第百三十六話:陣地形成
拠点にする予定の丘には意外と早く着くことができた。
まだ敵の姿は見えないので、陣地を構える時間ができたのはありがたい。
問題なのは、敵がちゃんとこのルートを通ってきてくれるかどうかだけど、偵察に行かせた斥候の話によればきちんとこの道を通ってきているようなので多分問題はないだろう。
天幕を張り、陣地を整え、少し休憩。
予想が正しければ、明日にでも見えてくるはずだけど、果たしてどうなることやら。
「いよいよだな」
「うん。ちょっと緊張するの」
「人を撃つのは慣れたか?」
「慣れてはいないけど、そこまで動揺しなかったの」
「そうか。俺も似たような感覚があるから、設定が反映されてるんだろうな」
俺達中の人の性格ではなく、キャラクターの方の設定。
熟練冒険者にとって、敵は魔物だろうが人だろうが容赦なく倒せるものなんだろうか。
確かに、『スターダストファンタジー』の世界観からして、盗賊やら悪徳貴族やらの人が敵になることは珍しくない。
普通にプレイしているならば、敵ならば倒してしまおうと考えるだろう。
それはどちらかというとプレイヤーの思考のような気がするが、それが当たり前となっているなら、キャラクターの方もそう言う価値観を持っていても不思議はないのだろうか。
ある程度の世界観は決められているとはいっても、結局設定を決めるのはプレイヤーだ。だったら、プレイヤーが思う設定が反映されるのは普通なのかもしれない。
「似たようなって、シリウスも何か思い当たることがあるの?」
「まあな。何というか、生きるのに必死になったというか、諦めが悪くなった気がする」
「それは普通じゃないの?」
「その根幹が違うんだよ。俺が死にたくないのは、お父さんの死の真相を知るまでは死ねないってことだからな」
シリウスのキャラ設定には、冒険者である父がいて、それがいつの日か謎の死を遂げた。だから、シリウスはその死の真相を知るべく冒険者となり、世界を旅しているというものがある。
一応言っておくが、シリウスこと冬真の父親は普通に生きている。だから、ここで言っているのはあくまでシリウスの父親だ。
それが普通に口を突いて出るのだから、設定の力は強いのかもしれない。
「カインやサクラは今頃どうしてるんだろうな」
「さあ……。あ、でも、カインについては少し手掛かりを見つけたの」
「ほう?」
俺は【収納】からフレイムソードを取り出す。
城にやってきた行商人、シェーラングさんから購入したもの。話によると、アルメリア王国というところでたまたま拾ったものらしい。
拾われた状況的に、魔物と戦っていた騎士の誰かが持っていたものだと思われるけど、そこで騎士は全滅しているようだ。
しかし、キャラシを見る限りはカインは生きており、その中にカインはいなかったということは確定している。
カインがどういう経緯でフレイムソードを手放すことになったかはわからないが、少なくともカインがそのアルメリア王国の近くにいたかもしれないというのは確かだ。
だから、できることならこの戦争が終わり次第、アルメリア王国に行って見るつもりである。
「なるほどな。ただの火属性の剣だけど、この世界では魔剣扱いか」
「そうらしいの。今はショートソードを持っているみたいだけど、どうしてそうなったのかが気になるの」
「攻撃手段がなかった俺はともかく、カインは普通に前衛だろ? 誰かに襲われて奪われたとか落してしまったっていうのはないと思うが」
カインのクラスは【ナイト】。役割的にはタンクで、敵の攻撃を受け、味方を守りながら戦う前衛だ。
基本的なスキルである【カバー】に加え、攻撃の威力を上げる【スマッシュ】や、相手の防御を崩し、防御無視のダメージを与える【シールドバッシュ】なんかのスキルを持っていた気がする。
どちらかというと盾を重視した守り寄りの構成だった気がするけど、それだとメインアタッカーがサクラだけになってしまうので攻撃もできるように色々火力を上げるスキルを取っていたはずだ。
ステータス的に、この世界でなら多分25~30くらいのレベルに相当するだろうし、それは国の騎士レベルだ。
それだけの能力があるなら、不意打ちでもされない限り倒されることはないだろうし、仮に不意打ちされたとしても防御力が高いから一撃で倒されるってことはないだろう。
誰かに襲われて落したってことはないと思う。
「なら、やっぱり売ったとか?」
「まあ、金に困ってたのは確かだと思うからそれでもおかしくはないと思うが……それなら冒険者になればいいだろう? あいつ成人してるし」
「だよねぇ。私もそれが気になってたの」
確かに、魔剣と呼ばれるほど凄い剣なら高く売れることだろう。しかし、いきなりこの世界に来て、右も左もわからない状態でいきなり武器を手放すだろうか。
すぐにランクの低い武器を買いなおすにしても、当然攻撃力は落ちるだろうし、不意に襲われた時にどうにもできなくなる可能性が上がる。
俺だったら、剣は取っておいて冒険者になり、それで魔物でも倒しながら稼ぐだろうな。
俺だって、年齢制限がなければ普通に冒険者になってるだろうし。
「いや、あいつなら何とかなるかぁ、とか言って売る可能性も……」
「まあ、確かに……」
カインは何というか、凄くマイペースというか、あんまりこだわらない奴だ。
いや、これはカインというよりは中の人である夏樹の性格だけど、「お金がないならこれ売ればいいんじゃね?」とか言って普通に売る可能性もなくはない。
ただ、これは中の人の性格なので、設定が強く反映されているならどうかわからない。
カインの設定ってどんなのだっけ?
「カインは確か、味方には甘いけど、敵には騎士道精神溢れるまさに騎士って感じの設定だった気がするけど」
「騎士にとって剣って大事なの?」
「そりゃ大事だろ。騎士は剣に誓いを立てるんだろ? よく知らんけど」
騎士道がどういうものかはよく知らないけど、確かに剣を大事にしていそうである。
だとしたら、安易に売るのはおかしな話か? よくわからなくなってきた。
「まあ、どんな理由で剣を手放したとしても、生きてることに変わりはないだろう? だったら、そのアルメリア王国とやらで手掛かりを探すしかないだろうよ」
「やっぱりそうなるの」
すでに俺がこの世界に来てから一年は過ぎてしまっている。
カインがどんな境遇にいるかはわからないけど、それだけの間生きているってことは、何かしら衣食住は確保できているのだろう。
まあ、最悪ホームレスみたいな生活してるかもしれないけど、一応は剣を装備しているし、それを使って稼ぐこともできるだろうから、多分そこまで酷い生活はしていないと思う。
今はカインの無事を信じて、後で調べてやればいい。今は、目の前の敵に集中しなくては。
俺は明日に来るであろう襲撃に備えながら、体を休めることにした。
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