第百八十二話:次なる目的地
第六章開始です。
エルフの里の問題を片付け、俺達はヘスティア王国へと戻ってきた。
できることなら、サクラを連れて帰りたかったけれど、サクラは予想以上にエルフに慕われており、今連れ出すのは困難だと判断したので、そのまま置いてくることになった。
帰り際のサクラの悲しそうな顔を思い出す。
約二年近く会っていなかった友達とようやく会えたのに、また離れ離れになるのだから不安なのはわかるが、これはどうしようもない。
せめて、エルフに俺達が認められるか、エルフがサクラがいなくてもどうにかできるという意識を持つかしないと無理である。
しかし、別れたとは言っても、これで終わりというわけではない。ようやく会えたのだから、また頻繁に会いに行くつもりである。
そのために、クラスチェンジまでして瞬間移動できるスキルを取得したわけだからな。
これがあれば、毎日でも会いに行けるし、サクラの方からも会いに来ることもできる。
まあ、あんまり毎日やってるとエルフからクレームが来そうだからほどほどにしておかないといけないかもしれないけど。
「あれからナボリスさんに頼まれて色々やってきたけど、ようやく片付いてきたの」
そうして気軽に会える環境づくりに成功し、空けていた間に溜まっていた客への対応もそれなりに片付け、俺はようやく忙しい日々を脱却した。
まあ、それでも闘技場の修復とか色々やらなきゃいけないことはあるけど、それに関しては自分のペースでできるのでまだ楽だ。
「さて、落ち着いてきたことだし、そろそろ行きたいところなの」
まあ、しばらく空けていたわけだし、その間に仕事が溜まっていくのはしょうがない。
俺としてもサクラに会いに行くための必要経費だと思っているし、ナボリスさんが色々と仕事を押し付けてきたのも別に問題はない。
ただ、俺には行きたいところが一つある。それは、以前人形に魂を降ろし、疑似的な復活を果たしたルナサさんのところである。
「せっかく聖水もピュアクリスタルもあるんだから、そろそろホムンクルス作ってあげないと申し訳ないの」
ルナサさんは魔女であり、以前魔女の集落に現れた化け物を封印するために、化け物と共に小さな箱の中に閉じ込められていた。
その化け物は俺が倒したから問題はなかったんだけど、一緒に閉じ込められていたルナサさんの肉体はもはやなく、魂だけの状態だった。
そこで、親であるルミナスさんが持っていた思い出の人形に魂を降ろし、動ける肉体にしたわけだ。
ただ、当然ながら人形の体なので、普通の人間とは違う。中身は綿だろうから歩きにくいだろうし、力だって全然ないだろう。
あの時は他に器がなかったからあれに移すしかなかったけど、こうして新しい体を作る算段ができたのだから、早く渡してあげたいのだ。
「だったら行けばいいじゃねぇか。最近は忙しくもなくなってきたんだろ?」
「忙しくはないの。ただ、その森に行くまでが遠すぎるの」
部屋でくつろいでいたシリウスが軽口をたたくが、そう簡単には事は運ばない。
ここからルミナスさん達がいるルミナスの森に行くには、俺の足でも約一か月はかかる。
そもそも、国が違うし、国境にまたがる森は結構広大で、障害物だらけだから全力疾走するわけにもいかない。
仮に全力疾走できるならもう少し早く着けるかもしれないけど、森を迂回するにしてもそれはそれで時間がかかるので、どっちにしろあまり変わらないと思う。
前回、エルフの里まで行くのに片道二週間ほどかかったが、今回はその倍。とてもじゃないが、ナボリスさんが許してくれるとは思えない。
「一か月は流石に遠いですね」
「でも、帰りはポータルを設置すれば一瞬だろ? それなら、エルフの里に行った時と同じくらいだし、問題ないんじゃないか?」
「うーん、それはそうだけど……」
確かに、サクラとの円滑な再会のために取得した【ワープポータル】というスキルは、ポータルを設置さえすれば、別のポータルへと瞬時に移動することができる。
城にはすでにポータルを設置しているので、行った先でポータルを設置してやれば、帰りは一瞬で済むだろう。
ただ、問題なのは、エルフの里に行く時でも割と反対されていたということだ。
「エルフの里の時はまだ理由をでっちあげられたけど、今回はそれらしい理由がないの」
「そりゃお前、またお茶会ってことにして……」
「相手がエルフみたいな珍しい相手ならともかく、普通の相手だったらむしろ向こうから来いって言いそうな気がするの」
エルフは森の奥深くに住んでいるから交流が全然ないし、向こうから誘われるなんてそれこそ宝くじで一等当てるくらいの確率だろう。
そんな珍しい状況だったからこそ許してもらえたわけで、相手が人間、それも魔女ともなれば許してもらえるはずもない。
どうやら魔女は悪魔の遣いとして忌み嫌われているようだしね。
「別に馬鹿正直に魔女のところに行くなんて言わなきゃいいんじゃねぇか? 相手はエルフってことにして、手紙もエルフ語ででっち上げれば何とかなりそうだが」
「シリウスって結構あくどいこと考えるの」
「あくどいか? これくらいは普通だと思うが」
まあ、嘘も方便とは言うけど、この場合はそう言うことでもない気がする。
でも、相手がまたエルフってことにすれば確かに何とかなるのか?
エルフとのお茶会という名目で行った前回の旅では、お土産としていくつかの結晶花を持ち帰ってきた。
結晶花は自然に生成されることはあまりなく、魔力触媒として優秀な上に見た目もかなり美しいので、かなりの高値で取引されている。
エルフとお茶会するだけでそれが手に入るというなら、ナボリスさんも国益のために送り出してくれてもおかしくはない。
まあ、売り先は考えないとちょっと面倒なことになりそうだけどね。
国から売るわけだから、その商人は国の後ろ盾を得たということにもなるわけだし、いい加減な決め方をすると後で痛い目を見る気がする。
いや、その辺はナボリスさんが考えてくれるだろうから問題はないか。俺はただ、珍しいものを持ち帰ってくるだけでいいだろう。
「エルフ語で手紙を書くの? それなら私が書くよ?」
すっかり俺の部屋に入り浸るのが趣味になったサクラはお茶菓子を食べながら言う。
エルフにとって、外の世界のお菓子というのはかなり質の高い甘味なので、サクラもかなり気に入っているようだ。
まあ、元が元だから当たり前かもしれないけど。エルフの里での甘味と言ったら、せいぜい野生の果物とか蜂蜜くらいか?
それでも甘いだろうが、ちゃんと加工した方がやはり美味しいだろう。
あんまり食べ過ぎて太らないかが心配だが。
「サクラってエルフ語書けるの?」
「書けるよ。なぜか」
いや、サクラはエルフで、母国語がエルフ語だから書けるのは当然かもしれないけど、俺達からしたら全く知らない言語を書いているわけで、ちょっと不思議な感覚なんだよね。
俺も獣人の言葉がわかるし書ける。シリウスやカインも同じだろう。
しかも、知力が上がっていけば別の言語も理解できるようになるというおまけつき。
そのうち全世界の言語を理解できるようになりそうだな。というか、俺は多分取ろうと思えばすでに全部覚えれる気がする。
あんまり一気に取ったら混乱しそうだからまだ取ってないけど、言語で困ったら取ってみるのもいいかもしれない。
とりあえず、本物のエルフであるサクラに書いてもらえば違和感は少ないだろう。
騙すようで悪い気もするが、そこはお土産を持って帰ってくるから許してほしい。
そんなことを思いながら、便箋を取り出した。
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