第九十七話:救出
「……シリウス、ひとまず脱出するの」
「え、でも、誓約があるし、それにこの足じゃ……」
「そんなの、関係ないの!」
俺はとっさに弓を取り出し、即座に矢を放った。
鉄格子の牢屋に対して、矢はただすり抜けるだけであまり効果はないだろう。
だが、それは通常の矢だったらの話だ。
『スターダストファンタジー』では、スキルによってダメージや命中率を上げたりするのは当然のことだが、それ以外の方法でもそれらを上げる方法がある。
それは、使う武器を変えることだ。
序盤で登場する武器は基本的に何の効果もない、ただ攻撃力が違うだけの武器でしかないが、弓の場合は少し事情が変わってくる。
弓を使うには矢を消費する必要があるが、矢には通常の矢の他にも、火矢やミスリル矢など様々な種類が存在する。それらは基本的に、通常の矢に追加効果を付けるのだ。
弓自体にも特殊な能力はあるけど、俺が持つ弓は今回は相性が悪いのでその能力は使わない。
だから、使うのは矢の方。鉄格子の檻だろうが問答無用でぶち壊す、爆弾矢だ。
「お、おい、何やってんだ!?」
放たれた矢の衝撃で立ち上っていた煙が晴れると、檻は粉々に砕け散っていた。
下手をしたらシリウスにもっと怪我をさせていたかもしれないと思うと少し早計だったかもしれないが、こうでもしないとシリウスはついてきてくれないと思った。
当然ながら、爆弾矢は矢に爆弾を付けたものなので大きな爆発音が響く。
今は夜で、音が聞こえにくい地下とは言っても、流石に警備の誰かが気付いてもおかしくはないだろう。
でも、そんなの関係ない。俺はシリウスを連れてここから逃げる。こんなところで、シリウスを失ってなるものか。
「ば、爆弾矢なんて派手な音が鳴るもの使ったら見張りが来るだろ! 早く逃げろ!」
「だから、シリウスも一緒に来るの」
「で、でも、俺には色々と逃げられない事情があってだな……」
「ごちゃごちゃ言ってないで来るの!」
「おわっ!?」
俺は檻の中に入り、シリウスを抱き上げる。
見た目10歳の小さな女の子のアリスではあるけど、シリウスも同じくらい小さいし、体重も軽い。以前に抱えた騎士と比べたら羽根を持っているかの如くだ。
「お、俺のことはいいから……」
「よくないの」
「なんでそこまで」
「友達だからなの!」
元々、アリスはシリウスを始めとしたパーティメンバーのことが好きっていう設定があるけど、そんな設定関係なく、友達だから助けたいと思った。
もしかしたら、シリウスも少しは設定に侵食されていて、だからこそこんな思考になっているのかもしれないけど、だったら余計に助けてあげなくてはいけない。
こんな牢屋の中で朽ちて行っていい人じゃないんだよ。
「さ、しっかり捕まっているの」
「はぁ……わかった。頼むぜ、アリス」
「任せるの」
俺はシリウスを抱えて牢屋の出口へと向かう。
流石に、さっきの爆発音で他の囚人達も起きたのか、みんな鉄格子を握り締めながら、「俺も出してくれ!」って叫ぶ声が聞こえる。
まあ、出してあげるだけだったらできるけど、今はそんなのに関わっていられるほど暇じゃない。シリウスのような存在がいるからもしかしたら悪いことしてないのに閉じ込められている可能性もあるけど……流石に確認も取れていないし、今回は悪いけど、見捨てさせてもらうよ。
「何事だ!?」
「な、なんだ貴様は!」
「邪魔なの」
騒ぎを聞きつけてやってきたと思われる兵士達を一蹴する。
弓はシリウスを抱える時に邪魔だったから【収納】にしまっちゃったけど、単純な力だけでも兵士程度だったら余裕で倒せる。
ほんとは弓用の筋力と器用のはずなんだけど、身体能力にも関係しているのはいいよね。
「アリスが強いのは知ってるけど、容赦ねぇな」
「シリウスに酷いことした奴らなんて知らないの」
