一幕 同じがいいなら同性と組むのが普通
放課後になり、ミミは視聴覚室へと向かう。
そこで一回目の体育祭実行委員のミーティングが行われるのだ。
教室に入ると、スクリーンに映し出されたクラス毎の座席表が目に入た。
「凪々藻先輩のクラスは2Cだから前の席か」
しかし、凪々藻先輩の物と思われるペンケースはあるけど、肝心の先輩の姿が見当たらない。トイレに行ったのかな。
加えて、その隣のミミが座るべき席は見知らぬ男が既に占領しているのである。
こうも人目が四方にあると、殴って退かすわけにもいかない。
「お前。そこ、ミミの席なんだけど」
「いや、席はクラスごとに指定されているだろう」
「指示されてれば絶対に従うわけ」
「ま、まあ……従いたくない理由がなければ、そうするさ」
「ふーん。ミミにはね。その理由があるの」
「り、理由って?」
「お前に話す必要はない」
その時、姿の見えなかった凪々藻先輩が後ろから現れる。
「どうしたのですか? 草葉さん、藍沢さん」
「この人、席譲ってくれないの。ミミ、背小さいから前の方がいいのに」
「確かにミミさんのクラスは後ろの方ですね。では、わた──」
「凪々藻先輩の方がこの男よりも背低いんだから、それはダメだよ。──ねぇ?」
先輩には見えない角度でドライバーを机に突き立て、この男に脅しをかける。
「そ、そうだね。僕が後ろに行くよ。えーと、クラスはどこかな?」
「1C」
「わ、分かった……」
「よーし、これで先輩にー、手取り足取り教えて貰えるー」
「すみません。お手数お掛けします」
凪々藻先輩は律儀にあの糞男に頭を下げていた。
先輩が帰ってくる前にさっさと従っていれば先輩は頭を下げる必要なんてなかったのに、あいつだけは許さない。
ミーティングの始まる予定時刻になったところで、教壇で仮眠を取っていたミカちゃん先生が目を覚ます。
「ふぁ〜。……時間になったから始めるぞー。どこでもいいから、さっさと席につけ」
今日のミーティングではまず、実行委員が体育祭当日までに何をするのかの説明を受ける予定となっている。
「今月中にまず……だりぃな。結構ある。まあ、2ページに書いてあることをやるんだよ。それが終わったら次のページに書いてあることをやって……そのまた次のページに書いてあることをやるわけだ」
ミカちゃん先生は何も説明になっていない説明で終わろうとする。
「各自で目を通しておけよ。分からない所があったら、まずは二年か三年に聞け。いいな、間違っても俺に聞くんじゃねぇぞ」
これでも授業の時だけは真面目に仕事をする先生なのだから謎だ。
手元の資料を手に取る。
ざっと目を通した感じは備品の点検と必要な物などの手配、各方面への手続きといった所だ。
お金持ちの学校なんだから、こんな雑用くらい業者に金払ってやって貰えよというのがミミの感想だった。
「本番当日までにする作業の担当分けを今日中に決めてもらう。まずは三年の中から委員長を決めてくれ。そんで、さっそく委員長が指揮を取って全員の担当を決めてもらう。はい、じゃあよろしく」
ミカちゃん先生はそう言った途端にまたも居眠りを始めてしまった。
それから程なくして、見知らぬ三年生が教壇の前に出てくる。
おそらく、初めから誰が委員長になるか決まっていたのだろう。
「実行委員長を受け持つことになった来栖院だ。よろしくお願いする」
「よっ! 生徒会長!」
眼鏡をかけた男の挨拶に反応する他の三年生たちの様子に鑑みて、おそらくあいつは生徒会長でもあるのだろう。
つまりは倒すべき相手──というわけじゃない。生徒会長だからといって、何か特別な権限があるわけでもないし、ミミにとっては男という時点で覚えるに値しない存在だ。
「では、まずは二人一組のペアを速やかに作ってくれ。それでもしトラブルが起こるようなら、私が独断でペアを決めさせてもらう」
この時を待っていた。そう、凪々藻先輩とペアを組むこの瞬間を。
「先輩、ミミとペアになってください」
「はい。分からないことは教えると約束しましたので」
先輩とペアを組めることが決まったわけだけど、先輩に組んでくれないかと懇願してくる生徒が何人か現れた。
でも、先輩はその度にハッキリと断ってくれた。
「申し訳ありません。あなたのお誘いは嬉しいですが、わたしは草葉さんとペアを組みますので、受け入れることは出来かねます」
それで突っかかってくる面倒な輩は現れなかったけど、不平不満を小さい声でこぼす者はいた。
「どうして凪々藻さんがあんな子とペアを……」
