第百三十七話:奇襲
夜、俺は妙な暑さに目を覚ました。
起き上がって耳を澄ませてみると、なにやらぱちぱちと音がする。
何事かと思って天幕の外に出てみるとそこには天幕に刺さる無数の火矢があった。
「な、何事なの!?」
起きたらいきなり陣地が燃やされている。そんな状況になれば誰だって驚くことだろう。
しかも、まだ火矢が放たれてから間もないのか、他に起きている人はいない様子。
これはまずい。早くみんなを起こさないと。
「と、とりあえずシリウス、いや、アルマさんを……」
俺の天幕にはアルマさんが一緒に寝ていた。
本当はシリウスも一緒にと思ったんだけど、なぜかシリウスは辞退して別の天幕に行ってしまった。
なんでだろうね?
まあ、それはいいとして、今から火を消し止めるのは無理がある。
【クリエイトウォーター】で水を出すことはできるが、ここまでたくさん火矢を撃ち込まれては範囲が広すぎる。
陣地は捨てるしかないだろう。そして、こうなった以上、敵はすぐ近くにいるはずだから戦うことになると思う。
報告では、敵が来るのは少なくとも明日以降のはずだったのになぜ……。
「アルマさん、起きるの!」
「んっ……アリス? どうしたの?」
俺は素早く天幕に戻り、アルマさんを叩き起こす。
寝ぼけたように目をこすっていたが、俺が外の様子を見せたらすぐに状況を理解したらしく、すぐさま近くに置いてあった杖を手に取っていた。
「奇襲?」
「どうやらそのようなの。私はシリウスと将軍達を起こしてくるから、アルマさんは他の兵士達を起こしてきてほしいの」
「わかったわ」
俺の言葉にすぐさま動き出すアルマさん。
それにしても、この時点で奇襲をかけてくるってことは、こちらがここに陣取っていることを知っていたんだろうか。
いや、確かにここに陣地を構えたのは昼間だし、その間に偵察を出していたなら奇襲できないこともないだろうけど、手際が良すぎないか?
火矢なんて、ほとんど使わないだろう。敵は鉄の鎧を付けているのだから普通の矢を使っても同じことだろうし、攻城戦においても城を全焼させてしまっては後々損をするのはあちらなのだから使う意味は薄い。
せいぜいやるとしたら、こうして陣地を火攻めにして敵をあぶりだすことくらい。そのためだけに火矢を用意したのだとしたら、相当な気合の入れようだ。
火をつけるための油なんて重いだろうに。それとも、近くの町から搾取してきたのだろうか?
だとしても、こうして陣地が築かれているとわかっていなければ持ってこなそうだけど。
「シリウス! 起きてるの?」
「ああ、さっき起きた。こりゃひでぇ状況だな」
シリウスはすでに起きて他の天幕に向かおうとしていた。
火矢一本一本の火は小さいが、なにせ大量に射かけられているので火の回りは早い。
すでに一部の天幕は燃えてしまって、中にいた兵士がやけどを負ってしまっているようだ。
とりあえず、さっさとここを離れないとまずい。
装備の大半を捨てていくことになるけど、死ぬよりはましだろう。
本当にやってくれる。
「とにかく、みんなを起こそう」
「わかってるの。手分けしてみんなを起こして、ここを離脱するの」
こうしている間にも、火は回っていく。
流石に、ここまで火が回ると他の人も異変に気付いたのか、騒ぎ声が聞こえてきた。
「みんな、早く起きるの! 離脱するの!」
「し、しかし、装備や兵糧は……」
「ここは捨て置くしかないの。命優先なの」
装備もそうだけど、兵糧もダメか。
兵糧に関しては馬車に積んであるからワンチャンあるかと思っていたけど、どうやらそちらはいち早く燃やされた上に、馬まで射殺されている様子である。
徹底的にこちらを追い込む算段のようだ。これでは、逃げても敵の後続に追いつかれて各個撃破されるだろうな。
「将軍、殿は私が勤めるの。先頭は任せたの」
「陛下お一人で時間を稼ぐおつもりですか? それは流石に無謀では……」
「大丈夫、シリウスもついてるの。だから、まずは態勢を整えることを重視してほしいの」
「わ、わかりました。ご武運を祈ります」
攻め落としてしまえと意気込んでいた将軍達も、流石に死にたくはないのか、すぐに従ってくれた。
このまま逃げてもやられるのなら、ここで少しでも数を減らしてやらなければならない。
今までに考えていたプランでは、こちらが先んじて攻撃し、数を減らした状態で兵士達に戦闘を任せるつもりだった。
しかし、こうして先手を取られてしまった以上、兵士達を戦力として見ることはできない。
であれば、俺がほぼ全滅させるくらいの勢いで行かないと無理だろう。
なんとしても、兵士達を守らなければ。
「アリス、みんな起こしたわ!」
「ありがとうなの。アルマさんはみんなと一緒に撤退するの。火傷した人達の治療は任せるの」
「わかったわ。アリスはどうする気?」
「私はここで時間を稼ぐの。大丈夫、死ぬ気はないの」
「そう……気を付けてね」
アルマさんは一瞬立ち止まったけど、すぐに走り去っていった。
さて、天幕はほとんどが燃え落ち、残されているのは多少燃え残った残骸とそれに埋もれる鎧や剣など。
まあ、逃げる際に剣などの武器類は多少持っていったようだけど、流石に鎧はつけている暇はなかったのか、ほとんどが置いていかれてしまった。
馬車が使えればそれを使えばよかったんだけど、それも念入りに潰されているようだし、着の身着のまま逃げるしかない。
ここまでやっておいて、追撃しないってことはないだろう。いくら夜で視界が悪いとはいえ、確実に追撃してくるはずだ。
実際、平原の先を見てみれば、松明らしき明かりが見える。さっきまでは見えなかったけど、多分攻めるにあたって明かりを灯したんだろう。
本来であれば、ここまではまりにはまった奇襲をかけられたら総崩れもいいところだが、今回は俺やシリウスがいる。
絶対に突破させてなるものか。
「シリウス、緊張してるの?」
「まあ、ちょっとな。でも、そこまで動揺はしていない」
俺が人を射るのに躊躇がなかったように、シリウスもまたあまり動揺はしていない様子。
熟練冒険者は、というよりは、冒険者全般がそう言う認識なせいなのだろう。
元の世界だったらやばい奴だろうが、この世界だったら特に気にならないと思う。もちろん、手当たり次第に人を攻撃するようなら別だけど。
「私の守りの要はシリウスなの。頼りにしてるの」
「任せとけ。アリスには指一本触れさせねぇよ」
そう言って剣を構えるシリウス。元は攻撃できない【アコライト】だったとは思えないほど頼もしい背中だ。
俺は弓を構える前に、【収納】から手作りの魔石を取り出す。
シリウスのことは信頼しているが、壁は多い方がいいからな。ここは惜しまずに使わせてもらう。
【ゴーレムクリエイト】。俺がそう心の中で念ずると、周囲に無数のゴーレムが現れた。
素材となったのは魔石と、そのあたりに落ちていた装備を含む土である。
防御を考えると石がいいけど、流石にそんなに持ってこれないからな。土なら現地調達できるし、多少脆いとはいえ壁くらいにはなるはずである。
それに、鉄の装備を混ぜ込んだからそれなりに硬くはなっただろう。
「さあ、迎撃を始めるの」
ゴーレムを前に立たせ、弓を構える。
ここまでしてくれたつけは払ってもらうぞ。
感想ありがとうございます。




