第百四十八話:闘技場の現状
流石、戦いの場に関しては一応のこだわりがあるらしく、闘技場はとても立派だった。
その面積はかなり広く、王都の人々が全員押し掛けても入るんじゃないかってくらいあると思う。
中にはいくつかのフィールドがあり、普通の平地を始め、沼地や岩山などをモチーフにしたフィールドがあり、様々なシチュエーションで戦いを楽しめる造りになっているようだった。
もし、ここで闘技大会など開かれたら、大いに盛り上がることは間違いない。戦うことにそこまで興味のない俺でも、ちょっと心躍るようなそんな立派な場所だった。
ただ、一つ問題があるとすれば、どこもかしこもボロボロで使い物にならないってことくらいだろう。
「これは酷いの」
「ここまで崩れておるとは……俺も予想外だ」
立派な造りだけあって、外装はそこまででもなかったが、細かい部分、特にフィールドに至っては酷い状況だった。
草は生え放題だし、侵食した草によって床は罅割れ、客席に至ってはところどころ椅子が崩落している。
フィールドの天井は元々なかったんだろうけど、客席側にある屋根も一部が崩落し、下にある客席を破壊してしまっている。
これではとてもじゃないけど人を招いて戦いを繰り広げるなんてことはできないだろう。
まあ、戦うだけだったらこれはこれでありかもしれないが、見る人がいなければ意味はない。
どうすんのよこれ。
「ファウストさん?」
「どうやらまずは修復から入る必要がありそうだな……」
「誰が」
「それは……その手の者がいるだろう?」
「そんな都合よくいるわけないの」
そりゃ、壊れた家を修復する人とかはもしかしたらいるかもしれないけど、こんな大規模な建造物、一人に任せるわけにもいかないし、やるとなればかなりの人数が必要となるだろう。
草刈りだけだったら誰でもいいかもしれないけど、ひび割れた床を修復するにも専門の人がいるだろうし、瓦礫の撤去をする人だって必要。
今考えているだけでも、数えきれないくらいの人員が必要になることは目に見えている。
そこまでしてやるのが闘技大会っていうのもちょっと納得いかないし、完全にやる気が死んでるんだけど。
「はぁ……とりあえずナボリスさんに相談するの」
「そうだな。奴ならば何かいい案を出してくれるに違いない」
とりあえず、俺達ではどうしようもないので、国の知恵袋であるナボリスさんの力を借りることにした。
城へと戻り、さっそくお伺いを立てる。
珍しくファウストさんが一緒にいたせいか、ナボリスさんは若干居住まいを正しながら聞いてくれたが、返ってきた答えは割と辛辣なものだった。
「あの闘技場を再利用するくらいなら、新たに闘技場を作った方が賢明かと思います」
あの闘技場は立派ではあるが、だからこそ邪魔な存在でもあるらしい。
以前は維持のために定期的に修復もしていたが、戦争を始めるようになって使う頻度が激減し、そこにお金を使うのももったいないということで捨て置かれたという背景があるようだ。
おかげで自然の力によって侵食され、ほぼ使い物にならない状態。それを再び使えるようにするには、莫大なお金がかかるという。
であれば、別の闘技場を作った方が手間も少ないし、楽だという結論に至ったようだ。
何事も需要と供給は大事である。いくら立派なものでも、使われなければ意味がない。
これに関しては、もったいない気もするけど仕方ないことではあるよね。
「では、新たに闘技場を作ろうではないか」
「そう簡単にも行きませんよ、ファウスト様。材料が足りません」
では新たに闘技場を作ろうとなった時、問題となるのが材料の問題。
闘技場に使われる金属は、どうやら普通の金属ではないらしい。
というのも、普通の石ではファウストさんのような化け物からすると脆すぎて、すぐに壊されてしまうのだ。
だからこそ、実際に戦うフィールドや、その近くの客席には特別な金属が必要となる。
その金属というのが、いわゆるミスリルらしかった。
「ミスリルの鉱山はいくつかありますが、いずれも年々採掘量が減ってきています。今使われているのは、冒険者向けに販売している武器や防具類がほとんど。そこから闘技場に回すとなると、それらの需要を奪ってしまいかねません」
「しかし、闘技場は今最も必要なものだ。多少ならば構わないのではないか?」
「冒険者を敵に回す気ですか? 確かに、冒険者に国をどうこうする力はありませんが、彼らは国に巣食う危険な魔物を狩ってくれる存在でもあります。それを行うための武器や防具を絶ってしまえば、いらぬ犠牲者を生みかねないでしょう」
「武器はミスリル以外にもあると思うが、そこまで変わるのか?」
「より強力な魔物を狩るのは高ランクの冒険者です。そして、ミスリルの武器は高ランクの冒険者がよく使うもの。当然討伐数は減るでしょうね」
なるほど、下手にミスリルを融通してもらえば、冒険者が魔物を狩れなくなる。
もちろん、すでにミスリルの武器を持っている冒険者もいるだろうが、それだって手入れのためにミスリルは必要になるだろうし、買い替える時だってあるだろう。
それを考えると、その需要を奪ってまで闘技場を作るメリットは薄い。
国の安寧と国民の不満だったらまだ前者を選んだ方がましだと思う。でも、後者も放っておくわけにはいかないんだよな。
「何とかならんか?」
「今ある闘技場を撤去し、そこに使われているミスリルを回収できればある程度は賄えると思いますが、そもそもミスリルを加工できる職人は少ないですからね。鋳つぶすにしても、かなり時間はかかるでしょうし、加工にも時間がかかります。少なくとも、それをやるだけで半年はかかるかと」
「は、半年もか……」
まあ、解体するだけでもかなり時間かかるだろうし、そんなものか。
俺は別にいいけど、そこまで国民が待ってくれるかどうか。それに、ファウストさんが絶望顔してるし、何かしら戦う施設は急務かもしれない。
とはいっても、俺にはどうしようもないし、諦めてくれとしか言えないんだけど。
「それがお嫌でしたら、城の訓練場を解放して、簡易的な闘技場とするしかないでしょうな。それならば、比較的簡単に実現できるかと思います」
「ぐぬぬ……」
あの訓練場で闘技大会やるの?
いやまあ、戦うだけだったらできると思うけど、椅子とかも何もないし、観客は立ち見が基本となるだろう。
フィールドだってただの平地と森くらいなもので、レパートリーはかなり少ない。
まあ、単純な戦いを見たい人だったらそれでもいいかもしれないけど、どう考えても国民全員は受け入れられないだろうし、無理だろうな。
闘技大会というより、腕試し大会と言った方がいいかもしれない。
ファウストさんは唸ったまま必死に頭をひねっているようだ。
脳筋に何かプランが浮かぶとも思えないけど、これに関しては俺も何か考えないとな。
俺は腕を組みながら、何かいい案がないかと思案した。
感想、誤字報告ありがとうございます。




