第百四十一話:追走部隊
アラスを含め、敵は全員気絶させた。
そして、すぐに撤退した兵士達を追走する敵兵をどうにかしようと思ったのだが、よくよく考えると、矢で仕留めた連中を放っておいたら死ぬのでは? と思い至った。
いくら【手加減】によって矢で直接死ぬことはなくても、ほぼ一撃死並みの攻撃を食らうわけだから、大怪我は必然。当然、動くことはできないし、回復する治癒術師だっていない状態ならもはや助かる見込みはない。
一応、攻めてきたのは攻撃兵だけで、他の衛生兵とか輜重部隊とかは陣地に残っているだろうから彼らが助けに来れば助かるかもしれないけど、今は夜。攻撃能力が低いのに、わざわざ危険を冒してくるとは思えない。
つまり、ここで今すぐ治療しなければ、みすみす殺してしまうということになる。
殺しがあんまりやりたくないから【手加減】のスキルを取ったのに、結局殺してしまったんじゃ意味がない。だから、平原で転がっている数百人の兵士をどうにかしていく必要があった。
そして、そんなことをしていれば、いくら俺の足が速くても間に合わなくなる。
なんとも面倒なことになったものだ。
「こいつらは俺が治療しておくから、アリスは追いかけてやれよ」
「いいの?」
「見捨てるのは嫌なんだろ? 大丈夫、仮に襲い掛かってきたとしても、軽くひねってやるから」
確かに、それしかないか。
シリウスなら治療はお手の物だし、戦力的にもその辺の兵士に負けるはずもない。今回の戦闘を見て、それは確信している。
ここはシリウスに任せて追いかけるべきだろうな。
「それじゃあ、お願いするの。すぐに戻るの」
「おう、任せとけ」
そういうわけで、俺はシリウスにこの場を任せ、追走部隊を追いかけることにした。
空を見上げると、月が煌々と輝いている。
今更だけど、この世界にもちゃんと月があるんだな。
「それにしても、思ったよりも足が速いの」
【ライフサーチ】で確認した限り、まだ余裕はあると思っていたのだけど、今確認してみるとすでに接触する寸前になっていた。
俺達がアラス達を気絶させて回っている間の時間はそこまで長くはない。どう考えても、人の足ではないだろう。
となると、馬にでも乗ってる? いや、馬なんて絶対気づくはずだ。なにせ、陣地を構えた丘は辺りを見回すのに適しており、夜であろうと月明りさえあればある程度は確認できる。
追走したってことは、火矢を放った後に追いかけたってことだし、そんな状況で馬が通れば気づくと思うけど。
いや、あの時は数を減らすのに必死だったし、そうでもないのか? 戦闘の騒ぎに乗じて抜けられたら気づかない可能性もあるのかもしれない。
まあ、どっちだっていい。なんにしても、そろそろ接触してしまうと考えると急がなければならない。
俺は【アジリティブースト】を発動させ、敏捷を上げる。
さて、間に合ってくれるといいけど。
「あれかな?」
しばらく進むと、ようやく人の姿が見えてくる。
うちの兵士達は必死に逃げているようで、隊列もばらけてはいたが、それでも将軍達がまとめてくれているのか、統率はそれなりに取れている。
しかし、それを追撃するのは、意外な相手だった。
「ワイバーン、なの?」
闇夜の空にはばたくのは赤い鱗を持つワイバーンの集団。
その背には人を乗せており、あれが噂に聞くワイバーン部隊というものだろう。
確かに何か忘れているような気がしていたが、これだったか。
ワイバーンの機動力はかなり高いらしい。追いついて間もないのか、まだ犠牲者は出ていないようだが、それでも空から的確に兵士達を襲い、撃破していっている。
兵士達の装備は何もないか、剣や槍一本と言ったところ。鎧もなしにワイバーンの鉤爪を受ければ、ただでは済まないだろう。
ワイバーンの背に乗る敵兵も槍で的確に追撃している。
これは、まともに相手にしたら相当強そうだな。
「まあ、気づかれていないならいくらでもやりようはあるの」
俺は立ち止まると、敵兵から奪った矢をつがえ、天に向かって放つ。
空を飛ぶ敵に対して【アローレイン】はかなり強い。基本的に下からの攻撃を警戒しているだろうから、いきなり上から攻撃されることに慣れていない者は多いだろう。
もちろん、強い魔物であれば本能的に理解している者もいると思うけど、ワイバーンはどちらかというと雑魚の部類だし、人に飼いならされているならそう言うのには慣れてないと思う。
そう言うわけで、効果は覿面だった。
「ぐぁっ!?」
「きゅ、急に空から矢が……!」
「お、落ちるぅ!」
背中に乗っていた敵兵はもちろん、ワイバーン自体も翼を撃ち抜かれ、瀕死となる。
瞬く間にバタバタと落ちていき、追走部隊は壊滅したかに見えた。
しかし……。
「二人残ったの」
恐らく残ったのは指揮官だろう。そして、もう一人は、何というか、凄い奴だった。
なにせ、こちらの攻撃に即座に気づき、声を上げただけでなく、みんなが避けられないと見るや、一番重要な指揮官を守るためにワイバーンの背から飛び移り、指揮官を矢から守ったのだから。
もちろん、落下時に多少のダメージは負っただろうが、致命傷には程遠いだろう。
まあ、指揮官と二人だけでは攻撃手段はほぼないだろうし、降伏するとは思う。
さて、どんな人なのだろうか。
「な、何者だ!? ヘスティアの者か!?」
「その通りなの。そちらの名前を聞かせてくれるの?」
「いきなり不意打ちしてきた相手に名乗るか! カイン、やってしまえ!」
「御意」
「え、カイン?」
指揮官を守った兵士は剣を抜き、こちらに向かって対峙する。
聞き間違いでなければ、今カインって言ったよね?
改めてその人物をよく見てみる。
着ている鎧は見覚えはない。先程叩きのめした兵士のものとも違うから、あれは恐らくワイバーン部隊を要するアルメリア王国のものだろう。
しかし、顔をよく見てみれば、それは確かにカインのものと似ているような気がする。
白銀の髪に紺碧色の瞳、わずかに幼さを残しているが、きりりとしたかっこいい顔。
まさに、私が心に決めた人の顔だ。
……いや、ちが、わなくはないけど、ただの友達だから! そう言うんじゃないから!
「幼い身でありながらその弓の腕、私が尊敬する人によく似ている。できればきちんとした場所で決闘していただきたいが、今は戦時中、ここで雑に討つことを許してほしい」
「あー……えー……うん、カインなの、これ」
普段は割と適当な感じだから、こうして固い言葉で喋っているのを見るのは新鮮だったことを思い出す。
さらに言うなら、アリスとしての設定がこれはカインだと確信している。
そっくりさんというわけでもなさそうだ。まさかこんなところで出会うとは思わなかった。
「お覚悟を」
「カイン、私なの。アリスなの」
「……えっ、アリス、さん?」
先程までキリッとした雰囲気だったのが急に崩れた。
どうやら、あちらも俺がアリスだということに気が付いたらしい。
とりあえず、無駄に争うことにならなくてよかった。
俺はカインに会えたことを喜びつつ、これからの処理をどうするのか考えた。
感想ありがとうございます。
 




