幕間:国民の声
ヘスティア王国のとある国民の視点です。
重要な発表があるので城に集まるようにと言われた時は、ついに捕まったシリウスさんのお披露目をするのかと思っていた。
シリウスさんはとても優秀な治癒術師で、治癒術師だからと言って尊大な態度も取らないし、お礼はその人が払える範囲で済ませてくれる。
その名前は辺境の町にも広まっているほどで、シリウスさんは一般人にとっての希望の星だった。
まあ、それだけ優秀なら国が欲するのは当然で、宮廷治癒術師という治癒術師にとっては最上級のポストが用意されていたようだし、この結果に文句はない。
シリウスさんは最後まで国からの勧誘から逃げ、俺達平民のために手を差し伸べようとしてくれたのはとても嬉しいことだけどね。せっかくのチャンスなのだから、それをふいにしてはいけない。
少し残念ではあるが、心から祝福してやろうと思ったら、城のテラスに現れたのは、見慣れぬ兎耳の少女だった。
はて、あんな子いただろうか。確かにシリウスさんは小柄ではあるが、男だし、兎族でもなかったはずだが。
そう思っていたら、ファウスト陛下の演説が始まった。
新しい妃か何かだろうかと思っていたら、なんと、彼女がファウスト陛下を下し、新たな王になるのだという。
いったい何の冗談かと思った。
ファウスト陛下はすでに60歳を超えているはずだが、未だにその力は衰えることを知らず、向かうところ敵なしであった。
それがまさか、あんな少女に敗れるなんて誰が予想できるだろうか。
私と同じ考えの者は多く、演説が終わり、家に帰った後、本当にあのアリスという少女が陛下を倒したのかという話題が後を絶たなかった。
「お前はどう思う?」
「陛下が負けるとも思えんが、陛下が嘘を言うと思うか?」
「ないな。陛下は常にまっすぐだ」
「だが、まっすぐすぎるが故に言われたことは愚直に守る癖があるだろう? あの少女が勝ったということにしてくれと言われて従っている可能性は?」
「それこそない。陛下がふりだけでも、自分より強い者がいると認めると思うか?」
「確かに」
陛下はとても強い。戦争をすれば全戦全勝だし、刺客を送られても難なく返り討ちにしてしまう。
そんな陛下だからこそ、強さにはこだわりを持っており、仮に芝居で負けたことにしてくれと言われても聞くとは思えない。
となると、やはりあの言葉は真実。でも、どうやって?
「陛下の本領は【格闘術】だろう。遠距離の武器を使われたのではないか?」
「確かに、兎族では力もないだろうし、武器に頼った可能性はあるか」
「だが、その程度で陛下が負けるか? 陛下であれば、仮に弓を使われても矢を掴んで投げ返しそうなものだが」
「それほど技術が卓越しているのか、それとも卑怯な手を使ったか」
「まさか、不意打ちか?」
「そうでもなければ説明がつかない。あの陛下だぞ?」
陛下の性格を考えれば、たとえ不意打ちで負けたとしても、素直に負けを認めるだろう。常在戦場と言えばいいのか、どんな時でも勝たなければならないという考えを持っているから。
確かに、不意打ちでも何でも陛下を倒したなら次の王になる資格はある。だが、そんな姑息な手で王になったところで、待っているのは無様な死だろう。
なにせ、この国には王になりたくてもなれなかった者がたくさんいるのだ。特に、ここ30年の間に力を蓄えてきた者は大勢いるはず。
そんな魔窟の中に、不意打ちでしか勝てないようなひよっこが入ったらどうなるか、一瞬で駆逐されるだろう。
もちろん、王となった暁には最低でも3年の間統治しなければならない決まりがあるが、そんなもの殺してしまえば関係ない。
今すぐにでも王になりたい者からしたら、まさに格好の獲物だ。
「今回の王座は最速で変わりそうだな」
「違いない。あの子もなんでそんなことをしたのか」
「しかし、女性が王になるのは初めてではないか? これまでの歴史を見ても、皆男ばかりだっただろう」
「確かに。そう言う意味では、初の王ということになるのか」
「しかも子供だ。それも初だろう」
なんだかんだ、初の王という響きはいい。そう言う意味では応援したくもなるが、やはり不意打ちで30年続いた王が退位するというのは納得できない。
こんなことなら、もっと明確に、この勝負で負けたら退位するという試合を決めておけばよかった気もするが、陛下はそれを望んでいなかったし、ある意味で陛下の望むままの結果になったというべきか。
「そういえば、シリウスさんはどうなったんだ?」
「そういえば、今日発表すると思ったけど、来なかったな」
「これは噂だが、シリウスさんは逃げ出したらしいぞ」
「なんだと? いったいなぜ」
確かに、シリウスさんは宮廷治癒術師になりたくないと言っていたが、だとしても一度は頷いたから捕まったんだろうし、逃げ出す理由はないように思えるが。
あるいは、こっそり誰かを治療しに行ったとかだろうか。だとしたら、涙ぐましい努力だが。
「それが、どうやらシリウスさんは拷問を受けたらしい」
「拷問? なんだってそんなことする必要があるんだ?」
「それが、シリウスさんは誰かを探していたらしくて、この国から出るつもりだったらしい。けど、それが都合が悪いからって、逃げられないように足を……」
「まさか、陛下がそんなことするはずがない!」
あの誠実な陛下がそんなことをするはずがない。陛下だったら、シリウスさんが誰かを探したいと言ったなら喜んで協力するはずだ。
もしや、臣下の誰かがやったのか? 陛下を裏切るとはいい度胸だ。極刑にすべきだろう。
「まあ、あくまで噂だ。本当かどうかはわからない」
「絶対ガセだと思うがな」
「違いない」
まあ、きっとすぐに戻ってくるだろう。逃げ出したとは言うが、きっとこっそり抜け出す用事があっただけに違いない。
「そういや、あの子が次の陛下になるってことは、次の戦争はあの子が指揮を執るってことか?」
「そうなるだろうな。大丈夫か?」
「戦争の指揮なんて執れないだろうから、将軍が代わりにやるんだろうけど、陛下なしだと不安だな……」
「今のままだと敗色濃厚だし、どうにか周りの連中が引っ張ってくれたらいいんだが」
一応、今は休戦状態になっているが、そのうち条約も切れるし、そうなったら再び戦争が始まるだろう。
まあ、頭が変わっても兵士は同じなのだし、戦力的にはそんなに変わっていないだろうが、その頭が最重要なだけあってかなり不安だ。
これで負けるようなことがあれば、その時はやはりその程度の実力だったのかと思うところだが、下手をすれば国土を切り取られる可能性もあるので結構綱渡りだ。
本当に、面倒な時に王になってくれたものである。
せめて、これでとても優秀で使える奴だというなら話は別なんだが。
「いっそ陛下を将軍に任命しては?」
「なるほど、それなら士気も下がらないだろうし、いい判断かもしれないな」
「直接言う機会はないかもしれないが、そうなることを祈りたいな」
陛下が付いていれば百人力だ。特に大きな怪我もしていない様子だったし、十分に戦うことはできるだろう。
あの子にそこまでの知恵があるといいのだが。一度は不意打ちで倒した相手だし、近くに置きたくないとか言って放逐してもおかしくないのが怖いところだ。
その時は、私達が陛下をお救いして何とか国を守るしかあるまい。
今後この国は荒れそうだと不安になるが、どうにかなってくれるといいのだが。
感想ありがとうございます。
 




