第十九話:町について
案の定、ぐっすりと眠ってしまい夕食を逃しかけたが、おばちゃんの厚意によって夕食抜きという事態にはならなかった。
元々食べない気でいたので、夕食を持ってこられた時は「えっ?」と言ってしまったのだが、何を勘違いしたのかおばちゃんは涙ぐみ、ここに泊まっている間は食事はタダでいいと言ってくれた。
本来は食事は別に料金がかかるらしい。それがどうしてタダでいいなんて発想に至ったのかは知らないが、ちゃんと払うと言っても聞いてくれないので仕方なく受け入れることにした。
確かに今持ってるお金はシャドウウルフを買い取ってもらったものだけだし、お金に困っていると言えば困っているけど、宿代から考えて食事代を払うくらいはできるはずだ。と言うか、金貨の価値を考えれば、困ってるとも言えないかもしれない。
去り際にでも部屋に置いていこうと考え、ひとまずは食事にありつくことにする。
「思ったより、美味しいの」
夕食のメニューはミルクの匂いがするシチューにパンのセットだった。
味は結構薄かったが、それでもミルクの風味が口に広がって優しい味がした。パンもシチューによく合い、若干の硬さは気にならなかった。
料理の腕前としては恐らくカステルさんの方が上だろうか。でも、宿屋の料理として考えれば十分なクオリティーだろう。
「ご馳走様、なの」
本来は食堂で食べるべきなのだが、おばちゃんが何を配慮したのか部屋で食べてもいいと言ってくれたので、部屋で食べている。
一人暮らしをするようになってからは一人で食べるか、友達と食べるかの二択だったが、別に一人がいいとかそういうわけではない。
ただまあ、一応今の俺は魅力値がめちゃくちゃ高い美少女なわけで、宿屋のおばちゃんからやたら同情されている。
見る人が見れば、ああ、何か訳アリなんだなと思うだろうし、力になりたいと声をかけてくる可能性は高いだろう。
この宿屋には他にも何人かの人が泊まっているようだし、あんまり会わない方がトラブルもなくていいと思ったから部屋で食べることにしたのだ。
そう考えると、なるべく顔は隠した方がいいのだろうか? 一応この服にはフードも付いているが、兎耳がある関係上あまり被りたくはないのだが。
なんというか、耳が押さえつけられるというのも嫌なんだけど、なんとなく焦燥感というか、そわそわと落ち着かなくなるのだ。
多分、兎獣人の本能なのではないだろうかと思う。兎獣人は耳が命だし、耳が使えなくなったら大事だろうから。
フードを被る以外で無理矢理顔を隠すなら仮面とかになるだろうけど、それはそれで怪しまれそうで嫌だな。
「流石にもうお店はやってない、の?」
ぐっすり寝てしまったおかげで外はもうすっかり暗くなってしまっている。
多分もうお店は開いていないだろうし、食料の調達をするとしたら明日以降になるだろう。
着いて早々寝てしまったのはちょっと失敗だったかもしれない。おかげであまり眠くない。
こういう時、ゲームでもあれば時間を潰せるのだが、そんなものがこの世界にあるわけもなし。選択肢としては無理矢理眠りにつくくらいしかなかった。
……いや、一応まだ一つあるか。
「とりあえず、お皿返しに行くの」
部屋の前に置いておいてくれれば後で回収すると言ってくれていた気がするけど、すでに特別待遇を受けているのにこれ以上手間をかけさせることもないだろうと思い、直接持って行くことにした。
すでに結構遅い時間のようで、食堂にはテーブルを拭いている一人の少女以外誰もいなかった。おばちゃんも俺が寝ているのはわかっただろうから起こすかどうか悩んでいたのかもしれない。
「ねぇ、ちょっといいの?」
「あ、はい、なんでしょう! って、あら、あなたは」
テーブルを拭いているし、エプロンもつけているから恐らく従業員だろうと思って声を掛けたら、思ったよりも元気な声が返ってきた。
ふわりとした長い髪をポニーテールでまとめており、背の割には大人びた印象を受ける。
おばちゃんの子供かなにかかな? ひとまず、ここに来た目的を果たすことにする。
