第十八話:町へ
言うまでもないが、馬車なんて乗るのは初めてだ。
馬車と言えばファンタジーでは定番の移動手段だし、どんなものかとワクワクしていたのだが、実際に乗ってみるとまあ、あまり乗り心地はよくなかった。
道があまり整備されていないという点もあるのかもしれない。ちょっとした段差でがっくんがっくん車体が揺れるのは中々にハードな体験で、ものの数分でお尻が痛くなってしまった。
いつもは都合よく慣れさせてくれる設定も馬車には慣れていなかったのか、普通に辛い。これは、もし旅とかするなら歩きで行った方が無難だな。
せっかく用意してくれたのに自分で走った方が早いなんて言えるわけもなく、揺れに耐えながら進むこと一週間。ようやく念願の町へと到着した。
道中は比較的平和で、野営をしても魔物が襲ってくることはあまりなかった。
恐らく、あの砦が魔物の出入りをシャットアウトしているからだろう。それでも完全に防げているわけではなさそうだが、草原にいた頃と比べればとても平和な道のりだった。
立派な城壁が囲む町の門を通り抜け町に入ると、その規模の大きさに思わず声を上げる。
こんな辺境なのだからもっと規模の小さい町かと思っていたけれど、そんなことはないようだ。
大通りには多くの人々が行きかい、活気に満ちている。
パッと見た限り、人間しかいないようだ。こういう世界観だと色んな種族が交じり合って生活しているのかなと勝手に想像していたんだけど、どうやら違うらしい。
兵士達の話を聞いた限りではいないわけではなさそうだけど、ここは人間の町ってことなんだろう。ちょっとだけがっかりしたが、まあ仕方ないとすぐに思考を切り替えた。
「それでは、私達はこの辺で」
「うん。ここまでありがとうなの」
適当な宿に案内された後、ここまで送ってくれた兵士達と別れることになった。
恐らくついでに補給もしていくだろうからしばらくは町にいるかもしれないけど、特に何もなければ会うことはもうないだろう。
これで私は自由の身となった。それは嬉しいことだけど、あの砦での生活もなかなか悪くなかったなと少し寂しい気もする。
「まあ、とりあえず宿にチェックインするの」
せっかく案内してくれたのだからと宿に入る。
受付には恰幅のいいおばちゃんがいて、俺の姿を見るなり威勢のいい声で声をかけてきた。
「いらっしゃい! おや、兎族とは珍しいね。旅人かい?」
「ええと、まあ、そんなところなの」
本当は冒険者だが、この世界においては俺の持つ冒険者バッジは役に立たないようだし旅人でも間違いではないだろう。
冒険者ギルドというものはあるようだから、そこでまた冒険者になるというのも手だけど、これからの予定を考えるとあまり一か所に留まるわけにはいかない。
というのも、当初の目的ではとりあえず町に来てこの世界の事を調べようと思っていたのだが、キャラシを眺めている時にふと思ったのだ。
夏樹達もこの世界に来ているのではないかと。
その根拠は、キャラシの有無だ。キャラシを確認した時、夏樹達のキャラシまで表示されたということは、この世界にあいつらがいるという証拠ではないだろうか?
キャラシが見れる条件として、恐らくは顔と名前を知っていることが挙げられるけど、そもそも存在しない人のキャラシは出てこないだろう。夏樹達のキャラは確かに作られているが、もちろん実在する人物ではない。それが表示されるということは、俺と同じようにキャラの姿になってこの世界に来ていると考えられる。
もしそうなら、俺はみんなと合流したい。みんな慣れない姿で困っているだろうし、元の世界に帰る方法を探すにしても一緒にいないことには帰れない。だから、みんなを探すためにも縛られるわけにはいかないのだ。
「宿泊かい? うちは食事処もやっているから食事だけでもいいよ」
「宿泊なの。おいくらなの?」
「一人一泊銀貨3枚だよ」
銀貨3枚か。流石に金貨なら銀貨よりは価値が上だよな?
