第二百九十話:ひとまずの方針
案としては二つに絞られた。
一つは、事情を正直に告げて諦めてもらうパターン。
そちらの国の剣聖はもう戻る気がないので諦めてくださいと言うわけだけど、これには相応の危険がある。
こちらに悪気は全くないが、あちらからしたらこちらが剣聖を奪ったようにも見えるだろう。
距離が離れすぎているため、即座に戦争だとはならないとは思うが、使節団である俺達に剣を向けてくる可能性は十分にある。
それに、領主の処刑も免れないだろう。
今まではもしかしたら戻ってくるかもしれないという希望に縋って、その過程で偶然生き残っていたようだけど、その希望も潰えたとなれば生かしておく理由がない。責任を負わせるためにも、処刑するのが妥当だろう。
わざわざ俺達がこの国に来たのは、領主を助けるためでもある。アーミラさんの憂いを断つためにやってきたのに、その原因に死なれてしまっては恩を売ることもできないし、非常に困る。
こうなった場合、どうにかして領主を助け出し、逃げる必要があるだろう。
最悪、こちらにかかずらってる間に国が滅びる可能性があるのが少し心配だけど、領主の場所をあらかじめ特定できていれば、多分問題はないと思う。
そして、もう一つは剣聖を養殖し、身代わりにするというもの。
剣聖は相当な高レベルを要求されるため、普通では辿り着けない。大抵の場合は、スターコアを用いたドーピングによってなるものであり、努力だけで剣聖になるのは非常に難しいことだ。
しかし、俺なら自由にレベルアップさせることができるし、経験値稼ぎの方法もある程度確立している。
それを利用して、適当な誰かを剣聖へと仕立て上げ、これがお探しの剣聖ですよと紹介し、安心してもらうということである。
恐らくだが、王様を始め、国の上層部は剣聖候補であるグレイスさんの顔は知らないはず。であれば、初めからこれが探していた人だと言ってもばれることはないだろう。
唯一、領主だけは知っているはずだが、あらかじめ口裏合わせをお願いしておけば問題はなくなる。
グレイスさん達への追手も正式になくなり、領主も処刑されずに済むだろう。
問題があるとすれば、まず剣聖の候補となる人物を探さなくてはならないということ。
もちろん、最悪ホムンクルスを用意するというのも手ではあるが、この国のために働く人なのだから自国民がいいだろう。下手に調べられて出自が不明とか言われても疑われちゃうだろうし。
そうなると、国のために剣聖になってくれる人を探す必要がある。
まあ、剣聖になれると聞いて断る人は少数派な気がするけど、真に国のために仕えたいと思って剣聖になる人はあまりいないだろう。
そこら辺の選択を間違えると、国に対して横暴な態度をとったり、問題行動を起こして国の品位を貶める可能性がある。
別に、この国がどうなろうと知ったこっちゃないけど、こちらの都合で代わりの剣聖を送り付けるわけだから少しくらいは憂慮しなければならないだろう。
その選定をするのが大変というのもあるけど、時間がかかるというのもネックである。
俺達プレイヤーはレベルアップに必要な経験値がかなり少なくて済むけど、この世界の人達はかなり多い。同じ1レベルアップするのでもかなりの差が生まれるだろう。
俺達だったら、多分一週間とかずっと魔物を狩り続ければレベル80には行けそうではあるけど、この世界の人を育てるとなると少なくとも一か月は欲しいところだ。
今、この国はかなり情勢が荒れている。このままだと、近いうちにもっと不利な条約を押し付けられてもおかしくはない。
もちろん、剣聖さえ現れればそれらはすべて撥ね退けられるかもしれないけど、窮地に陥った国が責任を取らせるために領主を処刑しないとも限らない。
ここまで生きているのが奇跡のようなものなのだ、これ以上時間をかけるのは領主を危険に晒す行為である。
だから、時間がかかるこの方法はあまり取りたくはない。
どちらの案でも、一応何とかなるはなるだろう。グレイスさん達がこれ以上追われることはないし、仮に追手がいたとしても返り討ちにできる自信がある。領主もこっそり助け出せば問題ないだろう。後に残るのは、この国が窮地に陥るか脱するかの違いである。
さて、どちらを選ぶべきだろうか?
「領主の安全という面で考えるとどっちもどっちだよな。正直に言ったら処刑されそうだし、そうでなくても時間かけたら処刑されそうだし」
「まあ、今の情勢的に安全なのは後者ではないですか? 国としてはもう後には退けないでしょうし、剣聖の唯一の手掛かりである領主をそうそう処刑するとは思えません」
「なんにせよ、一度領主に会うべきじゃない? 連れ出すにしろ口裏を合わせてもらうにしろ、どっちにしろ会わないといけないわけだし」
「確かに。まずは領主の場所を探してから考えるべきか?」
領主は王都へと移送されたと聞いた。牢屋に囚われているとも聞いたから、恐らく城の地下牢か何かに閉じ込められているのだろう。
城への潜入は慣れている。こっそりと侵入して、話を聞くくらいはできるはずだ。
まずは領主の意見を聞いてみて、それで判断してみるというのもいいかもしれない。
「なら、まずは領主の居場所を特定するの。それで話を聞いて、その反応で判断することにするの」
「決まりだな。んじゃ、まずは情報収集だな」
ある程度の方針が決まり、俺達は王都に着くまでの間にある程度の情報収集をすることにした。
その過程で、一応剣聖候補も探しておくことにする。
さて、どう出てくるだろうかね。
それから一週間ほどして、王都へと辿り着いた。
流石に王都だけあって活気はそれなりにある。話の話題は、やはり逃げた剣聖と、それによって起きた各国からのきつい対応についてのようだ。
今のところ、まだ不利な条約を結んだわけではないらしい。限りなく頷く寸前まで追い詰められているが、まだ寸でのところで耐えているようだ。
これも、剣聖が戻ってくるかもしれないという希望故だろう。各国としても、確実に剣聖が死んだとでも聞かない限り、無理に進めることはできないんだと思う。
今なら、約束を破りかけているアフラーク王国に対して、約束破るならこれこれこういうことをしてもらおうかと打診しているだけなので、もし剣聖が見つかればすべて撤回できる。印象は悪いだろうが、後ろめたさを持っているのはアフラーク王国も同じだろうから、それで無理難題を仕掛けてきた国を守らないという選択肢はないだろう。
だから、どこかのタイミングで剣聖が帰ってこないと確信されたら、強引に条約を結ばされるんだと思う。
そうなると、そこまで急ぐ必要はなさそうかな? わずかでも可能性があるから急いだほうがいいに越したことはないけど、焦りすぎて失敗するよりは慎重に情報を集めた方がいいと思う。
「とりあえず、酒場でも行くの」
情報収集の基本は酒場から。まあ、俺はちょっと似合わないかもしれないけど、カインとかもいるし多分大丈夫だろう。
俺達は馬車を預けた後、適当な酒場へと向かった。
感想ありがとうございます。




