第九十四話:シリウスの状況
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「この作戦書を見る限り、まともに宮廷治癒術師にする気はないようだ。でも、奴隷の首輪なんて大っぴらに付けていては流石に角が立つ。お披露目もしたいだろうし、まだ奴隷の首輪はつけられていないんじゃないかな」
「本当なの?」
「予想でしかないけどね。まあ、逆に言えばもっと酷い目に遭っているかもしれないということでもあるけど」
タウナーさんはシリウスの状況を冷静に分析する。
シリウスは多くの人々から期待されている希望の星だ。仮に宮廷治癒術師になったとしても、シリウスの性格なら平民相手でも積極的に治療していくことだろう。
それをやめさせるにしろ続けさせるにしろ、シリウスからの正式な発表は必要になるはずだ。
いや、シリウスが直接そんなことを言うのかは微妙だけど、少なくともシリウスを同伴させ、民衆にシリウスのことを見てもらって信憑性を持たせるくらいのことはするはずである。
お披露目をする以上、奴隷の首輪なんてものが見えていたら明らかに無理矢理従わされていると思われてしまうだろうし、いくら実力至上主義のこの国でも、印象は悪くなる。
だから、少なくともお披露目の日までは奴隷の首輪はつけられないのではないかという予想だ。
「本当に怪我をしている可能性もある。一応聞いておくが、シリウスはどんな怪我でも治すことができるのかい?」
「まあ、大抵の傷なら何とかなるの。でも、流石に瀕死の傷はすぐには治せないと思うの」
【ヒールライト】はレベル依存の回復スキルなので、レベルが低いうちはそこまで回復量が多くない。
まあ、それでも最大HPより少し少ないくらいは回復できるわけだけど、逆に言えば一回で全快させることは無理なわけで、だからこそ瀕死の傷は無理だという判断だ。
『スターダストファンタジー』の中だったら、HPがいくら減ろうと問題なく動けるけど、現実となったこの世界ではHPが大幅に削れればそれは大怪我をしているということである。
他人を治すならともかく、自分が怪我をしている状況だったら、HPがごっそり減るような大怪我をしていたらまともにスキルなんて使えるはずがない気がする。
怪我の具合にもよるけど、下手をしたら治せない状況である可能性もあるわけだ。
でも、そこまでの大怪我をしているかと言われると微妙なところ。
だって、自分でスキルすら使えないような大怪我をしていたら、死んでもおかしくない。
国としては、シリウスには生きて戦争に行ってもらいたいと思っているわけだし、あんまり大怪我させて再起不能になってしまったら何の意味もない。
だから、やるとしてもシリウスが治せる範囲の傷に留めておくんじゃないかと思うんだよね。
「それなら、恐らくシリウスは無事だろう。そうなると、後はどこにいるかだね」
単純に捕えておくだけだったら、可能性は割とある。
普通に部屋をあてがわれて軟禁状態の可能性もあるし、地下牢のような場所に閉じ込められている可能性もある。
国がシリウスをどのように認識しているかによって場所は変わってきそうだ。
普通に考えれば、シリウスは貴重な人材だし、手厚い歓迎をするはずである。でも、指名手配して犯罪者のように扱ったり、騙し討ちで怪我までさせて捕まえようとしたことを考えると、そこまで大事に扱わない気もする。
可能性としては、地下牢とかの方があるかなぁ……。
「タウナー様の力でシリウスと面会することはできないの?」
「そうしてあげたいのは山々だけど、お披露目までは面会を禁止しているようだよ。多分だけど、お披露目までに少なくとも逃げ出さないようにしっかり調教する気なんじゃないかな」
「調教、なの?」
「つまりは、拷問して恐怖を植え付け、言うことを聞かせようってことだね。後ほど奴隷の首輪をつけるなら必要ないかもしれないけど、首輪はその名の通り本来は奴隷に着けるものだ。だから、調教で言うことを聞くようにできるなら、そっちの方が見栄えはいいだろう」
見栄えって……そんな理由で拷問されるの?
