第百六十二話:カインの功績
カインに話を聞いてみたが、軍に所属してからしばらくの間はあまり出番がなかったらしい。
カインを軍に入れてくれた指揮官は、カインが持っていたフレイムソードだけが目当てだったようで、軍に入れたのは感謝の念を抱かせていざという時の肉壁にするくらいの考えだったらしい。
だからなのか、軍人として何をすべきかということも教えられず、最初はほったらかしの状態だったようだ。
なので、カインは頻繁に町に繰り出し、暇を潰していたんだとか。
そして、そのついでに町の人達の悩みを解決していたら、いつの間にか好かれていた、ということだった。
「正直、そんなに好かれるようなことはしてないと思うんですけどね」
「具体的に何をしていたの?」
「簡単なことですよ。薪割りを手伝ったり、子供達の遊び相手になってあげたり、その程度のものです」
まあ、確かにカインからしたら大したことではないんだろうけど、それを日常的にやっていたんだとしたらそりゃ好かれるだろうな。
しかも、カインの様子からしてきちんと功績をあげて昇進した後もちょくちょくやっていそうだし、町の人からしたら頼りになるお兄さんって言ったところだろうか。
さっきの少年があれだけ懐いていたのもわかる。
「その程度のものでも、町の人からしたらありがたいことだったはずなの。そりゃ好かれるの」
「そうですかね? この国の軍人は割と嫌われているイメージなんですが」
軍人は割と乱暴な人が多いらしい。
特に、夜酒場にやってくる軍人はよく喧嘩をしているらしく、その影響で椅子が壊されたりなど、店からしたらいい迷惑だと愚痴を言っているようだ。
もちろん、町の近くに出現した危険な魔物を狩ってくれる大事な戦力ではあるが、魔物を戦力に加える試みをしているせいか、時にはその危険な魔物を町に意図的に入れることもあるらしく、扱いを誤ってちょくちょく被害が出ているらしい。
そんな背景もあって、軍人は町の防衛には必要な人材ではあるが、お近づきにはなりたくない、そんな位置づけのようだ。
「そこはカインが優しかったおかげだと思うの」
「はあ、別に優しいとは思いませんが……アリスさんが言うならそうなんでしょう。ありがとうございます」
カインからしたら、町の人に良くするのは、自分を救ってくれた町に対するお礼と、信用を得るためのもののようだ。
だから、表面上は優しくしているように見えても、それは打算的な考えがあってのもので、優しいわけではないと言いたいらしい。
でも、さっきの少年への対応を見る限り、完全に打算全開ってわけでもなさそうだけどな。
それに、露骨に嫌な奴と比べたら万倍はましだろうし。
「ここですね。着きましたよ」
そうこうしているうちに、あの少年の親がやっているらしい宿屋へと辿り着いたようだ。
そこまで大きくもないが、小さくもない普通の佇まい。
できればお風呂があると嬉しいけど、果たしてどうだろうか。
俺は少し期待しながら扉を開ける。すると、その瞬間歓声が響き渡った。
「カインさん、お帰りなさい!」
「心配してたんだぜ、無事でよかった」
「わーい! お兄ちゃんが帰ってきた!」
宿屋の中には数多くの人々が待ち構えていた。
大人から子供まで、その年齢は様々で、みんなカインの帰りを歓迎している様子である。
多分、クラッカーがあったら盛大に鳴らされていることだろう。
俺的にはよく聞こえる耳のせいでうるさいくらいだから、なくてよかったと思うが。
「おやおや、皆さんお揃いでどうしたんですか?」
「どうしたんですか? じゃねぇだろ。みんなお前の帰りを待ってたんだよ」
カインはきょとんとした様子で目をぱちくりさせている。
やっぱりカインは好かれているようだ。多分、さっきの少年がみんなに伝えたんだろう。
この短時間でここまで集まるのだから、よほど慕われてなければこうはなるまい。
俺はそっとカインの背中を押し、人ごみの中へと放り込む。
しばらくはカインを好きにさせてやろう。
「すげぇ人気だな」
「ほんとなの。よっぽど感謝されてるみたいなの」
「俺も治療して感謝されたことはあったが、ここまでではねぇな」
そういえば、シリウスもヘスティアでは割と有名人だったな。
まあ、カインはこの町限定のようだし、規模としてはシリウスの方が大きいのかもしれないけど、この親しまれようはシリウス以上だろう。
なんかこういう雰囲気いいな。元は敵国だったとはいえ、こうしてカインが感謝されているのを見るのは悪い気はしない。
「あなた達がカインさんのお仲間さん?」
しばらくもみくちゃにされるカインを眺めていると、俺達に話しかけてくる人がいた。
カウンターから出てきたから、多分この宿屋の人かな?
俺がそれに頷くと、ぱっと顔を明るくしていた。
「あなた達がカインさんを連れてきてくれたのね。ありがとう、本当に助かったわ」
「別に、お礼を言われるほどのことではないの」
「それでも言わせて。カインさんは、この町の人にとって欠かせない人だったから」
そう言ってカインの武勇伝が始まる。
カインは薪割りを手伝ったとかその程度のことしか言っていなかったが、実際はもっと色々やっていたようだ。
特に、町に入り込んだ魔物をたった一人で退けたという話は美談として語られ、町の人々の胸に強く刻み込まれているようである。
そんなことまでやってたのか。まあ、多少話は盛られている気がしないでもないけど、意図的に町に魔物を入れるような国なのだからあってもおかしくはないだろう。
その時は、カインは軍が捕獲するはずだった魔物を殺してしまったことを理由に処分を受けたそうだが、軍人であるにもかかわらず、軍法よりも住人を優先したことがより感謝される要因になっているようである。
これだけでも凄いことだが、カインはその後軍で順調に昇進しているし、軍の中でもかなり優秀な人材だったんだろう。
これはもう元プレイヤーだったからでは済まない気がする。
いくらステータスが高かったとは言っても、最初は一国の騎士程度の実力しかなかった。それがここまで昇進できたのは、カインの性格が大きく関わっていることだろう。
本当に凄い人だと思う。
「今日はゆっくりしていってね。歓迎するわ」
そう言って宿屋の女性はカインの輪へと戻っていった。
軽い気持ちで旧交を温めようとか言ったけど、これだけ慕われているとなると明日きちんと出発できるかどうか不安である。
今のところ、俺達はカインを連れ帰ってきた恩人という立ち位置にあると思うが、それがカインを連れ出すとなれば、態度が急変してもおかしくない。
もちろん、カインが諭せば納得してくれるかもしれないが、後味はあんまりよくなさそうだ。
というか、本当にカインを連れ出すのが正解かどうか、迷ってきている。
だって、あれだけ慕われているのに、それを引き離すのって残酷なことじゃない?
カインだって、いたずらに彼らを心配させるのは望んでいないだろうし、カインをこのままここに置いていくのも一つの手ではないかと思えてくる。
まあ、カインは絶対ついてくるだろうけどね。
せめて、今生の別れとならないように、定期的に会いに行けるような対策を立てた方がいいかもしれない。
そんなことを考えながら、人々に揉まれるカインの後姿を見つめていた。
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