第十五話:深夜の襲撃
闇も深まる深夜。俺は物音に目を覚ました。
兎獣人であるこの体はとても耳が良く、ちょっとした物音でも聞き取ってしまう。しかも、寝ている間は無意識に警戒しているためか、ちょっと大きな音がすればすぐに目を覚ましてしまうのだ。
いくらここが安全だと頭ではわかっていても、体に染みついている設定というものは抜けないらしい。
夜に起こされたことに若干不機嫌になりながらも音の正体を探ると、様子がおかしいことに気が付いた。
ガンガンと何かを叩き付けるような音、獣の唸り声、それに人の怒声とわずかに聞こえる悲鳴。明らかに非常事態だということは聞き取れた。
俺はすぐさま傍らに置いていた弓を手に取り、矢筒を乱暴に掴んで外へと飛び出す。
……今にして思えば結構リスキーな選択だった。弓使いであるアリスは基本的には近距離戦はあまり得意ではないし、もし魔物に襲われているのだと仮定するならば門ではなく屋上から撃ち下ろす方が格段に良かった。
それにそもそも魔物の襲撃なんてこの砦では日常茶飯事だろうからわざわざ俺が出ていかなくても兵士達だけでどうにかできる可能性は十分にあった。相手の戦力もわからないのにいきなり飛び出していくなんてどう考えても愚策だった。
でも、その時はいてもたってもいられず、勝手に体が動いていた。
設定に突き動かされたかどうかはわからない。でも、たった数日の縁とはいえゼフトさんや他の兵士達が傷つくのを見過ごすことが出来なかったのだ。
風のように廊下を駆け、あっという間に門横の扉から外へと出る。
そこに広がっていたのは阿鼻叫喚の地獄だった。
松明の火に照らされて見えるのは、門に群がる魔物の群れ、倒れ伏す兵士達。残った兵士達もボロボロの状態でとてもまともに戦える状態ではない。
応戦する兵士達をあざ笑うかのように駆け回り、まるで狩りをするかのように包囲して追い詰め、孤立させてから襲い掛かる連携の良さ。そして、闇に溶けるような毛並みをした狼には見覚えがあった。
ホーンウルフの上位種とされ、闇夜に乗じて狩りをすることに特化した夜の狩人、シャドウウルフだ。
レベル的にはホーンウルフが1~5くらいとして、シャドウウルフが7~12くらい。ある程度育った冒険者であればそこまで苦戦することはないが、序盤ではそこそこに苦労する相手でもある。
この砦にいる兵士達は冒険者換算すると大体レベル2~3がせいぜい。一体ならばともかく、群れの相手をするには少々厳しい。
「大変なの!」
俺は即座に負傷者の下に駆け寄り、スキルを行使する。
【エリアヒール】
祈りによって得られる癒しの光を周囲に振りまき、複数人の傷を癒すスキル。
寝る前に取ったばかりのスキルだが、早速役に立ったようだ。
痛みにのたうち回っていた兵士はいきなり傷がなくなって何が起こったのかわかっていない様子。できればすぐに逃げて欲しいが、ひとまずこれで死ぬことはなくなっただろう。
「アリス!? お前なんでここに!?」
「話は後なの! 早く兵士達を下がらせるの!」
目の前のシャドウウルフを切り伏せたゼフトさんが命からがら撤退してくる。
見える限り、負傷して倒れている兵士が四人、戦ってるのが十人で、今ゼフトさんが戻ってきた。
全部で十五人。恐らく、砦の全兵力でこのありさまだ。どう考えても兵士達には荷が重すぎる。
「下がらせるって、そんなことしたら門が……」
「今でももう十分突破されてるの! ここは私に任せてなの!」
門にはすでに何匹かのシャドウウルフが取り付いている。破られるのも時間の問題だろう。
そうなる前に、まずは頭数を減らさなくてはならない。それには兵士達が邪魔だ。
