第十六話:後処理
煌々と照らされる砦の門。いくつかの篝火は壊されてしまっていたが、それでもなお火を灯し続ける松明は十分に周囲の状況を映し出してくれていた。
目の前に広がるのは幾本もの矢で串刺しにされたシャドウウルフの死体の山。門に取り付いていた奴も含めれば二十体以上はいるだろうか。
傷が少ないため思ったよりは出血もなく、血の匂いはあまりしない。ただ、これほどの量となると移動させるだけでも大変で、動ける兵士達はせっせと死体を砦の中へと運んでいた。
「ああ、その、なんだ……助かった、ありがとう」
念のため、兵士達全員に【エリアヒール】をかけて癒した後、周囲に敵がいないか索敵をしている。
俺の耳はかなり優秀のようだが、それでもやはり目で見なければ安心できないということもある。特に、体勢が崩れている今、敵にやってこられたらかなり不利なため確認は念入りにやっておくに越したことはない。
まあ、結局いなかったんだけどな。
「別にいいの。ただ助けたかっただけなの」
「それでもだ。お前はただの客人なのに、手を煩わせてすまなかった」
深々と頭を下げてくるゼフトさん。
まあ、下手をしたら全滅した上に門を破られて町まで魔物が押し寄せてきたという展開もあり得たから感謝する気持ちはわかる。
まあ、なんだかんだで結構お世話になっているし、人助けは嫌いじゃない。むしろ、経験値も貰えて一石二鳥というものだ。
「それにしても、あんなに強かったんだな」
「だから冒険者だって言ったの」
「いや、冒険者だとしても異常だろう。なんだあの技は、見たことないぞ」
この世界では基本的にスキルはスキル石と呼ばれる特殊な石を用いて入手するか、修行などをすることによって身に着けるのが普通らしい。
それでも、身に着けられるのは技術のみで、例えばさっき俺がやったように一本の矢を幾本にも分裂させて降り注がせるって言うのは物理的にできないらしい。
大量の矢をつがえてそれを一気に撃ちだして降り注がせる、くらいならできるかもしれないが、仮に【弓術10】の人でもやる人はいないだろうとのこと。
まあ確かに、普通一本の矢を放っただけなのに何十本もの矢になって降り注ぐなんて不可能だよな。
魔法やらなんやらがある世界ならそれもできるのかなとなんとなく思っていたけど、どうやらできないらしい。
一応、魔法で水とかの矢を形作ってそれを大量に用意すれば同じようなことはできないことはないらしいが。
「私のいた場所ではあれが普通だったの」
「あれで普通なのか……お前のいた国はどんな修羅の国なんだ?」
【アローレイン】は【アーチャー】の上位職である【デッドアイ】のスキルだからそこらの冒険者には使えないし、普通のスキルとは言えないかもしれないけど、似たようなことはできるのだから同じようなものだろう。
それに【アローレイン】は見える限りの対象を攻撃できるスキルではあるけど、他には何の効果もないただの複数体攻撃スキルだ。
このスキルを前提条件にしたもっと強力なスキルもあるし、ぶっちゃけまだ本気とは程遠い。いくらシャドウウルフが序盤苦戦する敵だとは言っても、レベル33となったアリスの敵ではないのだから。
「それより、砦の方は大丈夫だったの?」
「ああ、問題ない。門が多少傷ついたが修復できる範囲だし、篝火もまだ予備がある」
門は木製ではあるが、かなり分厚いためそこそこ硬い。それに所々に鉄の板が張り付けられているため防御力は中々のものだ。
負傷した兵士も全員俺が治したから物品以外の損失はなし。全体的に見れば、いつも通り、な被害に収まったという。
まあ、俺が来たせいで魔物に門を破られたとか言われても心外だし、無事に守りきれたようで何よりだ。
「それならよかったの。でも、シャドウウルフに苦戦するなんてこれから先大丈夫なの?」
心配なのはこれからの砦の事。
今回は俺がいたから何とかなったが、あの様子だと俺が手を出さなければ全滅していてもおかしくはなかった。
適正レベルで考えるならこの砦の兵士だとシャドウウルフは少し格上くらいの敵だけど、もう少し数がいれば何とかなった可能性が高い。つまり、兵士の数が足りないのだ。
この砦が今までどれくらい運営されてきたのかは知らないけど、今まで今回のようなことは起こらなかったのだろうか?
