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クリストファー・フォン・クラウンの『くそ野郎』事情

作者: ゼン

 


 アリア・フォン・クラウンの兄、クリストファー・フォン・クラウンはくそ野郎だ。







 我が兄ながら、クリストファーは完璧()()()


 ──あの日を迎えるまでは。




 文武両道で優等生。

 友人は多く、後輩には慕われ、先輩や年長者には可愛がられるという、全方位から好かれる人気者。

 宝石のような青色の瞳と高い鼻が付属する端正な顔に、長い手足の高身長を持つクリスファーは年頃の女の子達を魅了した。アリアは友人達に「素敵なお兄様で羨ましい」と何度言われたことか分からない。

 性格も穏やかで滅多なことでは怒らず、嫌味を言った者が思わず「ごめんなさい」と謝ってしまうほど──神笑顔(ゴット・スマイル)で敵を撃退する温和・オブ・温和な男、それがアリアの兄であった。


 異国の諺の『天は二物を与えず』とは大嘘だ。

 そう思うほどにクリストファーは皆が憧れる要素の全てを手中に収めていた。


 完璧過ぎて嫉妬するのも烏滸がましい『完璧』ぶり、と言っても過言ではない。


 しかし。

 ある一点を除いては、と付け加えたい。


 その、ある一点。

 それは、人生を共にする伴侶への態度である。


 その一点において兄は、最低で最悪のくそ野郎なのだ。



 ──それでは、『最低で最悪のくそ野郎』な兄の話を聞いていただこう。



 現在二十三歳の兄の()()が露呈したのは、兄が学校を卒業して十四を迎えた春のことだった。


 その日、兄は妻となる令嬢マイサ・メイジと初対面を果たした。


 その婚約者とのファースト・インプレッションがくっそ、失礼、最悪だったのだ。


 なんと兄は初めて会った婚約者と一言も話さなかったのである。


 温和さは鳴りを潜め、顔を顰める兄は婚約者となった令嬢と目も合わさずに貝となったらしい。

 らしい、というのはその場に偵察に行かせたメイドから聞いたので、アリアは直接目にしていないからである。

 そのメイド曰く、「静寂の音が煩いということを、人生で初めて知りました」とのこと。

 当時婚約者だった義姉(あね)が話しかけても、小さく頷くだけでうんともすんとも言わなかったとか。


 本当に最低だ。


 普段の貴公子ぶりを婚約者に見せないで誰に見せるというのか。


 アリアはメイドからこの話を聞いた時、それはもう嘆いた。

 今は奇跡的に義姉になってくれたが、兄の婚約者はアリアの『憧れのお姉様』だったからだ。

 詩が素敵で刺繡が上手な心優しいアリアの憧れのお姉様。

 そんな方と家族になれるだなんて、言い過ぎなんかではなく兄の婚約者に彼女が選ばれた時、一番喜んだのはアリアだ。

 いつもは厳しいメイド長と手を取り合って喜ぶほどと言えば、アリア(とメイド長)の感動は伝わるだろうか?


 な・の・に、あの愚兄め~~~!!!!


 親睦を深める為の月一回の茶会でやらかすこと数十回、デビュー後最初の夜会でのやらかしその他諸々、それから結婚式当日の失言暴言、結婚してからのあんなことそんなこと……と、まあ、一言で表すと兄は『くそ野郎』なのである。


 アリアの大好きな義姉にあり得ない態度をしくさりやがって~~~! 許すまじ!


 しかも、自分でやらかしたくせに後々「死にたい」とか言って落ち込んでいるのがまた意味不明である。

「死になさい!」とアリアが言うのもご理解いただけるはずだ。ちなみに真顔で言った。


 そもそも。


『君を愛することはない』

『君は跡継ぎだけ産めばいいよ』


 ↑こんなこと言う男は、死んでしまえ。


 アリアは本気でそう思ったし、今でもそう思っている──一体何の本に影響を受けたのだか。

 冷徹な男が格好良いとか時代遅れにもほどがある。


 あれだけの量(百冊)のロマンス小説を貸してやったのに……!!


 こうなると、兄が賢いと言うのも疑わしい。

 父が金で買った評価かも知れないとアリアが訝しむのもおかしなことではないだろう。


 さて、話を戻して。

 あんな酷いことを言われた義姉に、アリアは泣いて縋った。

「離縁なさらないで!」だの、「兄は私がコテンパンにするからお許しになって!」とか思いつく限りの言葉で義姉を引き留めた。


 顔をぐっちゃぐっちゃにしたアリアに、結婚してからますます美しくなった義姉は優しく微笑んでくれた。しかも兄を庇ってくれた!


 ……天使か? 女神か? はたまた聖女なのか?


 兄はアリアに感謝すべきである。


 アリアの本気の泣き落としがなかったら、今頃兄は息子をその腕に抱いていなかっただろう。



 義姉によく似た可愛らしい寝顔の甥を見ながら、アリアは「内面もお兄様には絶対に似ませんように……!」と今日も今日とて願うのである。





 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





 マイサの可愛い義妹(いもうと)アリアは勘違いをしている。


 いつも一生懸命で、素直で純粋で明るくて……そして、ちょっぴりお馬鹿さんな義妹アリアは、マイサの夫の態度をいつも嘆いている。

 詳しく言うと、出会った頃の彼の態度とか、その後の茶会でのあれやそれやとか、夜会でのハプニングとか、結婚式での発言とか、結婚生活でのあれこれを、だ。


 マイサの夫はくそ野郎なんかではない。

 ほんの少~~~~しだけ、残念なところがあるだけだ。


 人には誰しも長所と短所がある。

 もちろんマイサにだって短所はある。


 というわけで、マイサの夫でありアリアの兄、クリストファーは最低最悪のくそ野郎なんかではない。

 ただちょーっぴり(?)シャイなだけ。


 それを分かってほしいのだが、クリストファーの誤解を解こうとすればするほどアリアはマイサをきらきらした目で見るのだ。



 六歳の頃から親元を離れて寄宿学校(男子校)に属していたクリストファーは、家族以外の異性と話すことがとても難しかった。

 そして、寄宿学校を卒業したのは人生で一番多感と言っていい十四歳。

 もう一度言おう、十四歳だ。


 多くを語らなくても分かるだろう。

 そんな色々抱える年頃の少年が、超絶美少女のマイサを前に何を語れるというのか。


 ほら、ね?


