第二話:気が付いたらお助けキャラになっていた
沈んでいた意識が浮上していく。眠っていたのだろうか、妙に頭がぼんやりしていた。
確か俺は、友達と一緒にTRPGをプレイしていたはずだ。それが寝ているってことは、どうやら寝落ちしてしまったらしい。
TRPGのプレイ中に寝落ちするのはよくあることだ。例えば、分かれて行動している時に出番まで待機している時とか、戦闘の処理が長引きすぎて暇な時間が出来てしまったりとか、そう言った場合によくある。ただ、それはあくまでプレイヤー側だ。ゲームの進行役であるゲームマスターが寝落ちしてしまったらゲームが進まなくなってしまうため、寝落ちは厳禁だというのに。
部活で疲れが溜まっていたのかなと思いつつゆっくりと瞼を開く。
他のみんなも寝落ちしているのだろうか。起きていたら、TRPGが出来なくなったらできなくなったで普通のゲーム機もあるから退屈することはないだろうが。
何度か瞬きをしてピントを合わせると、周囲の様子が見えてくる。しかし、そこには見慣れた自分の部屋ではなく、どこまでも続く草原が広がっていた。
「えっ……」
思わず目を擦ってもう一度開いてみるが、見える景色は変わらず。青々と茂った草原が広がっている。
ちょっと待って欲しい。俺はいつ外に出たんだ?
いつも集まる時は外に出ることがないようにあらかじめお菓子やら飲み物やらは買ってから家に来ることになっている。だから、何か用事ができない限り俺が外に行くことはないはずだった。
そもそも周りが明るいのもおかしい。いくら寝落ちしたとはいえ、朝日が昇るまで寝ていたとは考えにくい。感覚としては午前四時くらいだろうか。
今の季節ならまだ薄暗い時間であり、こんなに明るいのはおかしい。
ふと空を見上げてみれば真上に太陽が見える。あの位置から見るにお昼時だろうか。絶対にそんなに寝ることはないと断言できるだけに理解が追い付かない。
「ここは……ん? あれ?」
思わず呟いたところである違和感に気付く。それはつい今しがた零れた自分の声だ。
俺はよく声が低いと言われる。男なんだから当たり前だろと言いたいが、男にしても低いらしく、以前はたまにネタにされていた。
そんな低音ボイスだったはずの俺の声がなぜだか澄んだ鈴の音のような可愛らしい声になっているのだ。
「んんっ、あー……あー……あれぇ?」
一度咳払いをしてから再び声を出してみるが結果は変わらず。もはや少女のような声である。
これは一体どうしたことか。思わず喉に手を当てると、その感覚にこれまた違和感を覚えた。
いつもなら喉を触ればわかるはずの喉仏が見当たらない。そして、今更ながらいつもよりも目線が低いことに気が付いた。
何かがおかしい。俺はそっと目線を落としてみる。するとどうしたことだろう。足元が見えないではないか。胸から張り出した双丘によって。
男でも胸が大きい人はいるらしい。しかしそれは稀有な存在であり、断じて俺はそんな人間ではなかったと言える。
しかし、実際には胸がある。恐る恐る手を伸ばしてみれば、押せば柔らかく沈み込み、何とも言えない感覚が体中を駆け巡った。
もしかして、女になってる?
もう訳がわからなかった。慌てて他の場所も確認して見れば見るほど困惑する内容が増えていく。
とっさに確認した股座には当然のように息子の存在はない。それはまだいい。いやよくないけどまだ予想できていただけにダメージも少な……いや少なくねぇわ。何でなくなってんだよ!
息子の喪失だけでも手一杯だというのに極めつけは頭の上に生えている獣のような耳。触った感触からして兎だろうか、そんなものが飛び出していたのだ。
これで衣装がバニースーツだったら完璧だったな。ははは……って笑えねぇよ!
気が付いたらうさ耳付けた女になってましたって? そんな与太話誰が信じるのか。鼻で笑い飛ばしてやりたいところだが、触った感触はそれが本物だと告げている。
恐る恐るお尻を確認してみたら当然のようにポンと丸い尻尾が生えていた。笑えない。
「何これぇぇぇ!?」
もう堪えきれなくなって叫びをあげる。
頭が混乱して思考が定まらない。俺が何かしただろうか? 俺はただ、友達と一緒にゲームを楽しんでいただけだというのに。
頭を抱えたくなるのを何とか堪えながら必死に情報を整理する。
まず、俺は友達と一緒にTRPGに興じていたはずだ。シナリオ中盤、情報収集パートに入ったところまでは覚えている。
そこから記憶が飛び、気が付いたら草原のど真ん中に立っていて、身体がなぜかうさ耳の女になっていた。
うん、さっぱり経緯がわからん。
体が変わっているのもそうだが、そもそもここがどこだかもわからない。ただ、そんな中でも一つだけわかることがあった。
「これ、アリスなの……なの?」
俺の今の服装は革の防具に紺色のマント、蝶の形をした髪飾り、左手の人差し指にはまった金色の指輪、武骨なブーツ。そして、背中に背負っているやたら大きい弓。
それらの特徴には見覚えがあった。そう、それは先程までプレイしていたTRPGの中に登場していたキャラ。春斗に頼んで描いてもらった俺の分身であるキャラ、アリスの姿だ。
「おかしいの……言葉が変な風になってるの!」
どうやら似ているのは姿だけではないらしい。
というのも、お助けキャラを参戦させるにあたり、何の特徴もないのはつまらないだろうと語尾に「なの」を付けるとか子供っぽい喋り方をするとか色々設定を盛った気がする。
もちろんただのキャラ付けであり悪乗りの結果なのだが、まさかこんな形で自分の設定を再確認させられるとは思わなかった。
というか、ロールプレイでやる分にはまだ我慢できるけど、そのキャラになってそういう喋り方をしていると思うとすっごい恥ずかしい。
なんだよ語尾がなのって! ふざけてんのか!
そうだよ、ふざけてたんだよ! 畜生め!
はぁはぁ……まあ、俺がアリスになっているということはつまりだ。ここは『スターダストファンタジー』の世界、とでもいうべきなのだろうか?
「でも、見たことない場所なの……」
ゲームマスターをやる都合上、世界観の設定は把握しているが、このような場所は思いつかない。まあ、ただの草原だからそういう場所があっても不思議ではないけど、ここまで周囲に何もないと場所の見当もつけられない。
どこかに町か何かあればまだわかるのだが……その辺を歩いていれば見つかるだろうか?
とにかく、色々確認しなくてはならないことが多すぎる。この世界は何なのかとか、友人はどうなったのかとか、元の場所に戻れるのかとか。何をするにしても、とにかく動かなければ始まらない。
「まずは町を見つける、それを目標に頑張っていくのー!」
いちいち喋る度に俺とは似ても似つかない声と口調が癇に障る。
これ、直らないのかな。俺としては普通に喋ってるつもりなのに口が勝手に動いて喋らされている感じ。
もしこれが俺が練った設定の通りだとするなら色々問題があるのだが……。
慣れない口調に慣れない姿。何もかもが自分とは異なるこの状況に辟易しつつも足は止めない。
ふと空を見上げれば、燦然と輝く太陽がこちらを見下ろしていた。じりじりと照り付ける熱気が俺の姿をあざ笑っているようでいら立ちが募っていく。
この口調もいずれどうにかしたいところだ。
そんなことを考えながら、町を目指して足を進めるのだった。
感想ありがとうございます。