一応、『スターダストファンタジー』では、意図しない限りフレンドリーファイアはなかったけど、現実となった今ではどうなるかわからない。癒せるとはいえ、間違って攻撃しちゃいましたじゃ済まされない以上撤退させるのが一番だ。
ゼフトさんは少し渋っていたようだったが、俺の鬼気迫る表情を見て気圧されたのか、すぐに兵士達に撤退するように指示を出した。
孤立さえしなければシャドウウルフはそこまで積極的には攻めてこない。撤退する時間は十分にあるはず。
「ふぅ……やってやるの!」
俺は矢筒から矢を一本取り出し、弓につがえる。
目の前に見えるだけでシャドウウルフは十体以上、とてもじゃないけど一体一体矢で射ている時間はない。
ならば、スキルを使うまでだ。
俺は頭の中で対象を決め、天に向かって矢を放つ。
【アローレイン】
天高く飛び出した矢は、ややあって幾本もの矢に分裂し、シャドウウルフ達に降り注ぐ。
『スターダストファンタジー』では、基本的に複数体攻撃が正義だった。というのも、敵は基本的に複数体同時に登場し、数が多ければ多いほど攻撃の手数が増える。
それをいちいち単体攻撃でちまちま減らしていたのでは被弾回数が増えてすぐにHPがなくなってしまうので、それをどうにかできるのが複数体攻撃というわけだ。
複数体に攻撃したからと言って攻撃の威力が下がるわけではなく、対象が一体だろうが三体だろうがダメージが10なら全員に10ダメージが入る。特にボスなんかは取り巻きを侍らせていることが多く、複数体攻撃はとても重要になる。
今回俺が対象にしたのは目の前にいる敵全員。似たスキルに三体に同時攻撃できる【アローシャワー】というスキルがあるが、これはその完全上位互換のスキルだ。
次々と矢が突き刺さり、断末魔を上げながら倒れていくシャドウウルフ。数秒後には、そこには死体の山が築かれていた。
「は……」
ゼフトさんを含め、撤退していた兵士達も足を止めてその光景をぽかんと見つめている。
先程まで苦戦を強いられていた相手をたった一矢で死屍累々に変えてしまったのだから驚くのも無理はない。
しかし、今はまだ戦闘中だ。気を抜くことは許されない。
「ぼさっとしてないで門の奴を引きはがすの! そこじゃ上から狙えないの!」
「は、はい!」
俺の声に感化された数人の兵士が門に取り付いているシャドウウルフの注意を引き、門から引きはがす。
【アローレイン】の困ったところは屋根がある場所では使えないということだ。もちろん、吹き抜けのようなかなりの高さが確保できている場所なら使えないこともないけど、矢を空に向かって撃ちだす関係上、どうしても屋根があると撃ちづらくなってしまう。
門の傍は屋根があるので【アローレイン】が使えない。ここまで来たら一体一体処理してもいいが、出来れば矢の消費は抑えたいので一掃したいところ。
「引きはがしたら下がって! また一掃するの!」
勢いに流されるままに下がっていく兵士を見届け、再び空に向かって矢を撃ち出す。
降り注ぐ矢の雨に貫かれたシャドウウルフ達は成す術なく倒れ伏し、そのまま動かなくなった。
敵影は一掃。しかし、まだ隠れている可能性もある。なにせ相手はシャドウウルフなのだから。
兎の耳を使って音を探り、周囲の状況を確認していく。しかし、特に怪しい物音はせず、周囲にはもう敵はいないということがわかった。
「……戦闘終了なの。みんな、お疲れ様なの」
「お、おおー!」
最初はぽかんと口を開けている兵士が多かったが、やがてこの戦いを乗り切ったことを実感してきたのか歓声を上げた。
無事に助けることが出来た、その事実に俺の心は満たされていく。充足感というか、自分の使命を果たすことが出来たという満足感というか、よくわからないけど凄く嬉しかった。
気が付けば俺の頬は緩み、満面の笑みを浮かべていた。
感想ありがとうございます。
 




