第百四十二話:カインの裏切り
「アリスさん! こんなところで何してるんですか?」
「それはこっちの台詞なの」
カインは俺だとわかるや否や、嬉しそうに抱きあげてきた。
そう言うのはきちんと言ってからやってほしい。おかげで心臓がバクバク言ってるじゃないか。
シリウスもイケメンではあるけど、カインも負けないくらいイケメンである。
まあ、こうして抱き上げられちゃうくらい身長差があるのが悩みではあるが、それはそれでいいんじゃないかなとも思う。
……いや、俺が思ってるんじゃなくて、アリスがな? ああ、ややこしい。
「何をしている! さっさとそ奴を始末せんか!」
「あ、無理です」
「なっ!?」
後ろで怒鳴りつけてくる指揮官に対し、カインはさらっと答えた。
まるでそれが当然であるかのようにあっさりと。あれほどまでに必死で守っていた指揮官の言葉を無視した。
やっぱり、カインもそれなりに設定が働いているらしい。カインはアリスのことを尊敬していたようだからね。
「貴様、裏切る気か!?」
「私が剣を捧げるのはあくまでアリスさんのみ。あなた方とはビジネス上の関係でしかありませんので」
「貴様、路頭に迷っていたところを拾ってやったアルメリア王国に対する忠義はないのか!?」
「あるわけないでしょう? 恩に報いろというのなら、この一年間で数々の首級を上げましたし、珍しいと言った私の剣も献上しました。これ以上何をしろと?」
「おのれ、言わせておけば!」
指揮官は完全に頭に血が上ったのか、剣を抜いてこちらに斬りかかってくる。
とっさに反撃しようとしたけど、それよりも早く、カインが対処してくれた。
俺を即座に降ろし、手にした剣で指揮官の剣を切り上げる。それだけで、指揮官の剣は宙を舞い、あっという間に決着はついた。
「アリスさんがヘスティア王国の王になったと聞いた時は本当なのかと疑いましたが、こうしてここにいる以上は真実なのでしょう。私は今日この時を持って、アルメリア王国軍部から抜けさせていただきます。短い間でしたが、お世話になりました」
「ぐぬ……アルメリアを敵に回してただで済むと思うなよ」
「ただで済まないのはそっちの方じゃないの?」
どうやらカインはこのまま俺の下に寝返る気らしい。
よくよく考えれば、カインも相手の国に助けられた立場なわけだし、相手への義理を通してこちらと敵対してもおかしくなかったのか。
まあ、無駄に争いたくはないし、それは嬉しいんだけど、これまでお世話になったであろうアルメリア王国にちょっとは報いようとか思わないんだろうか。
よっぽど労働条件が悪かったのか、それとも俺への好意故か。どちらにしろ、俺にとってはありがたい。
アルメリアの報復が怖いとも思うけど、多分、アルメリアにそんな余裕はないんじゃないかなと思う。
だって、この戦争はもう俺達の勝ちが決まっているようなものなのだから。
「どういう意味だ!?」
「あなた達が連れてきたサラエット連合の本隊は潰したの。それに、陽動に来ていた500人余りもすでに鎮圧済み。さらに、そちらの隠し玉だろうワイバーン部隊も抑えて、そっちに戦える兵士は残っているの?」
「本隊が負けた? 馬鹿な、兵士はここにいる、一体誰が倒したというのだ!」
「だから、私なの。私が、全員潰したの」
「ありえない! ただの小娘にあの大軍が潰せるものか!」
「まあ、信じようが信じまいがどうでもいいの。あなた達は負けたの」
今頃はシリウスがみんなを治療している頃だろう。そいつらを拘束すれば、残りは後方にいるであろう支援部隊と、各地の町を制圧しているであろう少数の兵士のみ。
すでに数にして1000人以上は倒しているはずだし、さらにそれに対してこちらの損害はほぼゼロ。
まあ、もしかしたら東の森や北の森で何かあるかもしれないけど、それらの戦力を抜いたとしても、すでにこちらの戦力の方が上回っている。
その気になればゴーレムを追加で出すこともできるだろうし、ここから負けることはほぼあり得ないと思う。
