第百四話:王様の実力
「アラス様はお久しぶり、そして、陛下におかれてはお初にお目にかかるの。私はアリスというの」
若干丁寧語も使えるようになってきたかなと思ったけど、どうだろうか。
俺としては【礼儀作法】がそれなりに作用していると思っているのだけど、こういうのは自分で確認できないからよくわからない。
まあ、そんなことはどうでもいい。
俺の口上に、いち早く正気を取り戻したのはアラスだった。
「君は確か、ヘイストの町にいた……」
「覚えていてくれて光栄なの」
「……なるほど、ということは、今回の騒ぎは君の仕業だったというわけか」
アラスは納得したように頷き、警戒のこもった目を向けてくる。
俺はただあの町で会ったということを言っただけなのだが、それだけで今回の事件は俺の仕業だと判断したらしい。
まあ、こうして乗り込んでいるし、門番からの報告も行っているだろうからわかるのは当然だろうけど。
「アラス、この小娘はなんだ?」
「陛下、こ奴が例の得体のしれぬ娘でございます。シリウスのことを嗅ぎまわり、我々の監視の目を悉く撒く類まれなる脚力の持ち主。いくら兎族と言えど、あの速さは異常です」
「なるほど、こ奴が」
王様はまじまじと俺の方を見てくる。
というか、監視なんてしてたのか? 俺は一応、走って移動する時は前もって耳で辺りの気配を探っていたんだけど、そんな気配なかったような気がするけど。
それとも、俺が町に泊っている間に監視していたんだろうか。それだったら、わからなくはないけど。
にしても、わざわざ監視付けてたとか、俺のことを何だと思ってたんだ? シリウスを探していたからってだけでは流石に理由としては弱すぎると思うんだけど。
「アリス、君は昨晩城へと忍び込み、我が国の治癒術師であるシリウスを攫って行った。これに間違いはないかね?」
「少し間違いがあるの」
「なんだ」
「シリウスは私の仲間であって、この国の治癒術師じゃないの。そこのところを間違えないでほしいの」
「はっ、何を言うかと思えば」
アラスは鼻で笑いながらにやりと笑う。
アラスはともかく、王様は割と体格はがっちりしているな。
クリング王国の王様は毒でベッドに臥せっていたから仕方ないけど、王様ってもっと肥えているイメージがあるんだけどな。
やっぱり、実力至上主義の国だけあって、強さは重要なのかもしれない。王様は特に。
「シリウスは我が国と正式に誓約を交わし、宮廷治癒術師となったのだ。今更君のような小娘がしゃしゃり出たところで、その事実は変わらん」
「その誓約は、足を切り落としてまで脅してさせたものじゃないの?」
「あの怪我は事故でたまたま失われたものだ。シリウスが何を言ったのかは知らないが、彼は自分の意思で同意して誓約を交わした」
「へぇ、あくまで白を切るつもりなの」
さっきから【センスイヤー】を使っているが、まるっきり嘘だとわかる。
少なくとも、足が失われた原因は事故ではないことは確実だ。
ここにきてそんな嘘で取り繕えるほどシリウスが受けた痛みは小さくないぞ。
「白を切るも何も、それがすべてだ。さて、君は無礼にも城へと無断で侵入し、あまつさえ陛下の前に立った。シリウス誘拐のことといい、君がやったことは極刑に値する」
「やれるものならやってみるの」
「はは、随分と威勢がいいな。シリウスを連れ出したことでいい気になっているのかもしれんが、陛下に勝てるとでも思っているのかね?」
「もちろん。そうじゃなきゃここまで来てないの」
「では、それが間違いだったと教えてあげよう。陛下、よろしくお願いします」
「うむ」
そうアラスが言うや否や、王様は拳を繰り出してきた。
攻撃してくるだろうなとは思ったけど、まさか素手で攻撃してくるとは思わなかった。
とはいえ、俺の体にはまだミカヅキの力が宿っている。回避率上昇の効果もあり、初撃を避けるのはそう難しくはなかった。
「ほう、躱すか。少しはできるようだな」
王様は次々に拳を叩き込んでくる。
一撃一撃がかなり速い。俺は敏捷にかなり振っているから避けられるけど、そうでなかったらとっくに当たっていたところだ。
俺は念のためにさらに【ドッジムーブ】を発動させる。
当たったらかなり痛そうだし、当たる確率は限りなく減らしておかないとね。
「俺はこの拳で王の座まで上り詰めたのだ。貴様のような小娘に負けるわけがない」
「そう言うのをフラグっていうの」
「何を訳のわからんことを」
しかし、強いのは確かだ。
これが『スターダストファンタジー』だったら、相手が行動した後はこちらが行動するターンが回ってくるけど、現実になったからか、いつまで経っても相手の攻撃が終わらない。
単純に攻撃する隙がなく、どう屈服させたものか悩む。
一応、ミカヅキの効果で武器を奪うことはできるけど、相手は今素手だし、持っていないものは奪えない。だから、今この時においてはただ単に回避率を上げるだけの効果しかない。
さて、どうしたものか。
「どうした、避けてばかりでは勝てんぞ?」
「なら、少し手を出させてもらうの」
俺は試しに攻撃の合間にパンチを繰り出してみる。
弓を扱うには時間が足りず、他の武器も同様なので、攻撃するのだったら格闘しかない。
だが、放った拳は容易に防がれ、ここにきて初めて手ごたえを感じなかった。
今までは、この世界基準で考えると高すぎる筋力に物を言わせて殴り飛ばしてきたけど、流石に達人レベルの相手となると止められることもあるらしい。
そこらへんはやはりスキルのレベル差があるからだろう。格闘は専門外なので仕方ないけど。
「なんとも弱弱しい拳だ。その程度では、俺には届かん」
「うーん……」
これは相手が疲れるのを待つのが手っ取り早いか?
いくら何でも、数時間と隙なく拳を振るい続けることはできないだろうし、しばらくすれば疲れて動きも鈍るだろう。
そうすれば、距離を取るタイミングもあるだろうし、それなら弓で仕留めるなりなんなりすればいい。
いや、でもそれだと他の兵士がやってくる可能性があるか。
今や城は侵入者の対処でてんやわんやだし、王様がここにいる以上、ここへの警備が厳重になるのは目に見えている。
今はまだ気づかれていないようだけど、そのうちやってきてもおかしくはない。
そうなると、あんまり時間をかけてもいられないな。
うーん、どうしたものか……。
そんなことを考えていたのがいけなかったのか、気が付けば目の前に拳が迫っていた。
いくら回避率を上げたところで、相手がクリティカルしてしまえば関係ない。まあ、この世界にクリティカルの概念があるかはわからないが、運の良し悪しはあるだろうし、避けられまくっていたけど運よく当たった、という展開もあるだろう。
これだけ攻撃されているのだから判定の回数はかなりの数あるはず。ならば、そのうちの一回がクリティカルしたって不思議はない。
「取った!」
王様も勝ちを確信したのか、そう声を上げた。
回避できない以上、攻撃は当たるしかない。果たして、王様の攻撃力はいかほどだろうか。
流石に一撃で気絶ってことはないと思いたいけど、もしそれだけの威力があったらそれこそ拷問からの極刑コースである。
俺はとっさに目を瞑り、衝撃に備えた。
感想ありがとうございます。
 




