第二百八十八話:活気のない町
第十章開始です。
無事に元の姿に戻ることができ、これでようやく当初の目的を果たすことができるようになった。
アフラーク王国の辺境の町、ライル。アーミラさんのお父さんが領主を務める場所であり、グレイスさんを剣聖として祭り上げた最初の町。
俺達の目的は、グレイスさん達の状況を伝え、諦めてもらうこと。
町を救うためという目的があったとはいえ、グレイスさんは剣聖をやるつもりはなく、娘であるアーミラさんも反対している。その結果、逃げられてしまったわけだ。
領主としては何が何でも町を立て直したかったんだろうが、同意が得られていなかった以上、この結果は必然と言える。
剣聖を輩出した町となれば有名になるし、活気も生まれるだろうが、逆に逃げられてしまったなら、剣聖に見捨てられた愚かな町として粛清の対象になってもおかしくない。
すでに国にも剣聖のことは伝えているようなので、このままグレイスさんが戻らなければ領主が責任を取らされて処刑されるのも時間の問題と言うことだ。
グレイスさん達がヘスティア王国に来てからすでに四か月ほど経っている。脱走した時期も考えると、すでに半年以上経っていてもおかしくはない。
それを考えると、すでに手遅れなんじゃないかとも思えるが、国を超えての逃亡者を捕まえるのはそんな容易ではない。だから、捜索には年単位の時間を要しているのではないかと推測できる。
そうでも考えないと、領主が生きている可能性はゼロに等しい。入れ替わりのせいでちょっとごたついたのは仕方がないことだが、これで間に合わなかったらアーミラさんになんて言ったらいいかわからないな。
せめて、温泉なんて入ってる場合じゃなかったというような状況にならなければいいが。
「さて、ここが例の町らしいけど」
元に戻ってから約一か月。ちょっと前までは雪原が広がっていた街道だったが、春の訪れとともに徐々に雪も溶けていき、この辺りまでくると多少日陰に雪が残っている程度になっていた。
暖かな日差しを受けて、さあ今年も頑張るぞと奮起するような季節ではあるが、町の様子は暗いものだった。
活気がまったくないわけではない。通りには多くの店が並んでいるし、人通りもそれなりにある。だが、声が小さいというか、不安がっている? のがわかる。
アーミラさんの言う通り、この町が活気がないというのは本当のようだ。
「これは酷いですね。人々の印象が違うだけでこうも変わりますか」
「これがデフォルトなのか、それとも領主のせいなのか、どっちにしても賑わってるって感じじゃねぇな」
この世界の人々は、割とおおらかな性格の人が多い。
細かなことは気にせずに、頑張って進んでいこうという印象を受ける。
だけど、この町ではそんな人はあまり見かけない。元はどうだったかはわからないが、少なくとも今は賑わっているとは言えない状態だった。
恐らくは、グレイスさんに逃げられたことでさらに活気がなくなっていったんだろうけど、領主はこれをずっと放置しているのだろうか?
絶対に取り戻すと檄を飛ばすなり、新しい剣聖を見つけるなり、何かしらの行動はとっていてもおかしくはないが。
「あ、すみません。ちょっといいですか?」
「はぁ、なんでしょう」
サクラが道行く人に話しかけて事情を聞いている。
この町の活気がないのは領主が剣聖を逃がしてしまったから、と言うのは間違いないようで、領主に対する不満が見え隠れしていた。
ただ、その領主自身はすでに更迭され、王都へと移送されたようだ。今回の責任を取って、現在は処遇が決まるまでの間、牢に閉じ込められているらしい。
殺されていないのはラッキーだったけど、流石にもう自由の身ではなかったか。
まあ、ある意味当然と言えば当然だけど。
「新しくきた領主様も……こんなことを言ってはだめかもしれませんが、あまりやる気を感じられず、この町に住むのが不安になってきているんです」
新しくやってきたのは国の監督官のようだが、かなり事務的な人物らしく、ほとんどは人任せで、自分のやることと言えば資料を読んで指示を出すだけだという。
まあ、税金を使って豪遊するとかそう言うことをしていないだけましなのかもしれないが、この町をよくしようという気概は感じられず、現状維持を貫く姿勢に町の人達は不満を感じているようだ。
このままでは近いうちにこの町は瓦解する。それがわかっていながら、別の町に引っ越す勇気もない。それが町の大半らしい。
だから、町の人達としては、逃げた剣聖が戻ってきて、町を立て直してほしいと思っているようだった。
「なるほど、ありがとうございました」
町の活気がない理由はわかったし、領主の居場所もわかった。
こうなってくると、さっさと王都を目指し、早いところ事実を伝えてあげる必要があるだろう。
今はまだ牢屋に閉じ込められているだけで済んでいるようだけど、このままだといつ処刑されてもおかしくはないし。
けど、馬鹿正直に王様とかに言うのも違うかな? 今はまだ、剣聖が戻ってくる可能性があるから生かされているけど、これがもう戻ってきませんよと告げられたらいよいよ処刑されそうな気がする。
責任の所在をどうするかが問題だ。逃がした領主が悪いということになれば、領主の処刑を大っぴらに止めるのは難しくなる。
かといって、じゃあ逃げたグレイスさんや、逃がすのに加担したアーミラさんが悪いのかと言われたらそれも違うだろう。すでに戻ってくる気のない人間に責任を押し付けたところで、罰を与えることもできないし、国としては泣き寝入りするしかない。
もちろん、こちらとしてはそれでもかまわないけど、誰かしらに責任を押し付けたがるのは明白。仮に領主がそれから免れたとしても、他の家族や親しい隣人、家の使用人など、別の場所に被害が出る可能性がある。
どうにか丸く収めたいけど……何かいい手はないだろうか。
「領主が未だに罰せられてないってことは、まだ探してる可能性が高いな」
「そうですね。もう戻ってこないという確信が得られたなら、すでに処刑しているでしょうし。まだ希望を持ってるってことでしょう」
「さて、どうやって切り抜けようかね」
理想としては、領主が殺されることなく、グレイスさんに追手が着くこともなく、平和的に終わってくれることである。
最悪、領主は連れ出して一緒にヘスティア王国に住んでもらうというのでもいい。
アーミラさんに恩を売って、それでグレイスさんが従順になるのなら、それが一番いいのだから。
ただ、単純に領主を救い出すだけだと周りに被害が及ぶ可能性がある。
無駄な被害を出さず、なおかつ領主を救い出せるような案が必要となるだろう。
果たしてそんなものが存在するのかは知らないが。
「ひとまず、王都に向かいながら考えましょうか」
「そうするの」
この町に領主がいない以上、もう用はない。
ここから王都に辿り着くまでに何かいい案が浮かべばいいのだが。
そんなことを考えながら、ライルの町を後にした。
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