第九十九話:誓約を解く方法
「あ、アリス」
シリウスの部屋に行くと、アルマさんがいた。
どうやら看病をしてくれていたらしい。近くにあるテーブルの上には水の入った桶とタオルが置かれている。
「アルマ様、シリウスの看病ありがとうなの」
「ううん、私には、これくらいしかできないから……」
そう言ってきゅっと拳を握り締めるアルマさん。
恐らく、シリウスの足を治そうと必死に【治癒魔法】をかけたのだろう。
【無限の魔力】と【エンジェルボイス】、そして【連続魔】によってアルマさんの【治癒魔法】は相当強力になった。それに、アルマさんにとってシリウスは憧れの人物、できることなら力になりたいと思ったのかもしれない。
でも、やはり無理なようだ。シリウスの右足は未だなく、回復の兆しは見えない。
この右足に関しては、俺でもどうしようもない。できるとしたら、義足を用意してあげることくらいか。
いや、【ホムンクルスクリエイト】を応用して足を作れば、違和感なく繋げることもできるだろうか?
なんにしても、今は無理だ。しばらくは、片足でどうにかしてもらうしかないな。
「アルマ様はよく頑張ったの。気に病むことはないの」
「で、でも、こんなことになるなんて……」
「大丈夫、きっと私が何とかするの。だから、少しの間、シリウスと二人きりにしてほしいの」
別にアルマさんがいてもできないことはないけど、秘密は少ない方がいい。
アルマさんには申し訳ないが、アルマさんにできることは、せいぜいシリウスを看病することくらい。
怪我に関しては完治しており、足の傷も何度も【治癒魔法】をかけたおかげなのか断面にはすでに肉が盛り上がっている。
ある意味で、足も完治していると言えるかもしれないね。
「アリスは、シリウスのこと治せないの?」
「今すぐには無理なの。でも、必ず治すと約束するの」
「ほんとに? シリウスは治るの?」
「私のことは、アルマ様もよく知っているはずなの」
【治癒魔法】を教えたのはともかく、他のスキルに関しては本来教えることはおろか、見つけることすら困難なものだ。
そんなものをポンと教えられる時点で、俺が普通の冒険者でないことくらいわかっているはず。
だから、俺がこういう場面で嘘を言わないこともわかっているはずだ。
「……わかったわ。アリスを信じる」
「ありがとうなの」
「でも、絶対伝えてよね。そうじゃなきゃ、私は心配で倒れてしまうかも」
「わかっているの」
治るのがいつになるかはわからないが、必ず治す。
どのみち、素材を探す必要はあったのだし、その手間が少し増えただけのことだ。
アルマさんはちらちらとシリウスを見ながらも、退出してくれた。
一応、耳で気配を探ってみたが、ドアの前で待っているということもなさそうである。
これで、二人っきりになれたね。
「……シリウス、起きてるの?」
「……まあな」
目は閉じていたが、途中からシリウスが起きているのは気づいていた。
きっと、俺とアルマさんが話していたから、空気を呼んで黙っていてくれたのだろう。
そう言う心遣いができるのもシリウスの魅力だ。
「俺の足を治すとか言ってたけど、まじで治せるのか?」
「治すというか、義足を作る形にはなるだろうけど、できないことはないの」
「はは、流石アリスだな」
シリウスは起き上がって失った足を見ている。
こうして部位がなくなっている場合、なくなった部位が痛くてしょうがないという幻肢痛という症状が出るようだけど、シリウスにも当てはまるんだろうか。
こうして落ち着いているところを見ると、大丈夫そうにも見えるけど、もしかしたら痛みに慣れすぎて感じていない可能性もあるし、少し心配ではある。
「それで、わざわざ二人っきりになったのは何が目的だ?」
「これからシリウスにかけられた誓約を解こうと思うの」
「え、まじ?」
シリウスは目をぱちくりとさせながらこちらを見ている。
まあ、タウナーさんが言ったように、誓約魔法を解くにはお互いに同意した上で破棄する必要がある。
部屋に来るまでにキャラシを確認してみたが、確かにシリウスの状態異常欄には誓約の文字があった。
