第二十一話:初めてのときめき
突然だが、俺は今まで恋愛というものをしたことがない。
彼女を作って自慢するのは一種のステータスになるかもしれないし、一緒にいて楽しいし、もしかしたら将来結婚するかもしれない相手を今から確保しておくことはとても建設的なことだと思う。
でも、一緒にいて楽しいだけならば友達と一緒に遊んでいる時でも同じだし、そんな遠く先の未来の事なんて今から考えても仕方がないと思う。
彼女と一緒にデートを繰り返すよりも、一緒にTRPGをして過ごした方が楽しいだろうと思ったこともあり、今までそんなことには見向きもしてこなかった。
だけど、今ならわかる。シュテファンさんの顔を見た時、声を聴いた時、どうしようもない気持ちが胸の底から込み上げてきた。
この人になら身をゆだねてもいいのではないか、そんな考えが浮かんだ時、かぶりを振ってその思考を振り払う。
私には心に決めた人がいるの……!
そう、いくら顔が良くても声が良くても、彼を選ぶことはできないのだ。
「……ってそんなわけないの!」
そこまで考えて、ようやく自分の思考がおかしいということに気付く。
いやおかしいだろ! 俺は男だぞ! なんで男の俺が男に興奮せにゃならんのだ!
俺は決して男性愛好者というわけではない。普通に女性が好きなありふれた男だ。心に決めた人なんてもちろんいない。
なぜこんな思考に陥ったのか。原因はわかっている。アリスの設定の一つだ。
アリスは結構面食いなのだ。声もよければなおよし。なので、いい男を見るとすぐに頬を緩めてしまう。
しかし、そんなアリスにも節度はあり、今は心に決めた人、すなわち同じパーティである夏樹達のキャラが最推しであり、それ以外の男に手を出すことはない。という設定。
今思えばなんて設定を付けたんだと思うけど、考え付いた当初はプレイヤーキャラと自然に合流できるいい手だと思ったのだ。
それでも惚れっぽいはいらないと思うが……おかげで男に欲情するという怖気が走る考え方をしてしまった。
え、これイケメン見る度に発動するの? それはちょっと、絶望的なんだが……。
「な、なにがそんなわけないんだ?」
いきなり大声を上げたからか、シュテファンさんも老執事も目を丸くしてきょとんとしている。
「あ、いや、その、な、なんでもないの……」
だらしなく緩んだ頬を何とか引き締め、曖昧に言い繕う。
正直かなり厳しいが、そうとしか言いようがない。まさかあなたに欲情してたんですなんて言えるはずもないし、スルーしてくれないと困る。
「そ、そうか……。まあいい。君には色々と聞きたいことがある」
俺の祈りが通じたのかは知らないが、シュテファンさんは特に言及することなく話を進めてくれた。
顔が良くてそのうえ気配りもできるなんてなんて素敵な……じゃない! いい加減にしろ!
