなら件のメイドは捕まっているかな?
同じ地下牢に囚われていてくれるなら話が簡単なんだけど、即刻処刑とかされたらもう間に合わない。
逃げたシュライグ君の居場所を吐かせる必要があるし、すぐに殺すことはないかもしれないけど、行くなら急いだほうがいいかな?
まあ、すでに夕方になっていて、夜まで間がないからそんな変わらないような気もするけど。
「で、でも……」
「私は、シュライグのことが欲しいの」
「ぼ、僕が、欲しい?」
「そう。このまま存在ごとなくなっていい存在じゃないと思ってる。私の下に来れば、その能力をもっと鍛えてあげることもできるの。そして、その能力を私のために使ってほしいの」
「僕は、誰かに必要とされるような人間じゃないですよ……」
「それはシュライグを見る目がないの。私の目に狂いはない。だから、そんなシュライグを手に入れるために恩を売らせてほしいの。ダメなの?」
「あくまで、自分のためということですか……?」
「そうなの。まあ、無理にとは言わないけど」
「……僕なんかが何の役に立つかはわかりませんけど、それでアスターを救えるならなんだってします。どうか、アスターを助けてください!」
「その言葉を待ってたの。任せるといいの」
ようやく頼ってくれた。
まあ、シュライグ君が欲しいのは確かだけど、これは半分俺の我儘だ。
別に、ここでアスターさんが死のうが生きようが俺の目的には何の関係もない。アスターさんが自分で罰せられることはないと言っていたなら、それに便乗して、そのままシュライグ君を持って帰ればいいだけの話だ。
でも、それはなんか違うだろう?
後になって、やっぱりアスターさんは罰せられ、処刑されてしまいましたじゃ後味が悪い。シュライグ君がその事実を知ることがなかったとしても、俺が知るだけで胸糞悪くなる。
じゃあ知ろうとしなければいいじゃんと言う話だけど、人は知りたがりの生き物だ。それがたとえ知ったら後悔することだとしても、そこにあれば知ろうとしてしまう。
こうしてシュライグ君からアスターと言う名前を聞いた時点で、俺はその呪縛に囚われてしまったのだ。
だから、その憂いを断つためにも、みんな助ける。
自分で助けた命なのだから、最後まで面倒見なくちゃいけないよね。
「アリスは、何というか、お人好しだよね」
「私はただ自分のやりたいようにしてるだけなの」
「そうだね。そうやって自分を貫けるのは偉いと思うよ」
別に俺はお人好しと言うわけじゃない。
そりゃ、目の前で困ってる人がいれば助けるけど、泳げもしないのに川で溺れている人を助けに行くほど馬鹿じゃない。
あくまでも自分本位。自分が気持ちよくなりたいから助けているだけ。それが結果的に、周りから見たらお人好しに見えるだけだ。
これは俺の思考なのか、それともアリスの思考なのか、どっちなんだろうね?
まあ、今はそんなことはどうでもいい。こうして任された以上、確実に任務を遂行しなければならない。
「さて、腕が鳴るの」
城への潜入と聞くと少しワクワクするけど、現実はそんなに面白いものじゃない。
確かにスリルはあるけど、【シャドウクローク】が完璧すぎて全然気づかれないからね。スリルを感じられるのは最初だけだ。
でも、これのおかげで救える命もあるなら活かさない手はない。
俺はひとまず、情報共有をするために、カイン達に合図を送った。
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