拷問がどんなものかは知らないけど、一般人が耐えられるものではないだろう。
シリウスは一応冒険者だけど、中身はただの高校生なのだから、すぐに音を上げてしまうはずだ。
それですぐにやめてくれたらいいけど、もし調教という目的で何回も拷問を受けさせられているとしたら、シリウスの心が壊れてしまうかもしれない。
シリウスが捕まったのは数日前と聞いている。それからずっと拷問を受け続けているとしたら……俺だったら耐えられないだろうな。
やはり、今すぐにでも助けてあげなければならない。シリウスが壊れてしまうなんて考えられない。
「まあ、単純に軟禁しているだけの可能性もある。あまり気に病まないでほしい」
「そんなこと言われても……」
「気持ちはよくわかる。だけど、焦って行動して失敗すれば被害者が増えるだけだ。ここは冷静になって、しっかりと準備を整えた方がいい」
言っていることはわかる。正直今すぐにでも城に突撃したいところだけど、いくら俺の隠密が優秀だからと言っても限度はある。
そうしたら、俺も拷問に遭ったり、処刑されたりしてしまうだろう。それではシリウスも助けられないし、誰も幸せになれない。
シリウスのことを助けたいなら、確実に助けられる状況を作らなければならない。
シリウスのためにも、俺自身のためにも、失敗するわけにはいかないのだ。
「私も城には何度か行ったことがある。すべては無理だが、ある程度の構造は把握しているつもりだ。私にはそれを教えるくらいしかできないが、どうか役立ててほしい」
「……わかったの」
「うん、いい子だ。それじゃあ、教えるよ」
そう言って、タウナーさんは城の構造について教えてくれた。
タウナーさんは町の下水施設の管理を担当しているらしい。その関係で、何度か王様と謁見する機会があったらしく、それで知っているようだ。
内容としては、謁見の間を始め、客室や風呂、トイレの場所、庭の出入り口の数や、地下へ続いていると思われる階段の場所など。
本当に見てきたものをそのまま言っているだけのようで、かなりわかりにくい内容ではあったが、何とか頭の中に地図を思い浮かべて、大体このくらいかと辺りをつけることができた。
流石に拷問室なんかの場所は知らないようだったけど、後ろ暗いことをしているわけだし、多分地下とかじゃないかな。
牢屋も地下のイメージがあるし、とりあえず地下を重点的に調べたらいいと思う。
「大体わかったの」
「参考になったかい?」
「多少は。今日の夜、さっそく忍び込むの」
「きょ、今日かい? 流石にそれは急ぎすぎなんじゃ……」
「仲間が拷問されてるかもしれないのに、いつまでも準備していられるほど冷静になれないの」
アラスの家に忍び込むのと違って、今回は城だ。
当然ながら警備も厳重だろうし、今回盗み出すのはシリウスという人である。
脱出難度はさらに上がることだろう。もし見つかれば、かなり面倒なことになるのは目に見えている。
さっきしっかり準備しろと言われて、それに納得もしたけど、状況が状況なのだ。
拷問されてるかもしれないと言われて悠長に構えていられるほど冷静にはなれなかった。
どのみち、やることなんて見張りの場所の把握くらいである。もちろん、夕方までにそれらを把握できるかと言われたらノーだけど、最悪【シャドウウォーク】を連打すれば何とでもなるはずだ。
何とかならなくても、何とかするしかない。
「……わかった。なら、私は城の裏手に馬車を回しておこう。流石に、シリウスを連れて移動するのは目立つだろう?」
「そこまでしてくれるの?」
「家を隠れ場所にするのはリスクが高いからね。見られないように工夫するくらいはするさ。それに、君みたいな子にすべて背負わせるのはなんだか心が痛むしね」
「……ありがとうなの」
最悪、屋根を飛び越えて行こうかとも思ったけど、馬車を用意してくれるならその方が楽だ。
まあ、夜に馬車で移動する奴がいたら怪しいことこの上ない気もするけど、シリウスをそのまま連れて歩くよりは目立たないと思いたい。
俺はタウナーさんの気遣いに感謝しつつ、夜に忍び込む算段を立てた。
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