第二百九十四話:置いてきたもの
シュライグ君はかなり有能だった。
見取り図を見たことがあると言っていたけど、それだけでここまで正確に説明できるだろうか?
話を聞く限り、シュライグ君が自由に行動できたのはせいぜい3歳程度までで、その後はずっと部屋に閉じ込められていたという。
もし、見取り図を見ただけでここまで想像できているなら、それは凄い才能なのではないだろうか。
こんな類稀なる情報把握能力を持つ逸材を正妃の子が生まれたからってなかったことにするのはとてももったいない気がする。
と言うか、そもそも臣籍降下でもさせればよかったんじゃないだろうか?
王位継承権さえ手放してしまえば、シュライグ君がこんな状況に陥ることもなかったはずである。
今のシュライグ君が10歳程度に見えることからして、将来王になりたいだなんて言いもしなかったと思うけど、そんなに信用できなかったんだろうか。
アレクトール君との仲がどうなのかはわからないけど、もし良好だったなら、王兄として尽くす未来もあったんじゃないかと思うんだけどなぁ。
そこら辺の事情はよくわからない。ただ、一つ言えることは、存在ごとなかったことにするなんてどう考えても間違っているということだ。
「僕が知っているのはこのくらいです。お役に立ちましたか?」
「十分なの。これなら、スムーズに事が進みそうなの」
地下牢の正確な位置は把握できた。
もちろん、シュライグ君が嘘を言っていたり、そもそもその見取り図とやらが間違っている可能性もなくはないけど、罠である可能性は限りなく低いだろう。
【シャドウクローク】を使えば誰にも気づかれずに侵入も可能なはずである。
後はまあ、見張りとかをどうにかできれば話すこともできるだろうな。
「……あの、それを聞いてどうするつもりなんですか? まさか、忍び込もうとか……」
「んー、まあ、端的に言えばそうなの。今捕まっている人の中に話したい人がいるの」
「ご家族ですか? それなら、面会を申し出れば場合によっては許可が出ると思いますが……」
「別に家族と言うわけじゃないの。でも、その人に死なれると困る人がいるの。だから、安否の確認と、気が向いたら救出すること、それが目的なの」
「……助けてくれた方にこんなこと言うのはあれですけど、城の警備は厳重ですよ? とても一人では救出できないでしょうし、そもそも忍び込むのも難しいと思いますが……」
「その辺は策があるから大丈夫なの。こう見えても、私は前に別の国の城に忍び込んで友達を助けたこともあるの」
まあ、これは自慢できることじゃないかもしれないけどね。
でも、この世界では【シャドウクローク】は相当優秀なスキルである。
【シャドウウォーク】と併用すれば、どんな場面でも忍び込み、そして脱出することができるだろう。
しかし、よく考えると昔はこれと同じようなことをできた人がいたんだよね。その時の対策はどうしたんだろうか。
時代とともに廃れていったのかな。まあ、忍び込みやすいに越したことはないからいいんだけども。
「えっと……」
「ああ、別に怪しい者じゃないの……と言っても信じられない?」
「まあ、そうですね。いい人だとは思いますが、少し得体が知れません」
「ただ、ちょっと強い冒険者って認識してもらえれば十分なの。私はただの、アリスなの」
「アリス、さん……」
俺の名前を呟いて、呆然としているシュライグ君。
いくら助けてくれた恩人とはいえ、流石に不気味だったかな?
でも、仮にも王子相手に目的を話してしまった以上、自分の正体を明かすのもどうかと思うし、結局変な返しになってしまった。
さて、後の問題はシュライグ君をどうするかってところだね。
「おーい、アリスー」
「あ、サクラ」
そこに、遅れてサクラがやってきた。
そう言えば置いてきてしまったんだよね。ちょっと申し訳ないことをしたかもしれない。
でも、あの時は緊急事態だったし大目に見てほしい。サクラがそうそう後れを取るとも思わないし、信頼していたということで。
「その子が走り出した理由? 見た感じ、襲われてたって感じかな?」
「大体そんな感じなの。シュライグ、紹介するの。私の仲間で、サクラなの」
「初めましてー」
「は、初めまして」
サクラが笑顔で手を振ると、シュライグ君はぎこちなくお辞儀をする。
ちょっと警戒させちゃったかな? でも、人並の警戒心は持っているだけましかな。
箱入り息子よろしく、世間知らずで何に対しても興味を示してホイホイついていってしまうような子じゃなくてよかったと思う。
まあ、世間知らずはしょうがないっちゃしょうがないかもしれないけど。
「それで、どこのどちら様?」
「説明するの」
俺はシュライグ君の経歴を簡単に説明する。
それにしても、最初は望まれて生まれてきたのに、後になってやっぱりいらないって言われるなんて普通の子供だったら耐えられないよね。
王様にとって後継ぎは必須のものだし、それが側室の子とは言え生まれてきてくれたってことは、当時は相当喜ばれたことだろう。
そんな祝福を受けていたのに、しばらくしたらもう用済みだって掌返しされるのは俺だったら耐えられない。
まあ、年齢的に、まだその事実に気づくことなく幽閉されていたのだとしても、今は理解しているだろうし、どうあっても自分の居場所がないとわかれば、どうしていいかもわからないだろう。
そんな中で、自ら外の世界に飛び出そうと思えただけでも凄いことである。
グレイスさんもかなり欲しいけど、シュライグ君も個人的には凄く欲しい。
やっぱり誘拐しちゃダメかな。
「なるほどね。まさか王子様とは思わなかったよ」
「王子ではないですよ。僕はもう、ただの人です……」
「あ、ごめんね? そんなつもりで言ったんじゃなかったんだけど……」
シュライグ君自身、自分のことをもはや王族とは思っていないらしい。
親が自分がいなくなることを望んでいるなら、それに応えようという諦めにも似た感情を感じる。
まあ、それで自死を選ばなかったのはよかったけど、これは難しい問題だ。
今頃城ではシュライグ君がいなくなって大慌てになっていることだろう。もしかしたら、誰が逃がしたのかと犯人探しを始めているかもしれない。
そうなってくると、シュライグ君付きのメイドさんが心配だな。ロープも用意して逃走の手助けをしたのは確かみたいだし、問答無用で処刑されてもおかしくないかも。
「シュライグ、一つ聞きたいの。君が逃げた影響で、君付きのメイドは多分捕まってると思うの。それは理解しているの?」
「アスターが? で、でも、自分は罪には問われないから安心しろって……」
「どうやら良い従者に恵まれたようなの。でも、それは方便なの。仮に本当に悪気なしだったとしても、手助けしたのは事実だし、何らかの処罰が与えられるのは確実なの」
「そんな……僕の、せいで……」
「聞きたいのはここからなの。シュライグはそのメイドを助けたい? それとも、放っておいて逃げ出したい?」
「そんなの、助けたいに決まってるじゃないですか!」
「それを聞いて安心したの。まあ、ちょっと恩も売っておきたいし、ここは任せてほしいの」
そう言ってウインクをする。
別にシュライグ君に恩を売ったところでシュライグ君が感謝するくらいしかメリットはないけど、そのシュライグ君が欲しいのだから何の問題もない。
どうせ城に入り込むんだし、物のついでだと思えばいいだろう。
俺はきょとんとするシュライグ君を見ながら、忍び込む算段を考えた。
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