もし起こっていたのだとしたら、早々に上司に抗議した方がいい。こんなんじゃ、町も危ういんじゃないかと心配になってくる。
「正直、あのレベルがこれからも来るのだったらきついが、こんなことはそうそう起こらないだろう。俺もこの砦に来てからこんなことは初めてだしな」
なんでも、ここの先の未開地は魔物の巣窟ではあるが、そこまで強い魔物は存在しないらしい。だからこそ、この人数でも十分運営できているのであって、もしこんなことが何度も続くようなら増員を考えなくてはならないそうだ。
今回のことは報告するらしいが、前例もないため今回の事件だけでは増員はされないだろうとのこと。
そんな悠長で大丈夫なんだろうか……。
「なんだか凄く心配なの……」
「まあ、何とかなるさ」
ゼフトさんはからからと笑う。肝が据わっているのか能天気なのか……。
「ああ、そうだ。さっきの獲物なんだが、よかったら買い取らせてくれないか?」
「買い取り? 別に勝手に貰っていっても……」
「いやいや、そういうわけにはいかないだろう。アリス、お前自分が倒した獲物の価値をわかっているのか?」
「ただの雑魚なの」
価値も何も、俺にとって、というよりはアリスにとってシャドウウルフ程度ただの雑魚と変わりない。実際、【ストロングショット】を使わなくても余裕で一撃だったわけだし。
しかし、ゼフトさんが言うにはシャドウウルフは結構強敵の部類に入るそうで、そこそこの価値があるらしい。
あれで強敵なのか。一体この世界の兵士のレベルはどの程度のものなのだろう。
「雑魚って……お前レベルはいくつなんだ?」
「33なの」
「33……国の騎士レベルか。道理で強いはずだ」
33で国の騎士レベルなのか。
騎士って結構精鋭なイメージがあるけど、これまでの傾向を考えるに冒険者換算したら多分レベル6か7くらい。中堅冒険者ってところだ。
『スターダストファンタジー』だと、騎士は大体レベル15~30くらいだった気がする。まあ、これはNPCレベルだから冒険者のレベルと比較するのは間違っているけど。
まあ、一口に騎士と言ってもピンからキリまでいるし、中にはネームドエネミーとして登場しているめっちゃ強い騎士もいたからあんまり当てにはならないかもしれない。
「この国で一番強い人ってどれくらいのレベルのなの?」
「そりゃあ、剣聖クラベル様だろう。最近は王都まで行っていないから詳しいレベルはわからないが、数年前に聞いた限りでは確かレベル82だったはずだ」
82か。相当高いように聞こえるけど、恐らく冒険者換算したらレベル16かそこらかな? いや、レベルが高ければもう少しぶれるかもしれない。それでも、アリスには及ばなそうだけど。
国一番の人でもそれくらいとなると、この世界の人のレベルは相当低いのかもしれない。
なんだか、別のゲームに無理矢理キャラを突っ込んだような理不尽さを感じる。
これが逆に俺がめちゃくちゃ弱くて、って言うんだったら絶望もいいところだけど、俺が強いって言うなら特に問題はない。
ただ、なんかずるしてるなぁっていう心の痛みは感じるが。
とはいえ、別に俺は望んでこの世界に来たわけでもないし、楽ができるというなら存分に楽をするべきだろう。
そう結論を出し、俺は自分を納得させた。
感想ありがとうございます。
 