もちろん、まだ裏切り者が潜んでいて、そいつが暗殺とかしてくる可能性もなくはないが、俺はもちろん、シリウスがそのくらいで後れを取るわけがない。
ファウストさんは少し心配ではあるけど、あの人もなんだかんだ生きてそうな気がしないでもない。俺が気付いて駆け付けるまで生き残ってさえくれたら、どうとでもなると思う。
「陛下、助けに来てくださったのですか?」
「ああ、うん。みんな無事なの?」
「ワイバーンにやられた者が数人いますが、いずれも命に別状はないと思われます」
「それはよかったの。すぐに治療するから、連れてきてほしいの」
「はっ」
ワイバーンの数は全部で20体ほど。思ったよりは少なかったけど、流石は魔物だけあってその力は結構強いらしい。
助かったのは夜だったこともあるだろうか。ワイバーンは夜目が利くと思うけど、背に乗っている人間はそうではないだろうし、指示が的確でなかったのかもしれない。
これが野生のワイバーンだったならちょっと危なかったかもしれないけど、人に慣れたワイバーンでよかったと言えるかな。
「アリスさん、本当にヘスティア王国の国王やってるんですね」
「まあ、うん、成り行きで」
「アリスさんなら王様になっても不思議はありませんね」
「やめてほしいの。私はそんな器じゃないの」
カインのアリス推しが強い。
崇拝、まではいかないけど、アリスの言うことだったら全部肯定してしまいそうな気がする。
他の人に対してはきちんと紳士な人な気がするんだけど、アリスに対してはその口調が崩れてしまうようだ。
まあ、悪い気はしないけど、あんまり優先しすぎて人間関係でトラブルを起こさなきゃいいんだけど。
「それより、カインはカインなの?」
「? 当たり前じゃないですか。私はカインですよ?」
「いや、そうじゃなくて……」
本当は中の人である夏樹の名前を呼びたいんだけど、それを呼ぼうとしてもすべてカインの名前に変換されてしまう。
向こうも感づいていると思うんだけど、妙なところで鈍いからマジで意味がわかっていない可能性があるんだよな。
「ほら、中の人がいるでしょ?」
「中の人」
「うん。それはカイン……なの?」
「……ああ、そう言うことですか。はい、私はカインですよ。ゲームマスターのアリスさん」
ゲームマスターって言葉が出るってことは、きちんと理解してくれたらしい。
何かの間違いで中の人の意識がなくなって、キャラとしての意識しかないとかだったらどうしようかと思った。
「それにしても、ふふ、やっぱり可愛いですね」
「それはお世辞なの?」
「いえ、本心ですよ。いろんな意味で」
いろんな意味でっていうのが気になるけど……まあいいや。こうしてカインが無事に見つかっただけでも良しとしよう。
「それにしても、あんな簡単に裏切っちゃってよかったの?」
「元々ただのビジネス関係でしたから。私は衣食住を提供される代わりに、軍に所属する。でも、アリスさんが見つかったなら、もう必要はないでしょう?」
「それって、私が衣食住を提供しなくちゃいけないの?」
「いえいえ、そこはきちんと自分で用意しますよ。アリスさんの手を煩わせるわけにはいきませんからね」
「……そこまでできるなら、なんで軍に所属なんてしたの?」
てっきり、お金に困っていて、軍に所属することでそれを凌いでいるのかと思ったけど、そう言うわけでもないんだろうか。
いやでも、最初は本当に恩義を感じてやっていたのかもしれないし、俺を見つけるまでのつなぎとして考えていたって可能性もあるか。
どちらにしろ、こちらについてくれるというのなら、カインは優秀な盾役である。
後できちんとキャラシを見直して、必要なら『リビルド』もしてあげた方がいいかもね。
とりあえず、今は兵士の治療と敵兵の確保だ。
俺は連れてこられた傷ついた兵士達を治療しながら、今後の動きを頭の中で考えた。
感想ありがとうございます。
 




