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二幕 お金持ちの特別ルール

「よいしょっと」


 保健室の天井裏から飛び降りて綺麗に着地を決めたミミを、千鶴さんが驚いた表情で出迎える。


「あらまあ! なんて所から出てきているのですか」

「天井だけど」

「それは分かります。そうではなくて、何でそんな所から来たのかということですよ」

「だって、誰にも見られないように言われてるから」

「確かに言いましたが、そこまで凝った事する必要ありません」

「ふーん、そうなんだ。そういえば、前回ミカちゃん先生に見られたけど平気なの」

「それは問題ありません。正確には誰にも──というわけではないからねぇ」

「具体的に知られちゃいけない人って誰なわけ」

「あ〜、ごめんなさい。それは三三さんの知る必要ないことです」

「あっそう」


 必要な情報を教えてくれないのはいつものことだし、今更そんなのは気にしていない。


 だけど、この面談の場を特定の誰かに見られるなと言うなら、それが誰なのかを教えてくれなきゃ単純に面倒だ。

 少しでも怪しい奴がいれば、誰彼構わず警戒しなきゃならない。


 そういう意味で最も注意すべきなのは朱雀院 アイラだろう。

 あの変態おっぱい星人はミミに近づくために変態のフリをしているだけかもしれない。


 いや、それは流石に考えすぎだ。根拠はないけど、あれは間違いなくただの変態だとミミの勘が言ってる。


「じゃあ、これだけは教えて。この前、千鶴さんの家に連れてったアレは平気?」


 数日前にあった凪々藻先輩の誕生日の更に前日の話のことだ。


「え〜と、藤崎さんのことですか?」

「そう。それと一階の所までもう一人連れてきた」

「なるほどぉ。おそらく中台さん……ですよね。そのお二方も問題ないです」

「なら、いいや」

「毎度、ごめんなさいね。それで──どうでしたか?」

「どうだったって何が?」

「そんなのプレゼントに決まってるじゃないですか。喜んでもらえましたか?」


 たしかに、色々と相談に乗ってくれたわけだから、報告義務があるのかもしれない。


「あまり上手く渡せなかったけど、喜んではくれた」

「上手く渡せなかった──ですか。そう思った理由を教えてください」

「なんか緊張しちゃって、上手く話せなかったから」

「そっかそっかぁ。なるほどね〜」


 千鶴さんは嬉しそうに笑いながら、ミミの頭を撫でてきた。


「他人の失敗は蜜の味ってことか」

「いえ、そうではありませんよ。三三さんが人並みの経験をしていることが、先生はとても嬉しいのです」

「なにそれ。話を戻すけど、プレゼントは食べないで捨ててくれたんだ。きっと、思い出を綺麗なままにするためだと思う」

「えっ…………ちょっと考えさせてくださいね」


 先ほどの表情とは一転して、千鶴さんは固い顔で熟考し始めた。


「流石に目の前で捨てられたわけではないですよね」

「うん。家に帰ってから」

「どうして三三さんがそれを知っているのかはこの際置いときましょう。結論から正直に話しますと、今回の誕生日プレゼントを渡す計画は失敗です」

「えっ! 何でよ。凪々藻先輩は喜んでくれたよ」

「本人の気持ちは正確には分かりません。目の前で見ていた三三さんが喜んでいたと言うなら、きっとそうなのでしょう」

「喜んでくれたならいいじゃん」

「まあ、その点はそうかもしれないねぇ。だけど、プレゼントを捨てられてしまったのは、嬉しいかどうかではないと思います」


 千鶴さんはミミの顔をやたらじっくり見ながら説明を続けた。


「おそらく家柄が関係しているのかもしれません。凪々藻さんは三星──この国最大の財閥の令嬢ですから、他人からよく分からない物をいただくのは危険なのかもしれません」

「食べ物に毒を仕込む輩がいるかもしれないってこと?」

「まさしくその例です。やはりあれですね。まずは友達と呼べるくらい、仲良くなる必要があるのかもしれません」

「友達? 付き合うには段階を踏む必要があるってこと」

「いえ、必ずしもそうとは限りません。例えば一般的な学校でしたら、同じ生徒の時点である程度の信用を得られます。ですが、この学校の生徒たちは少し特殊ですから、そう簡単に他人を信用していいとも限らないのでしょう」