よくわからないのでとりあえずポーチから金貨を1枚出してみる。すると、おばちゃんは驚いたような顔をして金貨を眺めていた。
「何人で泊るんだい? 旅行というなら、お母さんかお父さんが一緒かな?」
「え? いや、私一人なの」
「なんだって?」
よくわからないが、おばちゃんは今度は私の方を見て驚いたように目を丸くしている。
そういえば、俺の見た目って10歳くらいの少女なんだよな。一応、肉体年齢は13歳だけど。
まあ、どっちにしろ子供か。子供が一人で旅をしているとは考えにくいし、親が一緒だと思われても不思議ではない。
「そうかい……何があったかは聞かないが、苦労してるんだねぇ」
おばちゃんは若干涙ぐみながらしみじみと頷いていた。
どう考えても勘違いしているような気がするが、かといって俺の事情をうまく説明できる気はしない。
目的と照らし合わせて旅の目的を言うならば、気づけば知らない場所に一人でいたから、友達を探すために旅をしている、ってところだろうか?
仮にこれを言ったとしても勘違いは加速しそうだ。黙っているのがいいだろう。
「それじゃあ、これがお釣りだ。なくさないように気を付けるんだよ?」
そう言って金色の小さな硬貨を9枚と銀色の硬貨を7枚渡してくる。
ということは、この小さな金貨が10枚で金貨1枚ということになるだろうから、金貨1枚で銀貨100枚と言ったところだろうか。となると、金貨って割と高価?
『スターダストファンタジー』だと金貨1枚で1000円程度の価値だったからあまり高価という印象はないんだけど、宿代が銀貨3枚だと考えるともう少し高そうだ。
この辺りも調べておかないと後々詐欺に遭いそうな気がする。気を付けておかないと。
「で、これが部屋の鍵。廊下の突き当りの右の部屋だからね」
「ありがとうなの」
「明日も泊まるなら、いつでもいいから私に言ってくれればいいからね。それと、何か困ったことがあれば言うんだよ? 出来る限り力になるからね」
一体どんな想像したのか知らないが、やたらと好意的だ。
その様子に若干顔を引きつらせながらも鍵を受け取り、部屋へと向かう。
部屋はこじんまりとした一室だった。簡素なベッドと机、椅子が置かれ、机の上にはロウソクの燭台が置かれている。
若干狭いが、砦の休憩室に比べたら広い方だろう。埃っぽくもないし、生活環境としては十分すぎるほどの場所だ。
ひとまず、馬車での移動の疲れもあるのでベッドの傍らに装備を置き、ベッドに横たわる。
さて、町に来たからにはとりあえず当初の予定通り図書館に向かうのが先決か。いや、その前に食料の補充かな?
すでに手持ちの食料はほぼ使い果たしているし、これから旅をしようというなら買っておかなければならないだろう。幸い、収納に入れたものは劣化しないからどんな食料でも大丈夫。干し肉ばかりだったし、果物とか買いたいかな。
図書館の閲覧料は高いと聞いたし、それで食料が買えなくなっても困るから先に食料確保する方がよさそうだ。最悪、図書館はいけなくても構わないし。
後は領主とやらがどう出てくるか。できれば穏便に済ませてもらいたいものだけど、どうなるだろうか。
これに関してはほんとに予想ができないので、出たとこ勝負で行くしかない。せいぜい、町の人達に領主の評判を聞いておくことくらいか。
そんなことをつらつらと考えていると眠気が襲ってきた。今は夕方くらいだが、今寝たら夕食を食べ損ねる気がする。
いやまあ、別にいいか。どのみちこの体は小食のようだし、一食くらい抜いたところでどうということはない。
それより今は、襲い掛かってきた睡眠欲を何とかする方が大事だ。
お休みなさい……。
感想ありがとうございます。




