第百八十四話:歩幅の問題
翌日。俺達はルミナスの森に向けて出発した。
方角的に、しばらくは街道に沿って移動することになるが、馬鹿正直に馬車で行くつもりはない。
確かにヘスティア王国からルミナスの森までは一か月ほどではあるが、それはクリング王国との国境の町からの話である。つまり、王都からそこに行くまでの時間は含まれていないわけだ。
ナボリスさんには一か月ほどで戻ると言ってしまったけど、もしかしたらもっとかかるかもしれない。
でもまあ、森を通らないのならそれなりに速く走れるので、そこまで時間はかからないけどね。
あれからシリウスもカインもレベルを上げて敏捷を上げているし、俺の速度にもそれなりに追いつけるようになってきた。
もちろん、まだ抜かれるには早いけど、一緒に走る分には問題はないだろう。
後は【シャドウクローク】で隠密状態になり、見つからないように移動すれば問題はない。
「そこまで問題にはならないけど、やっぱり歩幅の差って大事なの」
「ああ、歩幅な。めっちゃわかる」
「あ、もしかして速すぎましたかね?」
「速いというか、みんなの歩幅が合わないからタイミングがずれるの」
俺は見た目10歳くらいの少女の姿だし、シリウスに至っては小人族と呼ばれるホビットだ。
当然ながらその歩幅は普通の人間であるカインと比べると小さく、同じ一歩でも進める量が全然違う。
別に、歩幅が違うくらいならそれぞれのペースで歩けばいいだけなのだから問題にはならないけど、【シャドウクローク】をみんなにも適用するには触れている必要があるので、必然的に手を繋いで走ることになる。
そうなってくると、みんなの歩幅の違いがちょっと問題になってくるわけだ。
速さ的には俺が一番速くて、カインが一番遅い。でも、歩幅的にはカインが一番大きい。
その差がタイミングのずれを引き起こして、少し脳が混乱するのだ。
もう少し遅く走ればいいのかもしれないけど、ただでさえ無茶を言って出てきているので、できれば早く帰りたい。そう考えると、できる限り速度は出したい。
三人で走るのがこれだけ難しいとは、意外な問題点である。
「もっと小さく歩けばいいでしょうか」
「それだとカインが先にばてちゃうの」
「もうカインを抱えて走ればいいんじゃねぇか? 前もやってただろ」
「いやぁ、あれは嬉しくはありますが、騎士として女性に担がれるというのはちょっと……」
「まだ騎士なんて言うプライドを持ってたのが驚きなの」
確かにカインは【ナイト】のクラスであり、意味的には騎士である。
それに、軍に所属して騎士のような役割を持っていたことからも、騎士と言っても間違いではないだろう。
ただ、本当の騎士ならあんなにあっさり裏切らないだろうし、こんな砕けた喋り方もしないだろう。
俺が相手というのはもちろんあるだろうが、客観的に見てみるとカインはその辺にいる気のいい兄ちゃんにしか見えない。
それとも、知らない人相手だったらきちんと騎士らしくなるのだろうか? 全然想像できないけど。
「抱えるのでしたらシリウスの方がいいのでは? シリウスの方が軽いでしょうし」
「はぁ? やだよ、恥ずかしい」
「私は別にどっちでもいいの」
シリウスを抱えて走る場合、カインとの歩幅の問題を解決できないが、速度的には俺の方が速いのだし、カインの歩幅に合わせることくらいできそうである。
三人じゃ難しくても、二人ならね。見た目的にシリウスの方が見つかった時のリスクが少ないというのもある。
まあ、変なことしない限りは見つからないとは思うけども。
「でしたら、私がアリスさんを抱えるというのはどうでしょう」
「え」
「それ意味あるか? 遅くなるだけだと思うが」
「アリスさんに抱えられたくないならそうするしかないでしょう?」
「いや、そりゃそうだが」
なんか話が妙な方向へ転がって行っている気がする。
俺がカインに抱えられる場合、シリウスがカインの歩幅に合わせる必要があるけど、どうなんだそれは。
カインがシリウスを抱えるならともかく、俺を抱えてしまったらシリウスの言うように遅くなるだけな気がする。
移動を早くしたいからこうして抱えて走ろうとしているのにそれでは意味がない。一番速い俺は走る必要があるだろう。
「もう、みんなで走ればいいの。少しだけ速度を落として、疲れたら休む。それを繰り返すの」
「まあ、それが一番楽ではあるか」
「残念です」
カインはなぜ残念がっているのやら。
そんなに俺を抱えたかったのか? 確かに、カインはアリスのことを尊敬しているけど、まさかそう言う目で見ているわけではないよな?
そう考えるとちょっと怖いが、カインに限ってそれはないと信じよう。うん。
それから少し進んでは休みを繰り返しながら走ること数日。ようやく国境の町へと辿り着くことができた。
なんだか懐かしい場所である。ここに来た当初は、ここでシリウスの情報を集めてたんだよね。
数日間走りっぱなしということもあって少し疲れているが、走れないというわけではない。
ただ、ここからはしばらく野宿は確定しているので、今日はこの町に泊ってしっかり休み、明日から進むとしよう。
そう思って、少し早いが宿を取り、休むことにした。
「なんか、意外とアリスってばれないよな」
「確かに。シリウスは結構注目されていましたけど」
「シリウスはヘスティアの英雄だもの。当然なの」
「英雄っていうのは大げさだと思うけどな」
ここに来るまで、いくつかの町に滞在してきたが、俺が王様だとばれることはなかった。
いやまあ、そこは大っぴらに王様が出歩くわけにもいかないので、顔を隠すためにフードを被っていたというのはあるが、大抵は隣にいたシリウスに注目が集まってくれたおかげで全然怪しまれることはなかった。
もしかしたら、シリウスはこれを見越してフードなどを被っていなかったのだろうか? もしそうだとしたら、ありがたい話である。
みんなシリウスを見ると心配するように足のことを聞いてきていた。
どうやら、シリウスの足が斬り落とされたという話は割と広がっているようである。
まあ、大抵の人は嘘だと思っているようで、嘘でよかったよと胸を撫でおろす人ばかりだったが、それについては嘘ではないんだよなぁ。
わざわざ本当のことだと機械化した足を見せるわけにもいかないので軽く流したが、それだけファウストさんが信用されてたってことだろうか。
ファウストさんならそんな指示は絶対にしないだろうという自信があるのかもしれない。
それは間違いではないけど……足を切り落とされたのも嘘だったらよかったのにね。
そして、当然ながらシリウスに治療を求めてくる人もたくさんいた。
今までありえないくらいの安さで治療を請け負ってくれた英雄なわけだから、それに縋りたいという人もまだいるのだろう。
シリウスとしてもそれらの人を放っては置けないのか、みんな治療して回っていたけど、中には金を払わないのが当然という輩もいてちょっと悲しかった。
確かにシリウスの善意はお金を要求しないけど、それを当たり前のように享受されたらこちらとしても気分が悪くなるものだ。
彼らには感謝の気持ちを忘れずにいてほしいものだね。
「なんか俺のせいで遅くなってすまんな」
「別にこれくらいはかまわないの。怪我人を放っておくほうが後味悪いの」
シリウスが色々と治療して回るおかげで少し歩みは遅くなったが、それくらいなら必要経費と割り切ることができる。
それに、ここからはそう言ったことも起きないだろうし、これくらいは誤差でしかない。
俺はシリウスのことを労いつつ、明日からの道のりに思いをはせた。
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