第九十八話:状況確認
馬車は何事もなく家へと着いた。
恐らく、今頃城ではシリウスが脱走したことに気づいて大慌てだろうが、多分追手がここを突き止めることはないだろう。
まあ、もしかしたら手当たり次第に家を捜索してくる可能性もなくはないけど、その時は俺が一緒に【シャドウクローク】で隠れてやり過ごせば問題はないはずだ。
「まさか本当に今日行って取り戻してくるとはね……」
眠ってしまったシリウスはとりあえず客室のベッドに寝かせ、俺は事の顛末をタウナーさんに報告した。
タウナーさんとしては、そんなすぐに取り返すことはできないと思っていたらしい。
本来だったら、もっと重点的にシリウスの居場所を突き止め、さらに警備の巡回ルートや時間などを調べ上げ、その上で万全を期して助けに行くはずだった。
しかし、俺はそれらをすべて無視し、一人突っ込んでいったわけだ。
だから、忍び込めたとしても、見つけることはできない、あるいは見つけられても取り戻せないまま帰ってくると思っていたらしい。
それが、騒ぎを起こしてしまったとはいえこうして無事に取り返してきたものだから、かなり驚いているようである。
「見つかってしまったことはあまりいいとは言えないが、アリスの気持ちもわかる。まさか足を切り落とすとはね」
「拷問ってそんな過激なものなの?」
「私も詳しくは知らないが、聞いたことがあるのは、熱した鉄の棒を押し付けたり、鞭で叩いたり、爪の間に針を突き刺していったりかな。いずれも痛みは想像を絶すると思うが、足を切り落とすのは流石に過激だとは思う」
だろうな。まあ、知られていないだけで本当はやっているのかもしれないけど、拷問の目的を考えると、やりすぎという答えを出さざるを得ない。
作戦書を見る限り、国としてはシリウスのことを都合のいい回復要員として戦争に連れて行きたかったようだし、足なんて切り落としたら足手まといなんてレベルじゃないだろう。
攻めている時ならいいが、もし劣勢で撤退せざるを得なくなった時、自分で走れない奴を抱えて逃げてくれる兵士がいるだろうか?
十中八九、見捨てられるだろう。そうなったら、国としてはかなりの損失のはずである。それに、それでシリウスが死ぬだけならいいが、もし相手の国に取られでもしたら損失どころではないだろう。
怪我を一瞬で治せる治癒術師なんてこの世界ではそういない。そんな貴重な人材を、逃げられなくするためとはいえ自力で歩けないようにするなんて馬鹿以外の何物でもない。
それとも、本気でシリウスなら欠損すら治せると思っていたんだろうか? シリウスの治癒魔法が凄すぎて、何でも治せると思ってしまったとか?
まあ、だとしても馬鹿だけど。
「誓約魔法か。確かに奴隷の首輪を使わないのなら、それを使った方が手っ取り早いだろうね」
「普通、そう言うのってお互いの同意がないとできないんじゃないの?」
「普通はね。だが、シリウスは拷問で精神的に弱っていたようだし、聞かれたことに全部頷いてしまってもおかしくはない。そして、それは同意したとみなすことができるから、誓約を結ぶことは可能だ」
「ふざけてるの」
本来、誓約魔法は商人の間で使われていた魔法らしい。
通常の取引ならともかく、大口の取引ともなると、お互いの信頼性が大事になってくる。
そんな時に、お互いに約束を破れないように約束するものが誓約魔法で、そのおかげで大きな商談でもトラブルなく終えることができるのだ。
まあ、最初は約束を破ったら死ぬなんて効果はなかったようではあるが、王族が使うようになって、性質が変わっていったんだと思う。
なんとも迷惑な話だけど、お互いに信用できるというのは大事だし、誓約魔法自体が悪いわけではない。
ただ、それを使う奴に悪いのがいるだけで。
「しかし、そうなってくると助け出したのは早計だったかもしれないね」
「なんでなの?」
「詳しくどういう誓約がなされたのかはわからないけど、話を聞く限り、契約相手、つまり陛下の言うことを聞くようにされている可能性が高い。陛下の命令に逆らえないのだとしたら、例えば戻って来いと言えば、シリウスは従わざるを得なくなる。どこへ逃げても、これでは意味がない」
「それって、シリウス自身が聞いてなくても従わなくちゃいけないの?」
「いや、きちんと聞いていなければ無理だ。奴隷の首輪をつけた奴隷も、命令が聞こえなければそれを聞く必要はないからね。だから、すぐにそうなるとは限らないけど、例えばここに押し掛けられて、大声で命令をされたら、シリウスは嫌でも聞いてしまうだろう?」
「ああ、なるほどなの」
相手が見えなくても、相手の耳にさえ入ればいいわけだから、仮に隠れていたとしても大声で怒鳴られたら聞こえてしまう可能性がある。
それだと隠れている意味もないわけか。確かに面倒かもしれない。
まあ、王様がこの家に直接乗り込んでくるかと言われたら微妙なところだけど、どうしても見つからないとなったらそれもあり得るかもしれないし、早めに対処しておくに越したことはないかもしれないね。
「仮に命令を聞かなければならないという文言がなくても、国から出られないという誓約をさせられている以上、シリウスはいつまでも逃げることはできない。本当の意味で自由を手にするためには、誓約をどうにかできる算段を付けないといけないだろうね」
「誓約って、どうやったら破棄できるの?」
「誓約を交わした当人同士がお互いに同意すれば破棄することができる。ただ、それで破棄するのは難しいだろうね」
まあ、そりゃそうだろう。相手はシリウスのことを確実に手放したくないようだし、絶対に同意などしないはずだ。
いや、シリウスにやったように、拷問して恐怖を植え付け、頷かせるようにしてやれば可能かもしれないけど、最悪はこの手段だろうな。
「とりあえず、今は夜だからわからないが、少なくとも明日になれば国中に追手が出されるだろう。何者かがシリウスを連れ去ったという情報は得ているだろうから、どこかの貴族家が手引きしたと思われるかもしれない。この家に来るのも時間の問題だろうね」
「見つかっちゃって申し訳ないの」
「いや、それは仕方ないさ。でも、それまでに何か対策を立てないと、連れ戻されてしまう可能性もある」
多分、最初から王様が出張ってくることはないと思うけど、さっき言ったように命令が聞こえてしまったらシリウスは従わざるを得なくなるかもしれない。
それを回避するためには、音が聞こえないように耳栓でもつけるか、それとも誰もいない森の中にでも逃げるかだろう。
とりあえず、明日の朝には事が動き出すというなら、ちょっと急いだほうがいいかもしれない。
「うまくできるかわからないけど、対策を講じてみるの。しばらくの間、シリウスと二人っきりにしてほしいの」
「何か策があるのかい?」
「うん」
「わかった。今はそれに賭けるしかないだろう。やってみて、ダメだったら逃げ出す準備を整えておいた方がいいかもしれないね」
俺はタウナーさんに一礼すると、シリウスが寝かされている部屋へと向かう。
さて、俺のゲームマスターとしての力がうまく働いてくれるといいんだけど。
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