 語れないだろう。話せないだろう。目を逸らしてしまうだろう。


 無理もない。


 だって、マイサはとってもとってもとってもとーっても、可愛い。

 可憐で愛らしく、お人形さんみたいなマイサを目の前に、十四歳の男子なんて緊張で話せなくなるのは至極当然。


 だから、許した。



 マイサは年の離れた外面の良い兄姉がいたので、色々、それはもう()()と知っていた。

 兄姉等の『やらかし』っぷりに比べたら、婚約者の可愛いこと可愛いこと。

 真っ赤な顔して、うっすら涙目の彼の顔ったら……マイサの中で新しい扉が開いた瞬間である。


『君を愛することはない』


 女に(うつつ)を抜かして身を滅ぼした男の一生の演劇を見た後の言葉である。


 許した。


 アリアは「愚兄には死を~~!」と言ってハンカチを噛んでいたが、マイサは許した。

 だって、彼は次期当主。

 領民や家族を路頭に迷わせる物語の男のようになるものかと思ったのだろう。

 それに、その台詞言った直後の彼の表情を見たら……きっと誰だって許してしまう。

 とっても可愛、いえ、可哀そうな顔をしていたのだ。

 その表情を見て、マイサはその日から猫派から犬派に派閥替えした。


『君は跡継ぎだけ産めばいいよ』


 と、言われた時も怒りなんて湧かなかった。

 こんこんと湧きあがった気持ちは『萌え』だけである。


 どうせ緊張のあまりに前後の言葉を抜かしてしまったのだろう。それか、アリアから押し付けられた恋愛小説の一文を言おうとして失敗したとか、多分そんな感じだ。

 これまた言った直後、自分の失言にはっとしておろおろとしている様が可愛くて可愛くて堪らなかった。

 嫌わないで……とでも言いたげなマイサを見つめる瞳はまたもや涙目で、マイサは彼の頭を撫でまわそうとする右手を左手で抑えるのに必死だった。




『貴方が私のことを愛さなくても、私は貴方のことを愛しているわ』


 アリアが好む恋物語では、絶っっっっっ対拗れる原因の舞台になる初夜であるが、マイサの第一声によりそれを回避することができた。


 いや、思いのほか素敵で思い出に残る夜になった。



 彼が感激して涙ながらにマイサへの愛を語ったことなど、きっと一生忘れないだろう。


『マイサ。いつも素直になれなくて、ごめん』


 ──知ってる、許す。というより、とっくに許してる。


『君が可愛くて、綺麗で、眩しくて、目を見て話すことができなかったんだ。本当にごめん』


 ──知ってる、許す。マイサが眩しかったのなら仕方がない。


『跡継ぎだけ産めばいいなんて嘘なんだ、違うんだ。……傷付けて、ごめん』


 ──知ってる、許す。それに、ちっとも傷付いてない。


 うんうんと余計なことは言わずに頷けば、夫となったクリストファーはマイサ以外は知らないであろう可愛い顔で笑った。


 それから、続けて言った。


『……ぼ、僕も、君を、あ、あ……あ、愛してる……ずっと、ずっと一緒にいてほしい。たとえ、子供ができなくても、一生一緒にいたいと思ってる』


 ──知っ……いや、これは、知らなかった……。


 この言葉には流石のマイサも感激して涙を流した。


 演技ではない、心からのものである。本当の本当だ。嘘ではない。








「マイサお義姉(ねえ)様は、お兄様を見捨てないでくださる天使様ですわ」


 また何か勘違いしているアリアに、マイサは静かに微笑む。

 いくら説明しても、理解してもらえない。

 協力してくれると言っていた義母も、最近は諦め気味である。


「本当にお兄様ってばだめだめよね!」


 懐いてくれるのは嬉しいのだが、愛する旦那様をだめだめ言われる状況はよろしくない。


 しかし、最近は話を変えることでそれを防ぐようにしている。


「そういえば、明日は()()()ね? アリア」


 親睦会。

 かつて、マイサが夫と仲を深めた(?)お茶会のことである。


 二月(ふたつき)前に婚約者ができたアリアもこれから月に一回以上親睦会への参加が義務となる。


「……」


 マイサの言葉にぐうと黙り込んで顔を赤くしているアリアを見て、これからマイサのことを天使天使と騒ぐことはなくなるだろうなと予想する。


「さあ、アリア。一緒に明日の親睦会のドレスを選びましょうか」

「……え、ええ」


 ──願わくばアリアの婚約者が、彼女の可愛いところに萌えてくれますように。


 しかし、きっと一波乱あるだろう。



 なぜなら、アリア・フォン・クラウンはクリストファー・フォン・クラウンの妹なのだから。




【完】

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― 新着の感想 ―
[一言] 読めてよかった!(笑) ツンデレはね、デレを見てくれる相手がいないと成り立たないですよねえ! よかったよかった!
[一言] 誰も彼も皆可愛すぎるぅ!
[一言] マイサの自己肯定感の強さが素敵ですね。 可愛いお話でした。 アリアの正しいツンデレに萌える婚約者とアリアのやりとり、とかも想像するとニコニコしちゃいますね。
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