第二十二話:示された道
「報告ではたった一本の矢を放っただけなのに次の瞬間には大量の矢の雨が降り注いだ、とある。これに間違いはないか?」
「まあ……うん、そうなの」
シュテファンさんが言っているのは恐らく【アローレイン】の事だろう。
『スターダストファンタジー』においては割とありふれた全体攻撃スキルではあるが、この世界では再現するのは結構難しいらしい。
幾人もの人が同時に矢を放って矢を雨のように降らせる、ということはできるだろう。だが、たった一本の矢を分裂させて雨のように降らせるということは物理的に不可能だ。
普通ならそんな話信じないのだろうが、シュテファンさんはよほどゼフトさんの報告を信頼しているのか、それが本当にあったという前提で話を進めている。
一瞬、隠した方がいいのではないかとも思ったが、既に報告が行っている以上確認されたらすぐにばれてしまうし、アリスにとってのメインウェポンでもあるからあまり制限がかかるのはよろしくない。なので、素直に肯定することにした。
「私は【弓術】スキルの技には多少詳しいのだが、そのような技は聞いたことがない。一体どこでそのような技を習ったのだ?」
「ええと、弓の技術についてはお父さんに教わったの。その後は自力で色々試していったの」
もちろん、本当に父に弓を教わったわけではない。そういう設定だ。
キャラを作る際にそのキャラがどのような理由で冒険者になったのか、というのを決める項目があるのだけど、アリスの場合は「親に憧れて」となる。
この設定自体はそこまで珍しいわけでもなく、特に何も設定が思いつかない場合はこれにするということも多々ある。
「つまりほぼ独学ということか。弓はいつから触っているんだ?」
「多分、3歳くらいからだと思うの」
「3歳!? 随分と早熟だな」
親が家業を継がせるために子供の頃から技術を学ばせるのは珍しいことじゃない。まあ、それでも3歳は早いほうかもしれないけど、4、5歳になれば触れていてもおかしくはない気がする。
若干取り乱した様子のシュテファンさんだったが、すぐに平静を取り戻し色々と質問をしてくる。
俺の家族の事や住んでいた場所の景色、周辺に現れる魔物の種類など。
まだ俺がどこから来たのかを特定することは諦めていないらしい。全部『スターダストファンタジー』の設定だけど、この世界にもそんな場所があるなら行ってみたいものだ。
「なるほど。兎族な上に少々若すぎるが、一般的なありふれた冒険者の家族と思えなくもない。ただ、さっき言ったことが出来るとなると、親も結構有名な冒険者かもしれないな。後で調べてみるか」
まあ、探しても出てこないと思うけど、頑張って欲しい。
いや、元々存在しないはずのアリスが存在しているのだからその親も存在してもおかしくないのではないかと思わなくもないが、俺は顔は知らないけどアリスは顔を知っているはずだし名前も知っている。そうだとしたら、キャラシに表示されているはずだ。
まあ、仮に存在していたとしてもデータを持たないエキストラキャラだし、そこまで強いとも思えない。もしこの世界にいたとしても、恐らく長生きはできないだろう。
なんか、そう考えると少し寂しいな。
「さて、少し話がずれたが、さっき言った通り矢を複数に分裂させる技など聞いたことがない。もしよければ、私にも見せてもらえないだろうか?」
「あ、うん、それくらいならお安い御用なの」
俺自身、このスキルがどのような原理で矢を分裂させているのかはわからない。
そういうスキルとしか言いようがないし、説明を求められても困る。
だったら、実際に見てもらって自分で考察してもらった方が楽だろう。もしかしたらこの世界でもこのスキルを再現できる方法があるかもしれないし、もしそれがわかれば俺もそういうスキルなんだと後で説明することが出来るしな。
そういうわけで、シュテファンさんと老執事を伴って庭へと移動することになった。
庭はかなり広く、周囲を大きな木に囲まれた広場のようになっていた。そこには藁でできた的や木剣などが転がっており、ここが訓練場のような役割を担っているということがわかる。
軍備には力を入れていないとのことだったが、シュテファンさん自身は割と武闘派のようだ。
「あの的に向かって放ってくれ」
「わかったの」
数メートル先には藁の的が数個並んでいる。ついている傷からして恐らく剣の打ち込みの相手として利用されているようだ。何度も打ち込まれているせいか一部は割と細く抉れており、矢で狙うにはちょっと難しい。
まあでも、【アローレイン】ならばそんな心配もないだろう。あれは点攻撃ではなく、面攻撃なのだから。
私は促されるままに矢筒から一本の矢を取り出すと、弓につがえる。ゆっくりと引き絞り、狙いを天に向け、心の中でスキルの発動を促しながらそっと放った。
【アローレイン】
ひゅっ、と空に向かって撃ちだされた矢は一瞬見えなくなったかと思うと次の瞬間には数十本もの雨となって的に降り注いだ。
的が小さいだけあって全弾命中とはいかないまでも、一体の的に対して七、八本ほどが刺さっており、もしこれが人相手ならば簡単に命を刈り取ることが出来るだろう。
「素晴らしい……」
一部始終を目撃していたシュテファンさんはしばし目を見開いて立ち尽くしていたが、やがて我に返ったかと思うと俺に向かって興奮気味に迫ってきた。
「い、今のはお前にしかできないのか!?」
「え、あ……た、多分?」
「凄い、凄いぞ!」
いきなりイケメンのドアップを映されて一瞬心がときめいてしまったのがもの凄く気持ち悪いが、シュテファンさんはなおも興奮した様子で俺にキラキラした目線を送ってくる。
落ち着いていたイケメンへの羨望が復活しかけた。そっと目をそらし、直視しないように注意する。
ああ、若干頬が熱い。これ絶対頬が赤く染まってるだろ。ほんと勘弁してほしい。
「……こほん、すまない、少し取り乱した」
「き、気にしてないの……」
「お前のことを疑っていたわけではないが、せいぜい数本だと思っていた。シャドウウルフの群れをたった一人で全滅させたというのはなにかの間違いではなかったようだな」
話に聞くだけなのと実際に見てみるのだと全然違う。この世界のスキルの概念を考えれば、たとえ数本だったとしてもかなりの強みになったことだろう。
俺にとっては雑魚であるシャドウウルフも、訓練された兵士が苦戦するような相手なのだし、それを単騎で倒すことが出来たというのは結構な魅力なのかもしれない。
「アリス、だったな。アリスはこれからどこかに行く当てはあるのか?」
「……ないの」
砦にいた時はとりあえず町に行こうという考え方だったが、町に着いた今、どこに行こうという明確な目的地はない。
そもそも、俺が知っている地理と言えば、ここがクリング王国の辺境にある町だということくらいで、他にどんな国があるのだとか、どんな場所があるのだとかということは全く知らない。
友達を探し出す、という目標はあるけれど、今のところ手がかりも何一つないし、これからどこに向かうのかは全くの未知だ。
この町を拠点に情報を集めるべきか、それとももっと人が多い場所に行ってみるべきか、はたしてどっちがいいのだろうか?
「ならば、私の部下達にその技術を教えてもらえないだろうか」
悩む俺の前に一つの道が示された。
感想ありがとうございます。
 




