第百二十四話:出発
ひとまず、兵士達の移動を開始する。
ほんとはしたくないけど、徴兵もして、物資の運搬などを任せた。
食料や武器なんかはナボリスさんがすでに準備してくれていたので、そこまで量は多くならない。輸送で足が遅くなるとしても、一か月もあれば辿り着くことができるだろう。
条約の期限まで残り一か月ちょっと。そう考えると動き出すのが遅かった気がしないでもないが、悩ましい報告もあったことだし、これは仕方のないことだと思う。
結局、城の防衛に三割ほど残し、残りは北の森と東の森に重点的に置くことにした。
砦のある森外ルートには俺が出向き、ファウストさんを奇襲の可能性が高い東の森へ配置。シリウスは言ったとおりに城で待機だね。
俺が人を相手に弓を射れるのかという問題だけど、一応解決策は見つけた。
これなら少なくとも相手を殺すことはないし、無力化もできると思う。
まあ、実際に使ったことはないから本当に死なないようにできるのかわからないのが怖いけど……。
それは言っても仕方がない。なるようになると信じよう。
「それぞれの近くの町の人の避難はどうなってるの?」
「それに関してはすでにお触れを出しております。まあ、家を手放したくないという一心で残る者もいるとは思いますが、概ね避難はできるかと」
「ああ、そう言う人もいるの……」
確かに、戦争で避難しなくちゃいけないってことは、そこが戦場になるかもしれないってことだ。
そうなれば、当然ながら略奪が行われるだろうし、家を空けていようものなら家の中のものは根こそぎなくなっていてもおかしくはない。
それが敵によるものならまだ敵を恨むこともできるだろうが、場合によっては味方の兵士によって略奪が行われるかもしれないわけだし、それをわかっていて、且つ家財を持ち出す余裕のない人は家に残って守ってやるって考える人もいるのかもしれない。
あるいは、町に愛着があって、ここで死ぬなら本望だって人もいるかもしれないね。
できればそういう人達も保護したいけど、正直そこまで面倒見ていられない。できる限り、町の中が戦場にならないように頑張るしかないだろう。
「とりあえず、避難する人の受け入れ先の確保はしておくの」
「それは既に確認しております。よほど攻め込まれない限りは安全な場所でしょう」
「ならいいの」
徴兵しておいて非戦闘員を心配するのはどうかと思うけど、そうでもしないと連合の兵士に対抗できない。
平民兵士はほとんどずぶの素人だけど、数がいると示すだけでも意味はある。
それに、指揮を執る正規兵達はそれなりに強くなったし、弱くても立ち回りで何とか出来ると信じたい。
弱いと言っても、この国の国民なら、普通の人よりは強い人は多いだろうしね。
「宮廷治癒術師は連れていかれないのですか?」
「連れて行きたい気もするけど、即戦力で役に立つ二人は最終防衛地点で待機していてほしいの」
宮廷治癒術師はシリウスとアルマさん以外にもいるが、いずれも即座に傷を治せるだけの技量はない。いや、この世界ではそれが普通なわけだから当然なんだけど。
もちろん、多少の傷であればすぐに治せるだろうけど、そんな傷ばかりなわけがないし、連れて行ったところであまり意味はないと思う。
まあ、それでも命をつなぎとめるくらいはできるかもしれないから、ある程度は連れていくけどね。
でも、シリウスとアルマさんの二人は傷を即座に治せるから、本当なら最前線に連れて行ってもいいとは思うけど、シリウスは一応代わりを用意できたとはいえ、足があれだし、アルマさんはまだ子供だ、あまり前線には連れて行きたくない。
連れて行った方が士気は高くなりそうだけど、それに頼りすぎて無茶な行動されても困るし、それならいっそ連れて行かないのも手だろう。
「陛下はどちらへ行くのですか?」
「南東へ。そこの砦で待ち構えるの」
俺が行くのはさっきも言ったが森外ルートの砦だ。
まだ宣戦布告はされていないけど、多分着く頃にはされてるんじゃないなぁと思う。
本当は砦の先にある狭路で奇襲をかけたいけど、よくよく考えたら今回はできることなら和解を望んでいるわけだし、あまり奇襲をして恨みを買うのはよくない気がする。
もちろん、そこを利用されたら困るから兵士を配置はするけど、手を出されない限りは攻撃しなくていいんじゃないかな。
「かしこまりました。私は行くことができませんが、陛下の無事の帰りを祈っておりますよ」
「まあ、死なない程度に頑張るの」
ナボリスさんには俺がいない間の城の管理を任せることになる。
俺が城から離れている間に城に侵入されても困るし、一応俺の代理ってことで指揮権を握ることになるだろう。
実際に動くのは兵士達だろうけどね。ナボリスさんは戦争向きの人ではないし。
「それじゃ、行ってくるの」
「お気をつけて」
ナボリスさんに留守を任せ、俺は兵士達と一緒に出発する。
流石に、今回は走って移動することはせず、馬車に乗って移動する。
あの移動方法は俺しか使えないだろうしね。
まあ、シリウス辺りはレベルが上がればついてこられるかもしれないけど、今のところは無理だろう。
馬車って揺れて尻が痛くなるからあんまり好きじゃないんだけどね。贅沢は言ってられないけど。
「アリス!」
と、入り口に止めてある馬車に乗り込もうとした時、不意に声がかけられた。
振り返ってみると、そこにはシリウスとアルマさんの姿がある。
どうやら、お見送りに来てくれたようだ。
「二人とも、見送りに来てくれたの?」
「まあな。いよいよ本番だし、不安がってるかもしれないと思って」
「アリス、本当に私達を連れて行かなくていいの? もし怪我でもしたら……」
アルマさんはそわそわと落ち着きがない様子。
どうやら、今回の戦争で早速出番があると思っていたらしい。
そんな出番来ない方がいいに決まっていると思うけど、アルマさんは俺のためとあらば命を捨てる覚悟すらしていたようだった。
そこまで慕ってくれるのはありがたいけど、命は大事にしないとだめだよ。
「大丈夫なの。アルマさんも、私の実力は知っているでしょ?」
「それはそうだけど……」
「ちゃんと無事に戻ってくるの。だから、私がいない間、城は任せるの」
最悪、戦争に負けて城が乗っ取られたとしても、それはそれで構わない。
アルマさんやシリウス達が無事であれば、俺はこの国を捨てて逃げ出すことになるだけだ。
もちろん、王様になった以上はそんな無責任なことはしたくないけど、最悪のパターンを想定したらそうなるかもしれない。
そうならないためにも、二人には城の防衛を任せたいね。
「任せておけ。仮に本隊が攻め込んできたとしても、城を落とさせはしねぇよ」
「約束したからね? 絶対無事で戻ってきてよ」
「もちろんなの。それじゃあ、行ってくるの」
俺は二人に別れを告げ、馬車に乗り込む。
これからしばらくの間、二人に会うことはできなくなるのが少し寂しいが、今生の別れというわけにはならないと思うし、きっと大丈夫だろう。
俺は無事に勝てることを祈りつつ、馬車の窓から二人に向かって手を振った。
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