まず考えたのは、状態異常であるなら【キュア】で治せるかもしれないという点である。
【キュア】は状態異常を治すスキルであり、【キュア・ポイズン】とか【キュア・パラライズ】とかいろんな種類がある。
【アコライト】ならポイズン、パラライズ、スリープくらいはとりあえず取っとけというぐらい使う頻度の高いスキルだ。
これなら大抵の状態異常は治せるとも思ったが、そもそも『スターダストファンタジー』に誓約状態なんて言う状態異常はない。
病気であれば、【キュア・ディジーズ】の対象になるかもしれないが、誓約は病気ではないだろう。
そうなってくると、対象となるスキルが存在せず、結局使えないということになる。
一応、キュア系をいくつか取っていくと取得できる【キュアオール】って言うスキルもあるっちゃある。これは、すべての状態異常を治すというスキルだ。
これで治せれば一番楽なんだけど、なんとなく、これでは治せないんだろうなと理解できてしまった。
これは、状態異常の欄に書かれているだけでデバフ扱いなのか、それとも想定されていない使い方だからなのかわからないけど、この方法では無理な気がする。
だから、もう一つの手を考える必要があった。
「うまくできるかわからないけど……乗る気はあるの?」
「そりゃあるに決まってるだろ。どんな方法だ?」
「それは……『リビルド』をするの」
『リビルド』とは、すでに育っているキャラのスキルや能力値をいじり、初めから作り直すことを言う。
TRPGで遊んでいると、最初はあまりルールがわかっておらず、適当にスキルを取ってしまうことが多い。そうなってくると、終盤になってルールを理解するにつれ、そのスキルが邪魔になって消したいと思う時が出てくる。
そんな時、それらのスキルを整理し、新たにキャラを作り直すことを『リビルド』するというのだ。
もちろん、基本的に『リビルド』をすることは許されない。ルールを理解していようがいまいが、そう言うキャラとして作った以上、最後まで愛着を持って使うのがマナーだ。
しかし、ゲームマスターとしても、あまりにそう言ういらないスキルが多いとシナリオの難易度を上げづらいというのもあり、俺がゲームマスターの時は、確かに直した方がいいと思ったなら、『リビルド』を許可することにしている。
「『リビルド』って、そんなことできるのか?」
「多分、できるの。キャラシに、そう言う欄があるの」
本来はゲームマスターが許可しないとできない『リビルド』ではあるが、俺はゲームマスターをしていたせいなのか、その能力が使える。
キャラシの欄を見ても、下の方に小さく『リビルド』と書かれていたので、多分できるんだろう。
レベルアップもそうだけど、つくづくチートだと思う。
「なるほどな。でも、『リビルド』したからって、誓約を解除できたりするのか?」
「それはやってみないとわからないの。でも、キャラを作り直すわけだし、多分できるんじゃないかと思うの」
普通に遊んでいたら、シナリオが終わっても残る状態異常なんてない。
だから、本当に解除できるかはわからないけど、やらないよりはずっとましだろう。
それに、いずれはそう言う場面も出てくるかもしれないし、ここで試しておきたいというのもある。
あわよくば、これで足も治ったらなとか思ったり。
「なんか怖いが、それでどうにかなるかもしれないっていうなら、やってくれないか?」
「本当にいいの?」
「ああ。俺はアリスに救われた身だし、アリスなら、安心して任せられる」
「シリウス……」
ふっと笑うシリウスがかっこいい。ちょっときゅんとした。
……って、危ない危ない。アリスの設定に振り回されるところだった。
邪念を振り払い、俺はキャラシを開く。シリウスのキャラシの欄から、『リビルド』を選択すると、『本当に実行しますか?』と出てきた。
念押し確認はやめてほしい。心臓に悪いから。
「じゃ、じゃあ行くよ?」
「おう」
俺は意を決して『はい』を選択した。
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