「まあ、俺も割とむかついてはいたけどさ」
次々と兵士がやってくるので、来る度に蹴りで一掃していく。ただ、流石にここまで騒ぎが大きくなると指揮官とかにも知らされそうなので、早々に【シャドウクローク】で隠れて移動することにした。
【シャドウクローク】は本来自分しか隠れられないはずだけど、どうやら密着していれば他に人がいても問題ないようだ。
後からやってきた兵士は死屍累々としている地下通路に驚くことだろう。俺の知ったことではないが。
「逃がしてくれるのはありがたいが、どうする気なんだ? 仮にこのまま国から離れようとしても、俺はその時点で死ぬと思うんだが」
「それについては少し当てがあるの。まあ、ダメだったらこの国の王様を脅して誓約を破棄させるの」
「えげつねぇこと考えてるな」
まあ、仮に前者の方法でシリウスを何とか出来たとしても、この国の王様には報いを受けてもらうつもりだけどね。
それによってアルマさんとかいろんな貴族が迷惑をこうむるかもしれないが、悪いけど俺の優先順位的にこちらの方が上だ。
少なくとも、王様には謝罪してもらう。そして、二度とシリウスに近づかないように少し痛めつけるくらいはしたい。
果たして王様に向かってそんなことできるかはわからないが。
「あ、アリス様、こっちです」
兵士の目をかいくぐって、城の裏手まで行くと、目立たないように黒い布をかぶせられた馬車が止まっていて、こちらに向かって手を振る人がいた。
確か、あの人はアルマさんの家にいたメイドさんだったかな? こんな仕事を押し付けられてご苦労なことである。
まあ、俺のせいなので強くは言えないんだけど。
「すぐに出発するの」
「心得ております。誰かに見られる前に出発しましょう」
メイドさんはてきぱきと扉を開き、俺達を乗せると、一緒に乗り込み、御者に指示を出す。
ものの数秒で馬車は出発し、闇に紛れながら城から離れることになった。
「シリウス、傷痛いの?」
「いや、そこまでは……何度も殴られてるうちに感覚がなくなっちまったよ」
「とりあえず、見えている分だけでも治すの」
馬車の中で、俺はシリウスに【ヒールライト】をかける。
失った右足は今はどうにもできないが、他の部位ならどうとでもなるから。
それを見たメイドさんは目を丸くしてシリウスと俺を交互に見比べている。
そう言えば、この能力を見せたのはアルマさんと護衛の二人、そしてジョンさんだけだったね。
「このことは他言無用なの」
「も、もちろんです……」
別に俺の能力がばれたところで問題はないが、一応口止めはしておく。
まあ、そのうちアルマさんあたりから言われるかもしれないけど、その時はその時だ。
【ヒールライト】によって、シリウスの傷は足以外すべて治った。
かなりやつれてしまっているが、傷がないだけでも綺麗になったような気がする。
後は、ちゃんと食事を食べさせてあげないとかな。多分、あんまり食べてないだろうし。
「ほんとに、お前はお人好しだな」
「シリウスにだけは言われたくないの」
設定的にも、中の人的にも優しいのはシリウスの方だろう。
俺はただ、友達のために動いているだけであって、シリウスのように善意で町の人々を治療したりはしない。……いや、ちょっとはするかもしれないけど。
シリウスはふっと笑って、目を閉じる。どうやら眠ってしまったようだ。
まあ、かなり疲れていただろうし、ストレスも相当だっただろうから、それから解放されたと考えれば睡魔が来るのも当然だろう。
それに、これから追手が来ないとも限らないし、完全に安心するにはまだ早い。
シリウスには、今のうちに少しでも休んでいてもらいたいところだ。
俺はシリウスを膝の上に置きながら、これからのことについて考えた。
感想ありがとうございます。
 




