第百三十話:蹂躙
「悪いけど、それは許容できないの。本当はやりたくないけど、あなた達は殲滅させてもらうの」
「交渉決裂のようだな。後悔しても知らんぞ」
ナバルさんは片手を上げて何やら合図を出す。その瞬間、山の方から矢が飛んできた。
まあ、撃ってくるだろうなとは思ったけど、まだナバルさんとかもいるのに誤射とか考えないんだろうか。
それほど腕がいいのか、それとも何も考えていないのか。まあ、どっちにしても問題はないけどね。
「何っ!?」
矢はほとんどが俺の体に命中するコースだったが、当たる寸前に何かに弾かれて落ちて行った。
なんてことはない。ただ【プロテクション】によってバリアを張っただけだ。
【プロテクション】は【アコライト】の基本的なスキルの一つで、ダメージを受ける時にそのダメージを軽減する効果がある。
それに加えて、俺が今着ているのはアリスがいつも着ている冒険者装備。これらは終盤の装備だけあって見た目にそぐわず防御力も高いので、それも合わせればダメージはほぼ無効化できる。
まあ、クリティカルダメージならもしかしたら入るかもしれないけど、そんなの滅多にないだろうし、あったとしても即死するダメージは絶対に出ないだろう。
まあ、流石に顔とかに向かってきた矢は一応避けたけど、結果として、矢は俺を傷つけることもできずに、ただ地面に落ちるだけだった。
「な、何をした!?」
「ただ防いだだけなの。ギャーギャー喚かないの」
俺は落ちた矢を拾って状態を確認する。
矢は何本かあったが、大体はバリアに弾かれた時に折れてしまったらしく、ほぼ真っ二つになってしまっている。
しかし、バリアに直接当たらなかった、少し外れた矢は地面に突き刺さっており、それはそこまで状態は悪くなかった。
これならまだ矢として使えるだろう。こちらの矢も少ないし、こうやって節約していかないとね。
「さて、それじゃあ反撃するけど、当たり所が悪くて死なないことを祈るの」
「くっ、奴を拘束しろ!」
ナバルさんは近くにいた兵士にそう命令するが、一矢放つだけだったらそれよりも早い。
しかし、これだけの至近距離だと【アローレイン】では対処できないので、ここは普通に矢を放つことにする。
「【手加減】はしているの。動かなければ、すぐには死なないと思うの」
迫りくる兵士に矢を放ち、さらに【ラピッドショット】によって追撃を放つ。
近くにいた兵士は悉く倒れ、残るはナバルさんだけとなった。
「この距離で弓に負けるだと……? 馬鹿な……」
「状況は理解できたの?」
「くっ、ま、まだだ! すでに退路は断ってある。本陣の部隊を連れてくれば……」
「わかってないようで残念なの」
俺は追い打ちと言わんばかりに矢をつがえ、上に向かって放つ。
【アローレイン】は本来敵をターゲットに放つものだが、何もターゲットは生き物である必要はない。本陣に広がる天幕だって狙うことができるのだ。
降り注ぐ無数の矢。それによって、天幕はズタズタに引きちぎられていく。
中やその近くにいた兵士達は何事かと逃げまどい、その過程で矢の餌食になって行く。
響き渡る悲鳴。崩れ行く陣地。まさに阿鼻叫喚と言ったところだろうか。
「そんな、馬鹿な……」
ほんの一瞬の間に、本陣は壊滅した。
聞こえるのはほぼ致命傷の傷に呻く声のみ、生き残るのはナバルさんと、退路を断つために背後に回った十数人程度だった。
「なんか、あんまり動揺しないの……」
道中の部隊を壊滅させたときもそうだったが、敵の傷を見てグロいとは思うものの、特に動揺して心乱されるということはなかった。
これが魔物が相手なら、アリスの設定もあるし納得もできるけど、人に対してもそうだと考えると、アリスは敵が相手なら非情に殲滅できるということなのだろうか。
あるいは、そう言うグロいシーンに慣れていて、いちいち心動かされないだけなのか。
どちらにしても、普段の俺だったら耐えられないような気がする。
