第九十六話:牢屋の奥に
目当ての人はすぐに見つかった。
牢屋の一番奥。そこにはボロボロの毛布にくるまり、体を抱くように丸くなりながら寝ているシリウスの姿があった。
ようやく、ようやく見つけることができた。
俺は高ぶる気持ちを抑えながら、小声でシリウスに話しかける。
「シリウス、シリウス、起きてなの」
「んっ……」
何度か呼びかけると、シリウスはむくりと起き上がり、こちらに顔を向けてきた。
なんというか、かなりやつれているように感じる。
もちろん、俺はシリウスの顔なんて絵でしか見たことはないが、アリスはそうではないのか、シリウスの顔がいつもより疲れたような表情をしているのがわかるようだ。
まあ、これに関しては俺でもわかるほどではあったが。
だって、顔にはいくつも傷がついていてとても痛々しい。ちらりと覗く腕にもあざや傷が目立ち、明らかに普通の状態ではなかった。
あれくらいの傷ならシリウスならすぐにでも治療できそうなものだけど、どうしてしていないのだろう。
「誰だ……」
「シリウス、私なの、アリスなの」
「アリス……アリス!?」
アリスという言葉に、シリウスはがばりと起き上がり、勢い余って倒れた。
まあ、衝撃的ではあるだろう。俺だって、最初は友達まで自分のキャラの姿となってこの世界に来ているなんて思っていなかったし。
でも、こうして会えた以上、やはりあのキャラシ一覧に載っている人物は皆この世界にいるようだ。
とりあえず、あまり大声を出されて他の兵士が来ても困るので、しーっと口に指を立てて静かにするように言っておく。
「え、アリス、ほ、本物か?」
「本物なの。まあ、中身は違うけど」
「中身が違う、ってことは、俺と同じか?」
「多分そうなの」
どうやら、シリウスの中身はきちんと冬真のようである。
わずかな可能性として、シリウスというキャラだけがこちらに来ていて、友達は関係ないという可能性もあったけど、とりあえず予想通りでよかった。
いや、よかったのか? 友達を巻き込んでしまったという意味ではよくなかったのでは……。
ま、まあ、それは置いておこう。
「アリスまでこっちの世界に来てたとはな。ってことは、他のみんなも?」
「そこまではわからないけど、多分いると思うの」
シリウスを始め、みんなのキャラシはすべてあった。であれば、みんなもこの世界に降り立っていることだろう。
いったいなぜこんなことになったのか考えもつかないが、ひとまずシリウスだけでも見つけられて何よりだ。
「それで、なんでこんなところに?」
「なんでって、シリウスを助けに来たに決まってるの」
「助けにって……ここ城だよな? どうやって……って、アリスならできるか」
「あれから私も強くなってるの。当然なの」
シリウスの初期レベルは5だが、アリスの初期レベルは30である。しかも、ゲームマスターが使うNPCだ。大抵のことはできる。
シリウスもすぐにそれに思い至ったのか、納得したように頷いていた。
「それにしても、中身はアリス……じゃなくて、アリス……うーん、なんか言えないな」
「多分、中の人も同一人物だから設定的に言えないの。私は中身もアリスということになるの」
「そうか。ならアリス、お前の喋り方、やっぱり笑えるな」
「うるさいの」
くすくすと笑うシリウス。
まあ、この喋り方に関しては始める前からさんざん言われていた。
でも、TRPGでNPC役をやる時なんて、その役になり切ってしまえばそこまで恥ずかしさは芽生えない。それに、ある程度特徴的な喋り方の方が覚えてもらいやすいし、そっちの方がいいと思った。
だけど、ずっとこの設定でやっていかなければならないと考えるとかなり恥ずかしい。多少慣れてはきたけど、この口調は今すぐにでも辞めたいくらいだ。
「それより、早く脱出するの。見張りは気絶させたけど、見回りが来るかもしれないの」
「あ、ああ。でも、脱出できるのか? この檻、結構頑丈だけど」