何か仕掛けてくるなら返り討ちにしてやるけど、何もしてこないなら別にどうでもいい話だ。
別の場所ではやけに響く黄色い声が鬱陶しい。でも、トラブルというわけではないらしい。
「あたしぃ、コウくんと組むぅ」
女と男の恋人関係なのか。それとも何か。コキ使おうって魂胆なのか。
距離感がおかしい。あと、見てて鳥肌が立つほどキモい。
周りを見渡すと、多くは同性のペアであるが、いくつかは男女のペアが点在していた。
誰が誰と組もうと構わないし、ミミがどうこう言える立場でもない。それと同時にミミが内心でどう思うのかもミミの勝手である。
ただ、男女でペアを組もうとすることが、ミミにはどうしても理解できなかった。
得体の知れない感情がそこにはあるのだろう。なんだかモヤモヤした。
委員会を終えて、ミミは保健室に向かった。
「コンコーン」
「はい、どうぞ。今日の三三さんは上機嫌だねぇ。例の委員会でいいことあったのかな」
いつも通り千鶴さんが出迎える。
「うん、先輩とペアになれた」
「おー、さっそくだね。とっても凄いよ」
「でも、仲良くなるチャンスを与えられただけで、喜ぶのはそのチャンスをものにできてからだよ」
「しかも最後まで油断しない姿勢、素晴らしいやねぇ」
つい先ほど抱いたモヤモヤを千鶴さんに話せば、モヤモヤは解消されるのかな。
少し悩んで話してみることに決めたところで、千鶴さんが何かを察したように話しかけてくる。
「おやおや、何か分からないことでもあったのかな? 悩める少女よ」
「なんで、男と女でペアを組もうとする人がいるんだろうって」
「それは委員会のペア……ということでいいのかな。まあ、同じクラスだったからとか仲がいいとか、あとは付き合ってるとか。可能性は色々思いつくけどねぇ」
「うーん。それは分かるけど、このモヤモヤは何かそういうことじゃない気がする。えっと……」
「言葉にできそう? できなさそうだったら、いつぞやみたいに質問を重ねて紐解いていくのでも構わんよ」
これはきっと委員会のペアなんて次元の話じゃなくて、ミミは先輩が好きで男は嫌いだという話だ。
「……なんで、女と男の組み合わせで付き合うのが一般的なの?」
「ふむふむ。今は様々な価値観が当たり前になってきたけど、まあ、割合で言えば一般的と言えるやねぇ。子孫繁栄、種族繁栄という、いわば本能による所が大きいんじゃないかな。突き詰めればの話だけど」
「本能……じゃあ、ミミには本能が備わってないってこと?」
「いいえ。人間の場合は成長する過程で人格が形成されていくから、そういう意味では生まれ持った本能は薄まるのが当たり前なんです。突き詰めれば──と付け加えたのは大昔の話で。現代において、大多数の人間は成長する過程で世間のマジョリティを自然と取り込んでしまうということじゃないかな」
「それなら、人間の場合はなおさら合理的じゃないと思うん。だって、ほとんどの人間はフィーリングとかが合うことを重要視してるんでしょ」
モブ美に見せてもらった雑誌の情報によれば、巷には恋人作りを目的としたサービスが多数あるらしい。たしか、マッチングアプリだとか書いてあったっけ。
そういうのでは趣味が一緒だとか、共通する部分を突き合わせて相手を探すらしい。まあ、一番は顔なんだろうけどさ。
「好きなことが一緒とか、嫌いなことが一緒とか。まあ、そういうのは求める傾向にあるやね」
「自分と違うことを嫌って自分と同じことを求めるならだよ。──それこそ同性を好きになった方が合理的なんじゃないの」
今ハッキリした。ミミの中に芽生えていたモヤモヤの正体はこれだ。得体の知れない異性より、気の置けない同性とペアになる方が自然の成り行きのように思えるのだ。
「なるほどねぇ。たしかに、そうかもです。うーん……降参です。正直に言いますと、現時点で先生は三三さん抱える疑問を解消してあげることはできなさそうです。こんなんじゃ、カウンセラー失格だねぇ」
「なんか勝った気分」
「ふふ。まあ、一つ言えることは三三さんの考えは三三さんにとって、決して間違いではないということです」
モヤモヤを綺麗に消せないならもういいや。正体が分かっただけでも、千鶴さんに話して収穫があったのかもしれない。
「今日はもう帰る」
「はい、分かりました。じゃあ、いつもの。今日の味はなんじゃらほい?」
千鶴さんは個包装のチョコを握りしめた拳を突き出す。
「──百合の甘蜜味」
「大ハズレ。ムチムチ太もものはちみつレモン味でしたぁ」
ミミは千鶴さんから貰ったチロルチョコを口に含んで保健室を後にした。