 お金持ちの子供しかいない学校の洗礼という奴だ。

 確かにミミがこうやって在学している時点で、高校の卒業資格が欲しい坊々やお嬢だけがいるわけではない。


 でも、凪々藻先輩に恋をした時点で茨の道だと散々言われてたし、悔やむ必要なんて今更なかった。


「三三さんの表情はブレないですねぇ。一応、三三さん次第ではこの話を途中で止めようかと思っていましたが、それは杞憂でした」

「それで、友達ってどうやってなればいいんだ」

「そうですね。友達という言葉を使いましたが、要するにもっと信用される必要があるということです。しかし、それは一朝一夕で得られるものではありません」

「うん」

「同じ時間を共有──つまり同じ場で一緒に何かをするのがいいでしょう」


 それならミミも考えた。だけど、現実的に難しいという結論になったはずだ。


 学年が違うから一緒に何かをするのは難しい。

 放課後の部活も、ミミには活動していられる時間がない。


「まあ、当然ですが三三さんもできるならしてますよね」

「それはそうだよ」

「では、イベント行事を利用するのはいかがでしょう。まずは今度の体育祭。そこで仲良くなってからの夏休み。修学旅行は学年違うと行き先も違うけど、極め付けに学園祭よねぇ」

「おお! なんか凄い。それで体育祭……って何それ」

「体育祭は体育祭ですよ。ああ、時期の話ですか? これは先生個人の印象ですが、高校では一学期のまだ暑くなる前にやってしまう所が多いんです。この学校もその例に溺れず一学期の内にやってしまいます」

「ふーん」

「保健の先生として言わせてもらえば、夏の暑い時期にやるのはオススメできません。ただ、今年の気候はもう既に猛暑ですから、少し不安だねぇ」

「体育祭ってあのことね。参加したことないから分からなかった」

「あれ? 参加したことなかったですか。それなら、今年は参加して楽しんでください」

「やたら真剣にやることを美徳にしてるイベントでしょ。まるで楽しまない奴は日陰者だって扱うみたいなやつ。それ、どうなわけ?」

「……それってもしかして、漫画か何かの話ですか?」

「そう。だって、三三は実際に参加したことないから」

「確かにお話の中だとそう描かれることも多いですが、現実はもっとシンプルですよ。各生徒が好きなようにやるだけです。先生がこう言うのはよくありませんが、所詮はお遊びです」

「なーんだ。そうなんだ。でも、それって千鶴さんの中での話でしょ」

「……そ、その言い方はなんですか。どこもほとんど一緒ですから。多分……」

「まあ、いいや。この学校の体育祭のこと調べて、作戦考えなきゃ」


 ミミは丸椅子から立ち上がって帰り支度を始める。


「もう帰宅しますか。じゃあ、はい。いつもの」


 そう言って、千鶴さんは個包装されたチョコレートの握られた手を突き出す。


「青春ソルティライチ味」

「あぁ、惜しかったねぇ。蒸れ腋ソルティライチ味でした。ハズレなので、はい一つ」

「えー、実質当たりじゃんか」

「うーん、では特別に二つあげます。他の生徒には内緒にしてくださいね」


 わざわざ誰かに話すことでもないと言おうとしたけど、どうでもいいことだから無視していいや。


 保健室を立ち去ろうとすると、直前になって千鶴さんが呼び止める。


「そうそう。ここで言うの本当はマズいですが、今日の予定はキャンセルです」


 仕事のことを言っているのだろう。本来は家に通信端末の入った紙袋が置いてあるかどうかで判断するだけで、仕事の有無をわざわざ報告してくれることはない。

 そもそも、仕事のないこと自体が珍しいことだけど。


 ちょうどいい。今日中に体育祭というもので何が行われるのか調べておこう。






 図書室の隣にある資料室で過去の体育祭について調べていると、日も落ちてスッカリ暗くなってしまった。


 こんな時間まで学校に居残ったのはもしかしたら初めてかもしれない。

 だからと言って、特別な感想を持つことはなかった。


 廊下を歩いていると、微かにピアノの音が聴こえた。

 音楽室はここから少し先にあるけど、この静かな校舎であれば聴こえてきてもおかしくはない。


「誰かが居残りで練習してるのかな」


 これといって音楽にそこまで興味はない。

 ピアノが上手いのか下手なのかも、ミミには理解できない。


 少なくとも、音楽を奏でているのだから始めたばかりの素人ではないことくらいなら分かるけど。


 だから、わざわざ音楽室に向かって正体不明の演奏者を覗いてみようという好奇心が芽生えたのは偶然──いや、運命という他なかった。


 明かりすら灯されない音楽室。鍵盤を叩くその人は月光の下でのみ姿を表す鬼のように、迫力のある真剣な表情で音楽を奏でていた。


 運命という言葉を使ったのは、幻想的とも怪異的とも言えるその人が凪々藻先輩であったからである。

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