第百八十三話:出発準備
サクラ作の手紙は意外と効果があったようで、ナボリスさんも渋々ながら許可を出してくれた。
それほど結晶花は財政的に魅力的だったのかもしれない。戦争ばかりしていた国だから、財政は安定していなかったしね。
戦争はすでに終わっているけど、その爪痕はまだしっかりと残っているのかもしれない。
それはともかく、無事に外出許可も出たので、さっそく向かうことにする。今回も行くのは俺とシリウス、カインの三人だ。
サクラも連れて行きたいが、流石に一か月以上も借りるにはエルフとの信頼関係が足りていない。
サクラはかなり渋っていたが、最終的にはむくれながらも帰っていった。
後で何か美味しいものでも食べさせてあげよう。ストレス溜まっていそうだし。
「出かけるのはいいのだけど、その前に兵士達に言っておいてほしいことがあるんだけど」
出発の準備をしていると、廊下でアルマさんとすれ違った。
アルマさんは俺が留守の間兵士達の治療を任せていたんだけど、どうやら物申したいことがあったらしい。
最近は色々忙しかったから会う機会もなかったんだけど、何かあったんだろうか?
「どうしたの?」
「兵士達が無茶をしすぎて怪我をしまくってるの。アリスの方から注意してくれない?」
どうやら、前回の戦争で全然役に立てなかったことを気に病んでいるらしい。
俺としては、戦わずに済むならそれでいいと思っていたんだけど、兵士としてはやはり戦ってこそ自分の実力を示せると思っているようだった。
あの戦争によって俺のことを見直した兵士はたくさんいるようだが、それと同時にもっと精進せねばと無茶をするようになってきているらしい。
確かにやたら怪我が多いなとは思っていたけど、その時はようやくやる気を出してきてくれたのかなと思っていた。でもまさか、そんな事情があったとは……ファウストさんもそうだけど、なんだか面倒くさいね。
「わかったの。後で注意しておくの」
「お願いね。アリスの力がなかったら、毎日あの量の怪我人を対処できる人なんていないんだからね?」
「そんなに酷いの?」
「ええ。少なくとも、【無限の魔力】がなかったら私は倒れていたわ」
「それは申し訳ないの」
アルマさん強化計画でつけていた【無限の魔力】が役に立ったのは嬉しいけど、それがなければ耐えられないっていうのは問題だな。
アルマさんは治癒術師としてはまだ新米の方だし、元からいる宮廷治癒術師のお株を奪うようなこともあまりしてはいけないだろう。
もちろん、アルマさんの力なら既に彼らをぐんっと抜けるとは思うけど、少しは遠慮しないとアルマさんがやっかまれることになりそうだ。
何でもかんでもナボリスさんに任せっきりなのもあれだし、俺も自分で考えないと。
その後、兵士達に注意することを改めて約束し、俺は旅の準備を整えていった。
ホムンクルスの材料は忘れずに。これを忘れたら意味がないからね。
まあ、ポータルを使えば忘れても取りに帰ってこられる気がするけどね。これ、使い方によっては倉庫とかにつなげておいて疑似的なアイテム枠の拡張ができそうな気がする。
やっぱり瞬間移動って便利だわ。
「ところで、ホムンクルスって元から自我があったような気がするんですけど、そのあたりはどうする気なんですか?」
「多分、素材を調整すれば何とかなる気がするの」
『スターダストファンタジー』のホムンクルスは、作った段階で簡単な意識を持っている。
だから、命令をすればその通りに動くし、時間をかければ普通の人間のようにふるまわせることもできる。
ルナサさんの体として提供する場合、自我があっては困る。
ホムンクルスに普通の人間のような魂はないとはいえ、一つの体に二つの意識があったら混乱するだろう。
最悪、ホムンクルスの意識がルナサさんの意識を奪ってしまう可能性もある。
それに、ルナサさんが無事に主導権を取ったとしても、生まれたばかりで意識がなくなるホムンクルスも可哀そうだ。
だから、初めから自我がないホムンクルスを作る必要がある。
そういう細かい設定はルールブックには書かれていなかったけど、多分素材次第なんじゃないかと思っている。
要は人工の魂ができなければいいわけだからね。それを構成すると思われる素材を抜けばいいんじゃないかな。
まあ、やったことはないけど、何とかなるでしょう。
幸い、素材はサクラのおかげでたくさん手に入れることができているから、失敗したらまた作り直せばいいと思う。
「うまく行くといいですね」
「うん」
「失敗したら希薄な自我を持ったホムンクルスが量産されるって怖くね?」
「怖いこと言わないでほしいの」
確かに、生み出したからには失敗だからと殺すわけにはいかないし、機械的に命令を聞くホムンクルスが量産されるわけか。
いやまあ、言うことを聞くだけましだと思うけど、そうなったらどうしようか。
メイドとして雇ったり? お風呂に入る時に毎回誰かつけてほしいと言われているし、そう言う意味では必要かもしれない。
いや、失敗しないのが一番ではあるけどね。
「ルミナスさん、元気にしてるのかな」
あれからどれくらい経っただろうか。少なくとも、一年以上は経過しているはずである。
何か不測の事態が起きていなければいいのだけど。
「魔女って話だけど、どんな奴なんだ?」
「そのまんま魔女って感じなの。見た目は人間っぽいけど」
魔女の一族は魔法に対する高い適性と、ある程度成長すると成長しなくなるという特性を持っている。
それだけ聞くとエルフも似たようなものに聞こえるが、魔女の場合はエルフの特徴であるとがった耳がなく、普通に人間の見た目をしているらしい。
エルフは神秘的な種族として敬われているのに、魔女は悪魔の遣いとして迫害されているなんてなんだか妙な話だけど、一体この違いは何なのだろうか。
「なんか妙なスキルでも持ってるとか?」
「スキル……【不老不死】とかなの?」
そんなスキルがあるかは知らないが、そう言うスキルがあるからこそ見た目が変化しないと考えれば、それで魔女と呼ばれてもおかしくはない。
問題はそんなスキルをどこで入手したかだよな。
ルミナスさんの話では、魔女の集落のようなものがあるようだし、一人や二人ってわけではないだろう。
遺伝するものなのかな。基本的にスキルは修行とか一定の行動をすることで手に入るようだけど、先天的なものもあるのかな?
いや、普通にあるか。そうでなければ、天才なんていないだろうし。
【不老不死】のスキルを持つ一族が魔女と考えるのが妥当かもしれない。
「ありそうだな。同じ人間なのに、迫害されるのは悲しいな」
「未知のものを怖がるのが人間ですから、ある意味では仕方ないことかもしれませんけどね」
良くも悪くも、みんな同じでなければ落ち着かないのが人間というものだ。少しでも人と違うものがあったら、それを異物として排除しようとしてしまう。
それがたまたま魔女の一族だったという話だ。
これに関しては俺達にどうこうできる問題ではない。そう言った行動原理は、生まれた時から刻み付けられた人間の本能のようなものだからな。
せめて、俺の手の届く範囲くらいは守れたらいいのだけど。
そんなことを考えながら、【収納】に道具を詰め込んでいった。
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