人を相手にしても普通に行動できるのはメリットかもしれないが、同時にデメリットでもあると感じた。
「降伏してほしいの。これ以上続けると助かる命も助からないの」
「ぐ、ぬ……わかった、降伏する」
ナバルさんはその場に膝をつき、降伏を受け入れた。
兵士約500名。それをたった一人の手によって壊滅させられたのだから、衝撃も大きいだろう。
まあ、即座に森に逃げたり、山の陰に隠れたりされたら危なかったかもしれないけど、あちらが有効な先手を取れなかった時点で勝ちは決まっていた。
不運な事故だったと思って諦めてほしい。
「今から治療するから、ナバルさんは確認をお願いするの」
「治療? あなたは【治癒魔法】も使えるのか?」
「まあ、似たようなものなの。早くしないと死んじゃいそうだから、急ぐの」
「あ、ああ、わかった」
俺は本陣に入り、兵士達を【エリアヒール】で治療していく。
みんな矢が刺さっていて抜くのが大変だったけど、【手加減】の影響なのか、みんなあんまり深く刺さっていなかったので矢尻を体内に残すこともなく、普通に抜くことができた。
まあ、抜く度に悲鳴を上げられたので、かなり痛かったんだろうけど、それは我慢してもらうしかない。
そう言うのを考えると弓で【手加減】するのはちょっと難しそうだけど、範囲攻撃の手段がこれだけだから仕方ないよね。
そのうち近接の手段も考えておこうかな。経験値も余ってるし。
「これほどの【治癒魔法】を持っているとは……どうやらあなたが王になったのは偶然ではないようだ」
「いや、それは偶然なの。私は別に王様になりたくてなったわけじゃないの」
「しかし、ヘスティアの王はその代の王に勝たなければなれないはず。アリス王、あなたはあのファウストに勝ったのでは?」
「まあ、勝ったけど、あれは成り行きなの。ほんとはそのままファウストさんに王様を続けてほしかったの」
「なにやら複雑な事情があるようだな」
ファウストさんがあんな頑固じゃなければ話は簡単だったのにね。
いやでも、もし今もファウストさんが王様だったとしたら、アラスが参謀として協力しなくなった以上、普通に負けるのかな?
なんか、馬鹿正直に敵の真ん中に突っ込んでいって、罠にはまって死んでいく未来が見える。
それでも、【格闘術8】なんて化け物だから多少は善戦すると思うけど、やっぱり数の暴力には勝てないよね。
数を相手にするんだったら、こちらも数を相手にできる術を身に着けないと。
「それにしても、何で攻撃してこなかったの?」
「その理由を明かすことはできん。戦争はまだ続いている。ここからヘスティアが負ける可能性も十分にある」
「尋問してもいいけど?」
「尋問でも何でもするがいい。俺は絶対に喋らんぞ」
どうやら何か理由がある様子ではあるが、語る気はない様子。
まあ、ここにいたのはどう見ても本隊ではなかったし、どこかで本隊が戦っている限りは負けを認めることはないだろう。
問題は、その本隊がどこにいるかなんだよな。
結局、まだどこからも敵襲があったと連絡はないし、敵が見えたのはここだけだ。
わざわざ兵士を集めていた北もそうだし、奇襲の可能性が一番高い東の森も来ないというのはおかしな話だ。
となると、これはもうどこか別のルートを取っていると考えた方がよさそうである。
もし、俺が想定していないルートで敵が来ていると仮定すると、かなりやばい状況だ。
兵力は予想を立てた三か所に集中的に送っているだけで、他のところは現地で働いている兵士しかいない。
そんな少数では本隊は止められないだろうし、容易に制圧されてしまうだろう。
とりあえず、ここを調べて、何か手掛かりがないかを調べてみるしかないかな。
俺はナバルさんと共に一度待機させていた兵士を呼びに行き、陣地を制圧する。
さて、何か見つかるといいけど。
感想ありがとうございます。
 