「な、何を聞きたいの?」
「そうだな。その前にまずは礼を言っておこう。砦での件、兵士達を助けてくれて助かった。ありがとう」
そう言って頭を下げるシュテファンさん。
そんなストレートにお礼を言われちゃうと照れちゃうんだけど、そもそも領主ともあろう人がそんな簡単に頭を下げるとは思わなかった。
かなりまともな人なのかもしれない。ファンタジー世界の貴族ってあんまりいいイメージないけど。
「さて、ここから本題だ。ひとまず、まずは身元についてだろうか」
必死にモヤモヤを押し殺しながら平静を保つ。
この人には手を出さない。この人には手を出さない……。
自分でも何言ってんだと言いたくなるがこうでもしないと落ち着けないのがホントに恨めしい。
誰だよこんなくそみたいな設定考えた奴。ぶん殴ってやるわ。……俺でした。申し訳ありません。
「こちらでもワールザー王国という国について調べてみたが、そんな国は見当たらなかった」
「そ、そうなの……」
そりゃ見つからないだろう。この世界は『スターダストファンタジー』の世界とは微妙に違うようだし、そこで設定した地名が出てこようはずもない。まあ、もしかしたら同名の国はあるかもしれないが、それは全く別の国だろう。
「獣人が住む国としてはアマラス王国やウマラ王国、遠いところだとエール王国やサマトランドなどがあるが、それらの地域にもワールザーなんて地名はないはずだ。未開拓地域からやってきたという報告もあるし、お前は一体どこから来たんだ?」
「そう言われても……」
どこから来たのと言われても、草原から来たとしか言いようがない。
さらに遡るなら恐らく異世界から来たということになるんだろうが、そんな話をしたところで信じてもらえるはずもないし、だったら架空の地名を言ってそこから来たという方がまだ信じられるだろう。
この世界において異世界がどういう位置づけなのかもわからないし、隠しておいた方がいい気がする。
「ふむ、ならまず、どうやってあの未開拓地域に侵入した? あそこはどこから侵入するにしてもかなり苦労する場所だと思うのだが」
「気が付いたら草原のど真ん中にいたの」
「気が付いたら? 海を渡ったり山を越えてきたわけではなく?」
「うん。いつの間にか草原にいたの」
だいぶ苦しいが、本当にそうなのだから仕方がない。
だんだん目つきが鋭くなっていってる気がするのは気のせいだろうか。少し不機嫌になっていっているようで少し心配になってくる。
「……そうか。なら、草原にいる前はどうしていた? どこかダンジョンにでも潜っていたとか?」
「それは、えっと……」
これこそ答えられない。草原にいる前と言ったら友達と家でゲームをしていたという話だ。
明らかに異世界だし、これを正直に言うわけにはいかないだろう。
さて、どう答えるべきか。わからない、と答えてもいいが、それだとまた機嫌が悪くなりそうだし……。
「……家にいたの」
結局、当たり障りのない答えをしておいた。
家にいたというだけなら嘘ではないし、これなら特段怪しまれるような内容でもないだろう。
しかし、シュテファンさんはさらに額に皺を寄せて唸っている。
いつしか最初の頃に感じていたときめきもだいぶ収まってきた。イケメンは好きだけど、やはり怖いのはだめらしい。
「家にいたのか。何か変わったことはなかったか?」
「別に、少し眠っていたらいつの間にか草原にいたの」
少し転寝をしてしまったら気が付けば草原にいたというのは嘘ではない。
ただ、あの状況で転寝するとは到底思えないんだよな。
プレイヤーならまだしも、ゲームマスターは進行役だし、プレイヤーが相談をしている時以外は基本的にずっと喋っている。何より、プレイ中は割と興奮状態だから眠くなるとは思えない。
まあ、寝不足だったとか、あまりにもプレイヤーの考え時間が長いだとかで眠くなることはあったけど、あの時はそこまでではなかったはずだし……。
やはりよくわからない。
「転移魔法の類か? ワールザーというのは未開拓の場所にある誰にも認知されていない国ということか? となると……」
ついに質問も手を止めてぶつぶつと考え事を始めてしまった。
まあ、当事者である俺がわかっていないのだからわかるはずもない。ただ結果として、あの草原にいきなり現れてさまよっていたと解釈する他ないのだ。
シュテファンさんも同じ結論に至ったのか、はぁ、とため息をついて次の質問に移った。
「仕方ない。それはひとまず置いておく。次に聞きたいのはお前のスキルについてだ」
シュテファンさんの目つきがさらに鋭くなったような気がする。
どちらかというとこっちの方が本命のようだ。俺の出自に関しては把握できるならしておきたいというところなのだろうが、それよりももっと知りたい情報がこれらしい。
うん、まあ、俺のスキルはこの世界のスキルとは若干違うようだから聞かれるとは思っていた。
さて、どう答えていったものだろうか。
感想ありがとうございます。