「ふむ」
俺は試しに檻を握ってみる。
南京錠程度だったら軽々と引きちぎれるほどの筋力はあるが、この檻は結構頑丈なのか、流石に無理矢理こじ開けることはできなさそうだ。
鍵も埋め込み式で南京錠のようにはいかないし、ちょっと面倒そうである。
一応見張りが持っていた鍵を試してみたが、開くことはなかった。
「これはちょっと、普通には壊せなさそうなの」
「だろ? それに、脱出できたとしても、俺はもう逃げられない」
「どうしてなの?」
「誓約をさせられた。詳しくは知らないけど、誓約を破ったら、俺は死ぬらしい」
誓約魔法というものがある。
誓約によって交わされた約束は、双方の合意がない限り破ってはならない。もし、破るようなことがあれば、その時は想像を絶する痛みを味わった後に死ぬことになる。
で、今回の場合、シリウスはヘスティア王国のために働くこと、そして、この国から逃げ出さないことなどを誓約させられ、破った場合は死ぬという罰を与えられるようである。
確か、クリング王国でも似たようなことした気がするな。
シリウスに死なれて困るのはあちらも同じだろうし、本当に死ぬかはわからないけど、死ぬほどの痛みを味わうことになるのは事実だろう。となると、その誓約を何とかしない限り、逃げ出すのは無理ということか。
「誓約がなくても逃げられないとは思うが……」
「大丈夫なの。私が何とかしてあげるの」
「これを見てもか?」
シリウスはそう言って毛布をずらす。すると、そこには右足があるべき場所に何もなかった。
「そ、それは……!」
「逃げ出さないようにって意味もあったんだろうが、お前ならこれくらい治せるだろって麻酔もかけられずに切られたよ。死ぬほど痛かった」
「な、なんでそんな冷静なの!?」
【ヒールライト】は確かに怪我を治すスキルだが、流石に部位欠損までは治せない。
いくら逃がさないためとはいっても、これはやりすぎだ。明らかに常軌を逸している。
そこまでしてシリウスを繋ぎ留めたいのか。これでは、治癒術師ではなくただの奴隷だ。
ここまでやるとは思っていなかった。怒りがふつふつと湧いてくる。
気が付けば、俺はシリウスに向かって怒鳴っていた。
「だって、いくらやっても治せなかったし、治そうとしたら殴られるし蹴られるし、もうどうでもいいかなって。傷治すのも馬鹿らしくなってな」
「そんな……」
俺の喋り方を笑ってくるくらいだから、案外余裕があるのかなと思っていたけど、そんなことはなかった。
顔や腕に傷があるのになぜ治さないのか。それは、そんなことをしても無駄なくらい痛めつけられていたからだ。
恐らく、誓約をさせるために、拷問を繰り返したんだろう。
何度も何度も拷問を受けて、治しても意味がないことを悟った。
拷問を受けているかもしれないとは聞いていたけど、ここまで心が消耗するほどとは……。
「だから、アリス。お前は見つからないうちに早く逃げろ。カインやサクラを同じような目に合わせちゃいけない」
「そんなこと……」
「お前ならできるだろ? なんたって、俺達のお助けキャラなんだからな」
そう言ってふっと笑うシリウス。
自分がこんな目に遭っても、心配するのは友達の方なのか……。
確かに、冬真は元から見た目に似合わず優しい奴だったが、ここまでくると涙が出てくる。
俺は元々、シリウスさえ助け出せれば後はどうでもいいと思っていた。けれど、それでは足りないということを思い知らされた。
この国は徹底的に潰さなければならない。シリウスをこんな目に遭わせた王様はもちろん、拷問をかけたであろう拷問官や、この作戦を立てたアラスもだ。
シリウスをこんな目に遭わせた報いを受けさせてやる。
俺は怒りに身を震わせながら、ぎゅっと拳を握り込んだ。
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