第百二十五話:行軍
森外ルートにある砦まで馬車で一週間ほどではあるが、流石にここまで大量の兵士を連れ、さらに物資も大量に輸送しているとなるともっと遅くなる。
これでも、全兵力の一割ほどではあるけど、他の場所も同じくらいの時間がかかるんじゃないだろうか。
非常にゆっくりなので、自前の速さに慣れていると相当遅く感じる。
あまりに暇すぎて、馬車の中で大あくびをしてしまうほどだ。
「なんか、ここまで暇だと本当に戦争に行くのか実感が湧かないの」
まあ、俺は馬車に乗っているからまだ楽だけど、他の兵士達は徒歩が大半で、しかも鎧を着ているとなればかなり大変だろう。
その上、今は夏真っただ中。照りつける太陽はただ歩いているだけでも体力を奪っていくし、兵士達にとってはこれこそが地獄だと思う人もいそうである。
なにか冷やしてあげられるものでもあればいいけど、そんな都合のいいスキルはない。いや、探せばあるかもしれないけど、今はそんなの取ってないので無理だ。
せいぜい、新しく覚えた【クリエイトウォーター】というスキルで水を供給するくらいなものである。
まあ、夏で水分の消費が激しい今だったらかなり有用なスキルだとは思うけどね。
「なんだって俺達がこの部隊なんだ……」
「仕方ないだろ。あんなのとは言え、陛下には違いない。平民の俺達は肉壁になれってことなんだろ」
「まあ、子供を守るためというなら吝かではないが、ファウスト陛下を不意打ちで倒した卑怯者を助けると考えるとなぁ……」
「せめてファウスト陛下のいる部隊だったらよかったのに」
ぼーっと窓を眺めていると、そんな声が聞こえてくる。
この部隊は、正規兵が100人ほどで、残りはすべて徴兵によって集められた平民兵士だ。
あらかじめ、どの部隊がどこに行くのかは説明したし、それによって俺達が行くのが激戦区である南東で、さらに部隊の数が一番少ないとなれば、不満に思う人も多いだろう。
もちろん、これは色々と考えた結果の采配ではあるけど、詳しい事情を知らない平民達からしたら、素人が適当に配置した結果、一番大事なところがお留守になってしまった、と取られてもおかしくない。
実際、采配が素人なのは事実だしね。俺に戦争の定石を求められても困る。
当然ではあるが、俺は彼らを肉壁にしようなんて考えていない。プランとしては、彼らには砦に籠ってもらい、籠城戦をする予定だ。
物資は多めに運んでいるし、すでに砦にため込まれている分もあるから、全く供給がなくても一か月くらいは籠城できるだろう。
俺の目的は、敵を殲滅することではなく、敵を降伏させることだ。
だからこそ、仮に俺がいなくなったとしても耐えれるようにしているつもりである。
まあ、仮に俺が離れるとしたら、敵をある程度返り討ちにした後だと思うけどね。不意打ちでもされなければだけど。
「それにしても暑いな」
「休憩はまだか? もうかなり歩いてると思うが」
「まだ出発してから三十分程度だ。まだまだ先だろうよ」
やはりというか、暑さのせいで早くも参っている兵士が出ている模様。
一応、みんなには水の入った革袋を渡してあるのだけど、それはもう使い切ってしまったんだろうか。
なくなったらすぐに言うように言ってあるけど、流石に行軍中に言い出すことはできないのか、我慢して歩いているようである。
こうして兵士を行軍させるのは初めてだけど、移動だけでも大変だな。
「ちょっと休憩するの」
出発したのが昼過ぎだから、一番日差しが強い時間帯だ。
これは俺が出発させた時間が悪いだろう。すぐに消耗してしまうのも当然だ。
俺は御者に声をかけ、そこから部隊を指揮する将軍へと休憩する旨を伝えてもらう。
兵士達は意外と早い休憩に驚いた様子だったが、すぐに指示に従い、休憩の準備に入った。
「みんな、水がなくなった人は集まるの。補充するから」
「陛下、水であれば輜重部隊が運んでおりますが」
「それは水浴びなんかの大量に水を使う時に使うといいの。ただの飲み水にいちいち使ってたらすぐになくなるの」
俺がいくらでも水を出せるとは言っても、流石に水を全く持ってこないなんてことはしない。
まあ、水は重いし嵩張るからできる限り持っていきたくない気持ちはわかるけど、もし俺がいなくなってしまったり、スキルが使えない状態になってしまったら一気に干上がることになる。
何事も、準備は念入りにしておかなければならない。運ぶのは大変だろうけど、輜重部隊には頑張ってほしい。
「遠慮しないで集まるの」
「じゃ、じゃあ……」
ほとんどの平民達は訝し気に顔を見合わせているだけだったが、正規兵の何人かが水を貰っているのを見て、恐る恐ると言った様子で近寄ってきた。
すでに数ヶ月も一緒に訓練してきた兵士達はともかく、平民達はまだ俺のことをほとんど知らないだろうからね。
ちょくちょく町に出ているけど、多少収まったとはいえ俺の悪口はよく聞こえてくるし。
「ふぅ、生き返る……」
「陛下は水を出せるのか。確かに便利ではあるが……」
「あまり王らしいスキルとは言えないな。攻撃にも使えるというなら別だが」
「でも、陛下がいなかったら途中で水がなくなってるかもしれないし、こうして水を飲み放題ってだけでもありがたいじゃないか」
この世界にも【クリエイトウォーター】に似たスキルはあるらしい。
だけど、それを持つのは一部の冒険者などで、特にこの国ではあまり必要とされていないようである。
すっごく便利だと思うけど、やはり直接戦いに関係ないというのが響いているのだろうか。
戦う前に干上がっては意味がないとは思うけど、王様には直接的な強さの方が好まれるのかもしれない。
まあ、それに関しては正規兵の方はよくわかってくれていると思うけどね。何度か実力も見せたし、あまり悪く言ってくる人はいない。
平民達ともいつかきちんとわかり合えたらいいんだけどな。
「さて、休憩はこの辺にして、進むの」
「はっ、かしこまりました」
十分休憩を取ったところで、出発する。
多少日も落ちたし、さっきよりは日差しの影響は少なくなっていることだろう。
それでも暑いことに変わりはないと思うが、どうか我慢してほしい。
俺が歩いて将軍達を馬車に入れるとかでもいいけど、流石にそれはできないしね。一応王様なわけですし。
「他の部隊は大丈夫なの?」
この調子だと、水が大量に使えない他の部隊はかなりの地獄だろうな。
もちろん、そのために輜重部隊が水を運んでいるわけだけど、この暑さの中決まった量しか飲めないというのは辛いだろう。
あらかじめ多少の物資は送っているから、着けば定期的な補充はできるだろうけど、それまではね。
ファウストさんがいる部隊はともかく、もう一つの部隊は士気も低いだろうし、かなり心配だ。
任務を放棄してその辺で道草食ってなきゃいいけど……。
そんな不安を覚えながら、馬車に揺られていた。
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