第百四十三話:戦争終結
その後、しばらくしてからサラエット連合の方から正式に降伏の連絡が来た。
陽動であると同時に、本隊への補給線だった500人あまりの兵士に加え、秘密裏に入り込んでいた本隊も支援部隊を除いて完膚なきまでに叩きのめし、全員を捕虜にしたのだ。
これ以上戦おうというのなら、それこそもっと遠くから兵士をかき集めてくるくらいしかないだろうし、そこまでやったとしてももはやヘスティアの守りを突破できるほどの力はない。
連合としては納得いかないだろうが、ここで降伏しておかなければいずれ攻めてくると考えるとさっさと降伏しておいた方がまだ被害が少なく済むことだろう。
そう言うわけで、案外あっさりと降伏してくれた。
いやはや、下手に粘られて泥沼の戦いになったらどうしようかと思った。
こちらとて、これだけの捕虜を食わせるだけでもかなり大変だし、さっさと返還して重荷を外したいところである。
まあ、そのためには色々と条約を取り決めないといけないし、国内の掃除もしないといけないのが面倒だけど。
「そう言う面倒なのはナボリスさんに任せるとして、問題なのはこっちなの」
「私ですか?」
「それしかいないの」
今、目の前にいるのはきょとんとした顔をしているカイン。
一応、カインは敵兵だったわけで、扱いとしては捕虜である。しかし、他の捕虜のように牢に入れられているわけでもなく、こうして自由に城を歩き回ることができている。
俺としては、カインは元々仲間だし、目の前で敵を裏切ったのだから別に何の問題もないが、他の兵士達からしたら結構気になるようで、カインへの風当たりは結構強い。
まあ、目の前で指揮官を裏切っているわけだから、それを見ていた人は多少なりとも認めているようだけど、それでもあんまり表立って話しかけたりはしてこない。
カインは全く気にしていないようだけど、俺からするとちょっと気になる案件なのだ。
「現状を確認するけど、カインは今捕虜の中でもひときわ異質な扱いを受けているの。これはわかるの?」
「捕虜なんですか? てっきりもうアリスさんの配下かと思っていましたが」
「そこからなの」
確かに、俺も気分的にはそのつもり。いや、配下というよりは友達って感じだけど、そう言う風に捉えている。
しかし、そう捉えているのは俺やシリウスだけで、他の兵士はそうとは限らない。
このままカインを雇用するとしても、このままではいらぬ反発を招くだろう。
だから、これをどうにか是正しなければならないのだ。
「とにかく、今カインは城の人達からの信用がゼロなの。このままだと、交流にも支障をきたすの」
「私はアリスさんやシリウスと話ができればそれで構いませんが」
「私が気にするの!」
あの後、シリウスとも再会したが、あんまり現実と大差なかった。
アリスに対して崇拝に近い感情を持っている以外は、友達に対しては気さくな奴だし、きちんと騎士としての礼節もわきまえている。
ただ、身内を優先するあまり、他の見ず知らずの相手に対して辛らつになることもよくあるようだ。
このままでは、俺のことを想ってくれている兵士達から嫉妬されて嫌がらせされる可能性だってあるかもしれない。
流石に、それは許容できないだろう。何とかしなければいけないのだ。
「幸い、この国は実力至上主義。強さこそがものを言うの。だから、カインがみんなに強さを示せれば、みんなも認めてくれると思うの」
「強さですか。アリスさんのためとあらば喜んで剣を振るいますが、生憎今の私は愛用の剣もなくしてしまいましたし、アリスさんが鍛えた兵士に勝るかと言われるとちょっと自信がないのですが」
「ああ、剣に関しては心配しなくていいの。たまたまだけど、カインの剣はここにあるの」
「おおー」
俺は【収納】からフレイムソードを取り出す。
ただの初期武器ではあるけど、この世界においては魔剣とも呼ばれるほどの剣。なんだかんだ暖としても使えるし、割と便利な剣である。
カインは嬉しそうに受け取ると、軽く振って感触を確かめているようだ。
とりあえず、これでカインの装備はほぼ元通りだろう。鎧に関してはどうしようもないが。
「ありがとうございます。ちょっと差し出したのを後悔してたんですよ」
「差し出したって、なんでそんなことになったの?」
「いえ、あの時はお金もなく、食料も尽きて切羽詰まっていたので、剣を差し出せば衣食住を保証してやると言われて仕方なく」
「なるほど」
カインはどうやら人気のない森の中で目を覚ましたらしい。
順応性が高いのか、すぐにカインの体にも慣れ、襲い来る魔物もフレイムソードで切り伏せて進むことができたらしい。
しかし、【収納】に入れていた食料はわずかだったため、すぐに食糧難に陥った。
やっとの思いで町に辿り着いてもお金は使えず、途方に暮れていたところを、軍のお偉いさんに目を付けられたらしい。
今思えば、そいつの目的はカインの剣だけだったようだけど、それでもカインが結構優秀だったから、その後も重宝されたようだ。
カインも、剣と引き換えとはいえ、しばらくの衣食住を考えるなら軍にいた方がいいと考えて、騎士として頑張っていたらしい。
その結果、あの日に俺と出会ったというわけだ。
「アリスさんがいると聞いた時は本当に嬉しかったです。私だけじゃなかったんだなって」
「それは私も同じなの。無事でよかったの」
下手をしたら、そのまま食糧難に陥って餓死していた、なんてことにもなっていそうだったのが怖い。
まあ、その気になれば倒した魔物を食べるなりなんなりすれば食いつなげたかもしれないけど、当時のカインにその発想はなかったようで、魔物はそのまま放置していっていたらしい。
冒険者ならば倒した敵はとりあえず【収納】に入れておくものだと思うけど、重量的に無理だったのかな。
「それはいいとして、カインには強くなってもらうの。経験値、残ってるでしょう?」
「確かに経験値はありますが……あ、もしかしてレベルアップできたりします?」
「その通りなの。その気になれば、『リビルド』だってできるの」
「それは心強いですね。いつまでもレベル5のままでは不安でしたし、レベルアップできるならそれに越したことはありません。ぜひお願いします」
キャラシで確認してみたが、この一年間で数々の首級を上げたというのは本当らしい。
シリウスの時はあんまり経験値はなかったが、カインはすでに持っている経験値だけでレベル20を軽く超えるくらいの量があった。
これだけ上げれば、その辺の兵士に負けることはないだろう。
なんだか不平等な気がするが、そもそもこの世界の人達のレベルアップに必要な経験値は多すぎる。いや、カイン達のようなプレイヤーが必要な経験値が少なすぎるのかもしれないけど、そんな差があるのだからレベルアップに開きがあるのは仕方がない。
いざとなればゴーレム式経験値稼ぎをする予定だったけど、これだけあれば余裕だろう。
「それじゃ、レベルアップした後の方向性を教えるの。それを考慮してスキルを取得していくの」
「わかりました。と言っても、やることは大体決まっていますが」
そう言って、カインは将来のビルドを話し始めた。
シリウスに続き、カインも見つかって案外順調に事が進んでいる。
一国の王になってしまったことは誤算だったけど、これがなければカインとは会えなかっただろうし、どこでどういう風に転ぶかはわからないものだ。
残りは一人、サクラだけである。この調子で、ひょいと見つかってくれたら嬉しいのだけど。
俺はカインのレベルアップを考えながら、まだ見ぬ仲間の安否を想った。
感想ありがとうございます。
今回で第四章は終了です。幕間を数話挟んだ後、第五章に続きます。
 




