第二百八十七話:最後はあっけなく
特にスキルなどは使わず、馬車の窓からぼーっと外を眺めながら進むことしばらく、俺達はとある町へとやってきた。
本来なら、アフラーク王国に入った後、雪山に入って薬草を探すつもりだったのだけど、今の時点でも思いの外雪国であり、これだったらここでも十分に見つかる可能性はあるということで、一度町の薬屋にあるかどうかを確認してみようということになったのだ。
考えてみれば、運ゲーに任せたり、雪山で探すよりも買った方が何倍も楽である。貴重な薬草とかならともかく、ヒエヒエ草くらいだったらマグマグ草と同じように買うことができるだろう。
どうにも、自力で見つけなければならないと思ってしまうのはなぜだろうか。キャラとしての姿だから、『スターダストファンタジー』の常識が反映されているのではとも思ったが、あちらでも基本的には薬草は買って入手するものである。
もちろん、依頼の途中で偶然見つけた薬草なんかはそのまま持ち帰ることもあるけど、そう言う依頼でもない限り、薬草を求めて探し回るなんてことはない。
あれかな、エリクサーを作った時に探し回ったのが影響しているのかな。
確かにヒエヒエ草はそこまで珍しい薬草というわけではないが、それを言うならマンドレイクもちょっと珍しい程度である。
国が集めようとしているのだから、そのくらいは見つけられていてもおかしくないところを、それでもなかったから、ある程度貴重な薬草は探さないとダメ、という方程式が出来上がっているのかもしれない。
まあ、生えている場所の特徴は大体わかっているし、探そうと思えばそちらの方が確実なのかもしれないけど、まずは町の薬屋で探してみるという癖をつけた方がいいかもしれないね。
「さて、ちゃんとあるかね」
適当な薬屋に入って店主に話を聞いてみる。
すると、特に迷うこともなく、「あるよ」と返答を貰った。
マグマグ草の時は火山にアウラムがいたせいで値段が高騰していたけど、ここではそう珍しい薬草というわけでもなく、比較的良心的な値段で譲ってくれることになった。
やっぱりまずは店を覗いた方が得だね。
他の薬草も揃ったし、これでようやく薬を作ることができる。
「なんだかあっさり揃っちゃったね」
「そうだな。もっと苦戦するかと思ってたが」
「まあ、簡単に見つかる分にはいいんじゃないですか?」
町の食堂で昼食をとった後、適当な階段に腰かけて話をする。
手間としては確かにめちゃくちゃ大変だったけど、それでもあるかもわからないものを探そうとするよりはよっぽど楽だ。
大きな寄り道をしなくて済んだことも運がよかったし、後はきちんと調合が成功してくれるかにかかっている。
まあ、失敗に関しては心配していないけどね。
【ポーションクリエイトⅣ】なら成功率は少なくとも90パーセント。それに加えて、作るのはリアルラックが高いサクラだ。
仮に最高品質にならなかったとしても、失敗することはまずないだろう。
「きゅっ」
「そうだね。さっそく作ってみようか」
サクラは材料を目の前に並べ、手をかざす。そして、えいやと掛け声を上げると、次の瞬間には素材が消え、丸い容器に入った二つのポーションが代わりに転がっていた。
「え、は、え? い、今なにしたの?」
「何って、ポーション作ったんだけど?」
「いやいやいや! ポーションはそんなポンとできるものじゃないよ!?」
イナバさんはポーションとサクラを交互に見ながら目を白黒させている。
確かに、考えてみればそうだよね。
【ポーションクリエイト】に限らないけど、クリエイト系のスキルは材料さえあれば瞬時に作成が可能である。
時には戦闘中に作ることもあるので、そのせいだとは思うんだけど、普通はこんなに早くできたりはしないだろう。
調合なんだから、例えば大釜に材料を入れて煮詰めたり、あるいは潰して汁を出したり、そういうことをして徐々にポーションへと近づけていくはずである。
しかし、俺達が使うクリエイト系のスキルはそんな過程一切すっ飛ばして、完成まで持って行ってくれる。
これはこれでチートだよね。でも、この世界の人達も昔は同じことをしていたわけだし、恐らくはこれが正常だと思う。
今の調合法は、クラスのスキルに頼らない独自の方法ってことだろうね。
「イナバ、あまり深く考えない方が身のためですよ」
「何それ、凄く怖いんだけど……」
「まあ、できたんだからいいじゃん! ほら、飲んで飲んで」
そう言って、サクラはポーションを俺とイナバさんに渡す。
大きさとしては結構小さめで、今の俺でも持つことは簡単だ。
容器が色付きのガラス瓶なので中の色はよくわからないけど、もし失敗していたとしたらそもそもガラス瓶にすらならないはずなので、品質はともかく、成功はしているはずである。
俺はふたを開けるとこくこくと飲んでいく。
味は、なんだろう、甘いような辛いような、微妙な味がする。
まあ、薬なんておいしいもんじゃないんだから飲めないほどまずくなければ問題はない。
「ほら、早く飲んで?」
「う、うん……」
サクラに促され、イナバさんも恐る恐ると言った様子で飲んでいく。
それぞれ薬を飲み切った瞬間、不意に視界が狭まってきた。
これは、なんだ、眠気? よくわからないけれど凄く眠い。
イナバさんを見てみれば、同じように瞼が落ちてきている。
飲んだ瞬間これってことは、多分薬の作用だろう。ここはこのまま身を任せた方がいい。
と言っても、そんなこと考える間もなく、眠気は俺の意識を刈り取っていった。
しばらくして目を覚ます。
うっすらと目を開けると、鎧の腹が目に入った。
どうやらカインに膝枕されているらしい。なんだか悪いことをしてしまった。
頭を押さえつつ、体を起こす。
若干頭は痛いが、それ以外は特に調子が悪いところは見当たらない。
それよりも重要なことは、俺の体がしっかりと戻っていることだった。
「あー、あー……うん、ちゃんと喋れるの」
「おはようございます。その様子ですと、ちゃんと元に戻ったようですね」
立ち上がって体を確認してみる。
装備も、体格も、頭の上のうさ耳も健在だ。そして何より、サクラの腕に抱かれている兎は先程まで俺の体だったものである。
きちんと喋れるし、動きに違和感もない。ついに、元に戻ることができたのだ。
「ふぅ、ちゃんと戻ったみたいなの。みんな、心配かけたの」
「いえいえ、無事に戻ったのなら何よりです」
「前の方がいじりがいはあったけど、やっぱりアリスはアリスだよね」
「やっぱその口調の方が落ち着くわ」
「サクラは後でお話があるの」
サクラに関しては移動の際にずっと抱き上げてくれた恩があるけど、温泉を始めとして、ちょいちょいセクハラするのやめてほしい。
まあ、セクハラというか、単なるじゃれあいのつもりなんだろうけど、見せられている分にはなんかもやもやするんだよ。
続いて、兎となったイナバさんも目を覚まし、こちらも無事に元に戻ったことを確認した。
イナバさんは兎の姿に戻ってしまったのを少し残念がっているようだけど、まあ、以前よりは強くなったと思うから少しは扱いやすくなったんじゃないかな。
もし望むなら、ホムンクルスを使って新しい体を用意するというのも手ではある。それに関しては、後でもう一度聞いておくことにしよう。
ようやく元に戻れたことに安堵しつつ、本来の目的であるアーミラさんのお父さんがいる町まで進もうと気持ちを改めた。
感想ありがとうございます。
今回で第九章は終了です。数話の幕間を挟んだ後、第十章に続きます。




