第百七十九話:エルフの在り方
「まず問いたい。貴様はなぜその若さで女王の座に就こうなどと愚かなことを考えたのだ?」
「別に女王になろうと思ってなったわけではないよ。ただ、みんなが私に女王になってほしいって言ったから、仕方なくなっただけ」
「なんと、貴様のみならず、里の者も大半が禁忌を是としているのか。これは由々しき問題だな……」
相手の里の王様、ナラさんはそう言って頭を抱えた。
確か、エルフの中では、年を経て力を持ったエルフが尊ばれて、そう言う人が上に立つのが普通って話だったよね。で、逆に若くて力のないエルフはそんな年長者を敬い、奉仕するのが普通だと。
でも、それってただ単に昔からの風習ってだけで、禁忌ってわけではなかったと思うんだけど。
流石に、俺だって禁忌と言われているものを破ったというなら少しはためらうけど、サクラはそんなことをやったんだろうか?
「貴様のような若く力のないエルフが上に立てば、里は存続が危うくなる。貴様はそんなこともわからないのか?」
「うん、わからない」
「考える気もなしか。なら説明してやろう」
そう言ってナラさんは朗々と語り始める。
まず、力のある者が王になるというのは何も難しい話ではない。単純に、弱い者が王になったところで反逆を招くし、いざという時に里の者を守れない。
それに、経験という点でも年月を経たというのは大事で、たとえ失敗があったとしても、それを立て直す力が養われている。
昔は、そこまで年長の者を尊ぶという風習がなく、王は王族の血筋を持つ者が就いていた。しかし、それでは里をまとめられない無能な王が生まれる可能性がある。
人間のようにたったの数十年で世代交代するならともかく、エルフは長命なので、たとえ小さな可能性でも遭遇する確率が高い。
エルフが長く存続するためにも、王となるのは経験豊富で力も強い年長者がなるべきで、若い者が出しゃばっていい場面ではない。
と、簡単に言うとそんな感じらしい。
まあ、言いたいことはわからないでもない。
ヘスティア王国だって、力こそがすべてで、王の座に就くのは強い者だけだった。けれど、当然ながらそれだけでは国は回らない。必ず、ナボリスさんのような頭脳が必要となる。
それでいて、国を外敵から守るために力が必要というのも事実。
力と知恵、その二つが両立できるなら、そう言う人が王になった方がいいというのはわからないでもない。
ただ一つ勘違いがあるとすれば、サクラは弱くもないし、知恵がないわけでもないということだ。
「わかったか? 貴様は上に立つべきではないのだ」
「そんなこと言われても、私が降りようとしても他のみんなが降ろしてくれないし」
「ならば今話したことを里の者に伝えるがよい。そうすれば……」
「あ、後、私多分あなたより強いよ? あなたが王様になれるなら、私が王様になってもいいと思うんだけど?」
ナラさんの言葉を遮るようにサクラが続けた。
なんかサクラ挑戦的だね? やっぱり、あれだけ高圧的に来られたらむかつきもするのだろうか。
実際、俺は結構ムカついている。今はサクラにヘイトが向いているからあんまりいじられないけど、俺にヘイトが向いたら絶対ぼろくそ言ってるだろうしね。というか言ってたし。
「……貴様、言っていいことと悪いことがあるぞ」
「そんなこと言われても、話を聞いている限り、ただ単に年を経たエルフが強いから王様になった方がいいってだけの話でしょう? 確かに強い人が王様になるのはいいと思うけど、だからと言って若い人が年取った人のために尽くすっていうのは違うと思う」
まあ、当たり前のことだけどそうだよね。
確かに、元の世界でもお年寄りは大切にしましょうっていうのはあるけど、だからと言ってお年寄りの言うことを何でも絶対に聞けっていうのは違うだろう。
その知識はためになるし、強いなら頼りにもなるけど、だからと言って若い人が尽くさなきゃいけない理由にはならないはずだ。
もちろん、その人がみんなのために色々手を尽くしているというなら別だけど、この人はそう言うことを言っているわけではなさそうだし、単純に強いから敬えと言っているようにしか見えない。
「何を言っている。強い者が上に立つのは必然、そして、それを支えるのはまだ力を持たない若い者の仕事だ。そんな当たり前のこともわからないのか?」
「わからないってば。そもそも前提が違うんだもん」
「言わせておけば……」
ただ年を経たってだけで胡坐をかいているようじゃ、その里も長くは続かないだろう。
いや、それを当たり前に思っている人がたくさんいるから続くのか?
実際、サクラの里はできたばかりだけど、他の里は結構長く存続しているようだし、若い人もそれが普通だと思ってしまっているのかもしれない。
いや、そもそも若い人が少ないのか?
見た限り、この場にいるのはみんなある程度年を経たエルフのように見える。
もちろん、俺が見た限りだから実際はわからないけど、もしそうだとしたら、若い人はそう言うのが嫌で外に飛び出していったんじゃないだろうか?
今いる外にいるエルフはいわゆる若い層で、里に残っているのは年寄りばかりって感じなのかもしれない。
「……おい、そこの奴隷、こ奴を取り押さえろ」
「え、ここで私なの?」
何を言うかと思ったら、まさかの俺にサクラの拘束を命令する始末。
というか奴隷ってどういうことだよ。俺はお前達の奴隷になった覚えはないぞ。
エルフに外の世界の常識は通用しないとはいえ、俺だって一応一国の王なんだけどな。
まあ、それはどうでもいいとして、こいつは馬鹿なんじゃないだろうか。
俺がサクラを縄かなんかで縛って連れてきたならともかく、普通に一緒に歩いてきたんだから、俺がサクラとそれなりに仲がいいことくらいわかりそうなものだけど。
完全にこちらの手駒だと思っている。なんともおめでたい頭だこと。
「断るの」
「なっ!? 貴様、裏切る気か!?」
「裏切るもなにも、私は初めからあなた達の味方になった覚えはないの」
「おのれぇ……やはり外の世界の馬鹿どもでは使いものにならんか。ならば、お前達、こ奴らを拘束しろ!」
そう言って入り口を固めていたエルフ達に指示を飛ばす。
結局こうなるのか。サクラの魅力が通じないっていうのはまあ、ある程度予想していたとはいえ、サクラの運なら何とかなると思ったんだけどな。
まあいい。こちらとしては実力を示せるいい機会だ。
俺はちらりとサクラの方を見る。サクラはこちらの視線に気が付くと、ぱちりとウインクをしてきた。
「それじゃあ、やっちゃうね。アリス、伏せててね」
そう言って杖を取り出すサクラ。
そう言えば、サクラの魔法を見るのは初めてかもしれない。
俺はしゃがんで安全を確保しながら、サクラの方を見る。
さて、どうなるか。
「【ブラストマジック】、【エアカッター】」
サクラが杖を振るうと、周囲に無数の風の刃が逆巻いた。
【ブラストマジック】は魔法を全体化する補助魔法だ。【キャスター】のスキルのほとんどは単体攻撃が基本だが、これを使うことによって複数体を巻き込むことができる。
そして、【エアカッター】は基本的な風属性のスキル。他にも火とか水とか色々あるけど、風は命中率が高いという特徴がある。
風は目に見えないから避けにくいってことなんだろうね。そして、魔法の命中判定は知力で行うので知力が高いサクラは必然的に命中率も高い。まあ、まず外さないだろう。
「ば、馬鹿な……」
しばらくして、風が収まると、そこには体に無数の切り傷を付けて倒れているエルフ達と、呆然とするナラさん、そして、誇らしげに鼻を鳴らすサクラの姿があった。
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