第十話:煩悩を振り払う
R15に収まっているかが心配。
「あー、すまん、ノックするべきだったな」
あれからしばらくした後、ようやく落ち着いてきたところで一度服を着て扉を開けた。
ゼフトさんはそれはもう取り乱した様子で、真っ赤になって涙目になっている俺の姿を見てひたすらに謝罪を繰り返していた。
「いいの……私も油断してたの……」
この体の耳の良さなら足音の時点で気づけたことだろう。しかし、ようやくまともに水浴びができるという解放感と個室を与えられたという安心感、そして水浴び目的で水桶を部屋に持って行ったことを知るゼフトさんなら来ることはないだろうという油断が重なり、結果気付くことが出来なかった。
直前に変な雰囲気になっていたというのもあるかもしれない。とにかく、俺がしっかりと警戒していればよかっただけの話なのだ。
これではその長い耳は飾りなのかと笑われてしまう。本来耳があるはずの場所には何もなくなっていたのでこの耳こそが本当の耳なのだ。せっかくの聴覚を生かさないでどうするのか。
「それで、用事は何なの?」
「あ、ああ、洗濯するなら屋上に干す場所があるからそこに干すように言いに来たんだが……」
「わかったの。洗い終わったら行くの」
「わ、悪気はなかったんだ。許してくれ、な?」
見ているのが可哀そうになってくるくらい必死に許しを乞うてくる。
まあ、もし俺が裸を見られたと砦内で言いふらせばゼフトさんの立場は危ういものになるだろう。
怪しいとはいえ女性は女性、その裸を見たとあっては信用も落ちるもの。
なんだか浮気現場を発見された夫のようだとテレビで見た時のような感想を抱いていた。
「もう気にしていないの。だから早くどっか行くの」
「わ、わかった。それじゃあな……」
トボトボと気落ちした足取りで部屋を去っていくゼフトさん。
俺はようやく邪魔者がいなくなったと大きくため息を吐いた。
とりあえず、今度はちゃんと足音に気を付けて警戒しておくことにする。
再び服を脱ぎ、布を水で湿らせて全身を拭いていく。
「ん、んんっ……」
全身を拭くというだけあって、いやでも自分の身体の形がわかってしまう。
ともすれば自分の彼女の体を拭いているような気持ちになり、先程のハプニングで静まっていた気持ちに再び火が付いた。
二の腕、首筋、へそ、太もも。撫でる度に変な声を上げつつ体を清めていくと、やはりというかある一か所で手が止まる。
「こ、ここは……」
下腹部。胸を少し揉んだだけでも変な気持ちになるというのにここを触ってしまったらどうなってしまうのだろう。
そんな期待と不安が入り混じった感情が脳裏を駆ける。
別に拭かなくてもいい? いやいや、デリケートな場所だからこそしっかりと洗わなければならないだろう。
恐る恐る布を触れ、ゆっくりと洗っていく。
「ふぁっ……!」
痺れるような感覚に思わずびくりと肩を震わせてしまった。
これは、や、やばい……。
俺はいけないとわかっていながら手を止められなかった。
全身が熱い。むらむらとして落ち着かない。思春期の男子としてそういうことに手を出したことはあるが、この感覚はその時以上のものだ。
しばらくの間、休憩室からは色っぽい少女の声が響き渡っていた。
「寒いの……」
数十分後、裸でそれだけの時間過ごしていれば当然だが、寒さに身を震わせることになった。
ただでさえ使っているのはお湯ではなく水なのだ。体が冷えるのは当たり前というもの。いくら高ぶって熱を発していたとしてもだ。
女の子の身体での初めての体験ということもあり、後半はぐったりとソファに横たわっていたのもいけなかったかもしれない。
急いで服を着て毛布をかぶり、体温を回復させていく。元々体温が高い獣人族ということもあり、回復にはそこまで時間を要することはなかった。
「この体、とんでもないの」
そういうことに興味があったとはいえ、やりたいと思っていたわけではない。むしろ未知の体験に恐怖していたし、止められるものなら止めたかった。
でも、体が勝手に動いたというか、なぜか最後までやってしまった。
これ、絶対設定のせいだよな? そうだよな?
そういう系の設定は入れていなかったはずだが、何かしらの文言が拡大解釈されてしまったのかもしれない。
気持ちよかったとはいえ、毎回あれをやられたのではたまったものではない。自分の身体が怖くなってきた。
「早く洗濯するの」
想像するとまた変な気持ちになってしまいそうでかぶりを振って妄想を取り払う。
逃げるように収納から服を取り出すと、無心を意識して洗い始めた。
収納に入っていた服は二週間分。それだけの量となると結構なもので、あっという間にソファに山となってしまった。
「うっ……」
出来るだけ無心を心がけてはいるが、下着を洗うとなるとやはり心がぐらついてしまう。
特に下着に関しての設定は盛り込んでいないし、イラストにも描き込まれてはいないが、当然あるだろうという配慮なのかしっかりとパンツやブラジャーを着ていたのだ。
しかも、どちらも無駄に可愛らしい。パンツに至っては兎のバックプリントがされている。
兎獣人だから兎のバックプリントだって? ふざけてんのか!
しかも、着替え全部同じ仕様だから逃げようがない。ほんとに勘弁してほしい。
幸いというかなんというか、女性という設定だからかブラジャーの付け方とかは普通にわかったし、女性ものの下着を穿くのも抵抗は薄かったけど、俺の精神はがりがり削られていった。
「これはアリスの……これはアリスのなの……」
自分ではなくあくまでアリスというキャラの持ち物だと意識することで煩悩を振り払う。
これ以上エロエロになってたまるか。俺は健全な男子のままでいたいんだ。
ぶつぶつと呟きながら洗うこと数十分。ようやく今着ている服以外のすべての服の洗濯が完了する。
一度それらを収納にしまい、ゼフトさんに言われたとおりに屋上へと向かうことにした。
休憩室に案内されるまでの間に簡単な説明は受けたので特に迷うこともなくつくことが出来る。すでに外は真っ暗になっており、天上には月が昇っていた。
「おや、兎さん。何か御用ですか?」
「あ、えっと、洗濯物を干しに来たの」
屋上を警備していた兵士の一人に話しかけられる。
夜に洗濯物を干すのはどうなんだと思わなくもないけど、ここなら風通しもいいし、一晩干していれば乾くだろう。
「そうでしたか。それならあっちに干す場所があるのでそこでどうぞ」
「ありがとうなの」
兵士の言う通りに進むと、物干し竿が並んでいる場所があった。いくつかの物干し竿には兵士のものと思われる服がいくつか干されている。
俺も収納から洗ったばかりの服を取り出し、開いている物干し竿に干していく。しかし、干している最中にある疑問が浮かんできた。
「これ、一緒に干して大丈夫なの?」
そこに干されているのは明らかに男物ばかり。それはそうだろう、この砦にいる兵士はみんな男なのだから。
そんな男物ばかりの中に女性の下着が混じる。しかも、この場所には警備の兵士がおり、いつでも見られる状態だ。果たしてそれは大丈夫なのだろうかと。
「……まあ、別に見られたところで……見られたところで……」
どうでもいいはずなのに恥ずかしいと思ってしまうのはやはり設定のせいだろうか。
しばし干すかどうか悩んでいたが、結局干さないことには着替えの補充ができないということもあり、やむなく干すことにした。
せめて誰にも見られないことを祈りながら、俺は休憩室へと戻っていった。
感想ありがとうございます。