「食器を持ってきたの。どこに置けばいいの?」
「あ、私が持って行くよ! 部屋の前に置いておいてくれればよかったのに、わざわざありがとうね」
慌ただしくお皿を受け取るとニコリと笑顔を見せてくれる。
なんだ、結構可愛い子じゃないか。
本当はおばちゃんに会いたかったのだが、別に俺の目的はおばちゃんでなくても達成できる。
ぱたぱたと厨房へとお皿を持って行く少女を見送り、戻ってくるのを待つことにした。
「あれ、どうしたの?」
とっくに部屋に戻ったと思われた俺がまだいることに驚いたのか、きょとんとした表情を浮かべている。
先程、ゲームもないから暇つぶしもできないと言ったが、暇つぶしの方法は何もゲームだけに限らない。
以前もゲームに飽きたら適当に駄弁って過ごしていた時間もあったのだ。誰か話し相手がいれば十分に時間を潰すことが出来る。それで町のことについて聞けば一石二鳥というものだ。
「ちょっと話がしたくて。付き合ってくれないかな?」
「お話したいの? うーん、ちょっと待ってね」
突然の申し出に少し困ったように顔を顰めた後、再び厨房の方へと駆けていく少女。しかし、それも一瞬で、またすぐに戻ってきた。
「お母さんから許可をもらったからいいよ。えっと、あなたは……」
「アリスなの」
「アリスちゃんね。私はミーア。よろしくね」
少女改めミーアちゃんは適当な椅子を引くと俺に座るように促してくる。
俺が座ると、ミーアちゃんは反対側の席に座り、完全に話す態勢に入った。
「話すのはいいけど、何が聞きたいの?」
「よかったら、この町について教えて欲しいの」
「町について? うん、いいよ。聞かせてあげる」
突然の申し出にも拘わらず嫌な顔一つせずに話してくれるミーアちゃん。
15歳くらいに見えるけど、よくできた子だ。俺が15歳の頃はどうだったっけ? 少なくとも、家事を進んで手伝うような子供ではなかった気がする。
俺がこの町に来たばかりだということをわかっているのか、ミーアちゃんは懇切丁寧に説明してくれた。
まず、ここはクリング王国の辺境にあるマリクスという町らしい。シュテファンという辺境伯様が治める町で、南方に大きな未開拓地域を持つ。
主に農耕と狩猟によって生計を立てていて、特産品は獣の皮を使った防具など。
一応周囲を国に囲まれているが、片や未開拓地域の先にある海の果て、片や険しい山の先とほぼ侵入するのが不可能なことからあまり軍備には力を入れていない。
ただ、領主がだらけているというわけではなく、むしろ内政には力を入れている。税の割合もそこまで高くなく、町の人々からの評判はそこそこいい。
「……こんな感じだけど、役に立った?」
「凄く役に立ったの。ありがとうなの」
せいぜいこの町にはこんな店があるだとか、こんな場所があるだとか、そういう内容かと思っていただけに意外としっかりした内容でびっくりしたくらいだ。
軍備に力を入れていないというのは砦の現状を見る限り事実だろう。ただ、無能というわけではなくそれ以外に力を入れているならいい方か。
住人からの信頼も厚いようだし、下手に突っ込まなければ接触しても大丈夫だろうか?
もちろん、領主に聞きたいことがないわけでもない。どうせ呼び出されるならこちらの用件も済ませてしまった方が無難だろう。
問題なのは、俺の喋り方だよな。
貴族って目上の存在だから普通は敬語を使うと思うんだけど、俺は敬語が話せない。いや、別に敬語で話したくないとか苦手というわけではなく、設定としてそういう風になってしまっている。
俺が「よろしくお願いします」と言っても実際に出てくる言葉は「よろしくなの」だ。
評判がいいのなら大丈夫だとは思うが、言葉遣いを咎められて何かしらトラブルになるのは避けたいところ。
何かうまい手はないものかと思考を巡らせるが、こればっかりは無理だろう。設定の強制力はすでに何度も味わっている。
俺は来るべき領主との接触に静かにため息を吐いた。
感想ありがとうございます。




