第百十六話:心を入れ替え
熱は一日寝たら引いていった。
元々疲れていたのが原因だったっぽいし、ぐっすり眠ったおかげで体が回復してくれたのだろう。
【治癒魔法】をかけてくれたのもよかったのかもしれない。あれは体の治癒能力を高めさせる魔法だから、回復能力が上がっていたのかもしれないね。
そんなわけで、次の日には訓練場に戻ってきたんだけど、そうしたら兵士達が一斉に頭を下げてきた。
いったい何事かと思ったんだけど、どうやらファウストさんが原因らしい。
俺が倒れた際、ファウストさんにもそのことは伝わったのだが、ファウストさんはすぐにそれが過労によるものだと気づいたらしい。
自分も昔は同じようなことをした経験があるらしく、やる気がある人間には珍しくないことのようだ。
しかし、同時に兵士達はそんな兆しは見えず、それどころか少し走り込んだ程度で疲れたと言って休み始める姿を見て、頭に来ていたようである。
俺が倒れたことをきっかけに、「アリスがこれだけ頑張っているのに碌に訓練しない貴様らはなんだ!」と一喝し、一部努力していた将軍達もそれに賛同し、徹底的に兵士達の意識を改めたようだ。
その結果、今までさぼっていて申し訳ありませんでしたとこうして謝ってきたわけである。
なんというか、予想外のことで硬直してしまったが、やる気になってくれたようなので結果オーライと言えるだろう。
これからは、無理をしない程度に頑張っていこうと思う。
「とりあえず、クレイゴーレムを作ってと」
ひとまず、材料はあるのでゴーレムを量産してく。
【ゴーレムクリエイト】のスキルだけど、【ポーションクリエイト】の時と同じくポンとすぐにできる。
素材がすっと消えて、代わりにその場にゴーレムが突如出現すると言った感じだ。
これだけ簡単にできるのなら、魔石だけ持ち込んで、現地で地面の土を利用してゴーレムを作れば、奇襲としても使えそうではあるね。
まあ、クレイゴーレムはかなり脆いから、強襲するにはちょっと弱いけども。
「これは、泥のゴーレムでございますか?」
「うん。これなら手が痺れたりしないでしょ?」
「我々の意見を考えていただけるとは、ありがとうございます」
ゴーレムの量産にはそこまで時間はかからない。訓練用に複数体用意したとしても、壊れなければ問題はないだろう。
まあ、壊すことを前提としているので完全に目を離すことはできないけど、まあその時はすぐに追加してあげればいい。
「アリス、もう体はいいのか?」
「ファウストさん。うん、もうなんともないの」
心配してきてくれたのか、ファウストさんがやってきた。
ファウストさんは訓練メニューをこなしつつ、自主練も欠かさない人だから安心して見ていられる。
ファウストさんなら、他の場所の監督を任せてもいいかも?
「ファウストさん、ちょっと頼まれてほしいの」
「なんだ? 何でも言ってくれ」
「私はこうやってゴーレムを作るから、このゴーレム達を他の部隊のみんなのところに連れて行って、訓練させてあげてほしいの」
俺は早速人に頼ることにする。
俺だけだと相手にできる人は少ないが、ファウストさんにゴーレムを預けて他の部隊の監督をしてもらえれば、効率はさらに上がることだろう。
兵士達も心を入れ替えた今、信頼できるファウストさんの言葉なら素直に言うことを聞くだろうし、これを機にペースを上げるのがいいと思う。
「そんなことか。任せておけ」
「ゴーレムにはファウストさんの命令を聞くようにしておくの。戦えって命令すれば勝手に戦ってくれると思うの」
「では、数体借りていくぞ。壊しても構わないんだよな?」
「それはもちろんなの。むしろどんどん壊してほしいの」
「それを聞けて安心した」
そう言って、ファウストさんはゴーレムを引き連れて去っていった。
よし、この調子でどんどん訓練を続けていこう。
それから一か月ほど経過した。
ゴーレムを用いた訓練はこの世界にしてはかなり効率がいい方法らしい。
確かに、経験値量的には大したことはないが、なにせ補充が簡単だ。
今まで実戦で経験値を稼ぐと言えば、森か何かに籠って魔物を狩り、地道に稼いでいくしかなかったが、そのためには食料や水などの物資を始め、野営のための道具やら何やらが必要になってくる。
マリクスの町のように日帰りで森に行けるならまだしも、それでは消費される物資が多すぎるし、それに不意に強い魔物に出くわした時に対処するのが難しい。野営する以上は不意打ちの可能性もなくはないわけだからね。
しかし、ゴーレムを相手にする場合、まず死ぬ心配がないというのが素晴らしい。
いや、実際には本気を出せば殺せなくもないのだろうけど、俺は訓練のためにそこまで強いゴーレムを作っていないので、まず負けることはない。それこそ、レベル10にも満たない兵士でも連携すれば倒せるほどだ。
そして補充が容易だということ。倒されてもコアさえあれば残骸を使って作り直せるので、常に戦っていられる。
森だと、魔物を見つけるまでに時間がかかる時もあるが、その時間を省くことができるというのはかなり効率的だ。
補給もすぐに受けられて枯渇する可能性は限りなく低いし、シリウス達治癒術師も完備しているので不意の怪我にもすぐに対応できる。
ただ単に訓練を真面目にするだけでも違うのに、さらにこの効率化によって経験値の伸びは爆増した。
おかげで、レベルアップもでき、さらにクラスを与えることでステータスにも補正がかかるようになった。
レベル的にはまだ低いけど、常に連携を意識しているせいか【連携】というスキルが高くなっているようだし、他の武術系のスキルも軒並みレベルアップしている。
最低限、戦える基準は満たしたと言えるだろう。後はこの調子でレベルアップを続け、さらに強くなって布陣を盤石なものにするだけだな。
「兵士達はこの調子でいいとして、あとやるべきことは……」
この調子でいけば、期限が来る頃には恐らく平均レベルは15前後になっていることだろう。
高レベル帯の人と比べるとちょっと物足りないが、それでも俺がレベルアップさせた時のボーナスはついているし、通常のレベル15よりはよっぽど強いはずである。
スキルレベルも順調に上がっているようだし、多分問題はない。
だから、次に考えるべきは、戦場についてじゃないだろうか。
「防衛するだけだったらまだ読みやすいけど、攻めるとなるとどのルートを取ったものか……」
この世界、確かに地図はあるけど、国防の観点からなのか、簡単な地図とかならともかく、国家間の地図は国の所有になっている。
しかも、それもそこまで正確なものとは言えず、距離に関しては大きくずれることもあるようだ。
特に、魔物が蔓延る森や山脈なんかはその傾向が強く、未開地域として黒く塗りつぶされているところもある。
まあ、それでもどこに山があるだとか、どこに街道があるだとか、そういうことはわかるので役に立たないわけではないんだけど、これに命を預けたいかと言われたらノーだ。
だから、できることならもっと詳しい地図が欲しい。
「……斥候を出してみるの?」
こういうことに詳しくはないが、地形を把握することは大事だ。特に、敵がよく通りそうな道は抑えておかないと手痛い出費をこうむることになるだろう。
そのための斥候なんだけど、あんまり適当に送り込んで魔物に襲われましたじゃ困るんだよな。
これは悩みどころである。俺はどうするべきか、考え続けた。
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