幕間:これからの道
主人公と入れ替わった兎、イナバの視点です。
僕は団長に気に入られて、ようやく人の姿を得る機会を得た。
そうして兎族の少女の姿になったのだけど、結局すぐにばれてしまい、気まずい雰囲気になってしまった。
最初こそ、もう入れ替わるための手段はないのだから問題ないと思ったけど、聞けばこの体の持ち主は一国の王で、少しでもおかしな点があればすぐにばれて国から狙われることになるという。
そうでなくても、お仲間さんはみんな国の要職についている人で、僕のことを決して逃がしはしないと目が語っていた。
僕はこのまま偽物の王様を演じながら、窮屈な思いをして暮らすのだと思った。
しかし、入れ替わったアリスさん曰く、元に戻れる薬があるらしい。
最初は半信半疑だったが、実際に素材を集めるために奮闘していたし、やがてアリスさん達の明らかな人外要素を見て、本当のことなんだろうと思い始めた。
だっておかしいもん。どこの世界に、エンシェントドラゴンに挑む人がいる?
そりゃ、国の命令でとか、あるいは大人数でとかならわからなくもないけど、たった一パーティで、しかも一人は僕というお荷物を連れて行くなんて頭おかしいとしか思えない。
それなのに、平気でドラゴンに認められちゃう辺り、どう考えても普通の人じゃない。
僕は初めから入れ替わる人物を間違えていたのだと悟った。もっと別の人物だったなら、仮にばれたとしてもうまくやって行けただろうに。
そうして素材を集め、ついに揃って薬が出来上がった。それを飲むと、急激な眠気に襲われ、気が付いた時には再び兎の姿に戻っていた。
あれだけ人の姿に憧れていたのに、いざ兎の姿に戻るとなんだか安心した気分になった。
元に戻りたかったわけじゃない。でも、アリスさんの体でいるのは、物凄いストレスだった。
類稀なる身体能力、膨大なスキルの数々、それに高い地位。どれをとっても、僕には過ぎたる代物だった。
あれはアリスさんだから扱えるのであって、僕なんかじゃ絶対に扱いきれないものだった。
それを痛感したからこそ、安堵したんだと思う。
これからどうなるかはわからない。一応、シリウスさんが戻った後も面倒は見てやると言っていたけど、本当にそうだろうか。
今まではアリスさんの体だったから、役立たずでも置いてもらえていた。でも、ただの兎になった今、僕を置いておく理由は何もない。
元々、僕が入れ替わりなんてしなければ関わりもしなかった相手である。それを考えれば、この雪原に打ち捨てられても文句は言えない。
そう考えると怖かった。
もちろん、みんなの人となりはこの旅の間に多少なりとも理解しているつもりである。言った以上は、約束を守る人だともわかる。
けれど、やっぱりこの小さな体に存在価値を見出すのは難しかった。
「きゅっ……?」
城のアリスさんの一室。以前と同じように同じベッドで寝かせてもらいながら、自問自答していると、不意に隣に気配が降り立ったのがわかった。
アリスさんの兎耳がピクリと反応したが、その気配が何かを振りまくような動作をすると、それも収まった。
話を聞く限り、こんな近くに気配があったらアリスさんは飛び起きそうなものだけど、起きる気配はない。
こんなことができる人に僕は一つ心当たりがあった。それは、いつも飄々とした態度で人を見下しつつも、仲間には優しいサーカスの団長の姿。
僕が見ている前で空間がぐにゃりと歪むと、そこには予想通りの人物が立っていた。
「やあ、久しぶりだね、イナバ君。王族のペットになった気分はどうかな?」
「きゅっ!?」
「ああ、あんまり大きな声は出さないでくれ。あんまり騒げば流石に気づかれてしまうかもしれないからね」
そう言って口元に人差し指を当てる。
なんでこんなところに団長がいるんだろうか。確かに神出鬼没な人ではあったけど、こんな場所にまで忍び込めるなんて聞いてない。
そもそも、化け物並みの聴力を持つアリスさんを起こさずにこんな至近距離で会話など、普通はできないだろう。
何かしらのスキルの影響か、あるいは魔道具か、何かしているのは確かだった。
「さて、面白そうだからと見守っていたけど、まさかこうなるとは思っていなかった。せっかく人になれたのに残念? いや、ペットとしては最上級の暮らしを手に入れて満足かな?」
「きゅぅ!」
「まあまあ、そんなに大きな声を出さないでくれ。どちらにしろ、今の私に君の言葉は理解できない。理解しようとすることはできるが、それは私にとって都合のいい言葉にしかならない。だから、君は私の言葉を静かに聞いているだけでいい」
「……」
いったい何をしに来たのだろうか。僕のことを連れ戻しに来たとか?
確かに、入れ替わりの条件としては、入れ替わった後すぐにサーカスに戻るというものだった。
つまり、人間となった後も、サーカスの団員として働いてほしいというわけだ。
それを僕は破ってしまっている。やむを得ない事情があったとはいえ、これはれっきとして契約違反だ。
連れ戻す、あるいは罰を与える。何かしらしに来たのは確かだろう。
「不安だろうからまずは宣言しておこう。私は君を連れ戻しに来たわけではない。あれは迂闊に冒険者に手を出した私の失態でもあるからね。その件について、君のことを責めようとは思わないし、君が望むのならこのまま見逃してもいいと思っている。まあ、必要経費という奴さ」
連れ戻しに来たわけではない?
自慢ではないが、僕は団長にそれなりに気に入られていたはずである。それこそ、手放したくないと思っていたほどには。
それなのに、連れ戻す気がないということは、そもそもそれは僕の勘違いだったということだろうか。
僕のことを人に戻してくれたのも、単なる気まぐれだったのかもしれない。
それを考えると、僕の今までの行動は何だったのかと思わされる。
団長は一体何を狙っているんだろう。
「もちろん、君が望むなら連れ戻してもいい。君がサーカスのことを気に入っているのなら、それに応えよう。選ぶのは君だ。君はどちらの生活を望むかな?」
僕の失敗は不問にし、望むのなら戻ってきてもいいと。なんて僕にとって都合のいい条件だろうか。
考えてみる。僕はどちらの生活を望んでいるのか。
サーカスに戻れば、僕は再び曲芸ができる兎として活動することになるだろう。もしかしたら、再び人間に戻るチャンスも巡ってくるかもしれない。
アリスさんが頑張ってくれたおかげか、この体にはかなりスキルが増えているようで、以前よりも軽々と体を動かすことができる。サーカスの動物として、スターになることも可能だろう。
対して、今のまま、アリスさんの下で暮らすとどうなるか。
見捨てないと言った以上はきちんと面倒は見てくれるだろう。それが旅をしながらにしろ、城に預けられるにしろ、そう悪くはない生活になるとは思う。
まあ、カインさんが少し怖いけど、少なくとも死ぬことはないはずだ。
以前はサーカスの動物としてショーを見せなければならなかったが、それすらも不要。ご飯だってちゃんとしたものを出してくれるし、望めば人間らしい扱いもしてくれるかもしれない。
ただ一点、それに見合うだけの成果を上げられないこと除けば、悪くない選択だろう。人間にしてくれるという話もあったことだし。
僕は、どちらの生活を望んでいるのだろうか?
「まあ、今すぐに決めなくてもいい。今の生活を楽しんで、それでもつらいと感じたなら戻って来ればいいさ。またしばらく経ったら様子を見に来るから、その時までに方向性を定めておいてくれ」
そう言った瞬間、団長の姿は消えていた。
跡形もなく、まるで初めからそこに存在などしていなかったかのように。
神出鬼没というレベルではない気もするけど、道を示してくれたのは確かだ。
どちらの待遇がいいかは正直決めきれない。どちらにもいい部分はある。それでいて、片や仕事が与えられ、片や何も仕事がないというだけの話。
対価もなしに安寧が得られるのはステキなことだけど、果たしてそんなこと許されるのだろうか。
僕はしばらくの間、うんうんと唸りながらどうしたいのかを考えていた。
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