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一幕 誕生日プレゼントは一つだけでいい

 朝のHRがあと少しで始まるギリギリの時間で教室に到着した。


「三三さん、ごきげんよう」

「うん」


 既に登校を済ませていたモブ子こと幸子が、この学校では当たり前だけど少し腹の立つ挨拶をしてくる。


「あっ! みーみ、チーッス」


 そこでようやく背を向ける明美ことモブ美が三三の存在に気がついた。


「今日のみーみ、気合い入って……はないね。今日は例の先輩の誕生日じゃん。どしたの?」

「どうして凪々藻先輩の前でもないのに気合いなんて入れる必要あるわけ」

「ほら。もっとこうあるじゃん。制服は指定のだから変えられないけど、普段と髪型変えてみるとかアクセ付けてみるとか、そういうやつだし」

「……」


 それをすることが気合いを出しているということになるのだろうか。

 三三にはよく分からない感覚だけど、それで相手からの印象を変えられるというなら、今後の参考にしようと思った。


「でも、三三さんと先輩の間柄を考えれば、そういうのはまだ早くありませんか?」

「たしかにそうかも」


 なんだよ。嘘だったのか。珍しくモブ美の意見を参考にしてやろうと思ったのに。


「うーん。ただ自分で言うのもなんだけど、そう言うことじゃないわけよ。雰囲気的にも気合い入ってないように見えたんだし」

「ああ。それならさっき少しだけ気合い……? 抜けたかも」

「明美の空気感を読む力は流石ですね。それで三三さん、何があったのですか?」

「ここ来る前、凪々藻先輩の教室に行ってきたんだけど人が虫のように群がってた」

「えー、どうして。何があったわけ?」

「明美の語感を読む力は乏しいですね」

「う、うっさいし」

「つまり、凪々藻先輩の誕生日にプレゼントを渡そうとする人が多く集まっていた……ということですよね」

「うん、その通り。あんな所に混ざるのは死んでも嫌だし、何より三三のプレゼントが有象無象のせいで薄れるのが嫌」

「あー、確かにメッチャプレゼント貰ってたら一つ一つの印象は薄くなるかも。でも、みーみのプレゼントは完成形見てないけど、結構いい感じだと思うな。自信持ってイイし」

「別にモブ美の感想なんてどうでもいいし、自信云々の話でもない」

「そうなの? まあ、自信ないわけじゃないならいいけど」

「和菓子包むやつと手提げ袋用意したの……お前?」


 不覚にも千鶴さんの家で寝落ちしてしまった三三はそこで朝の時間を過ごすことになった。

 千鶴さんが用意した朝食を取っている時に、明美が気を利かせて買ってきてくれた物を渡されたのである。


「いきなり話変わるじゃん。まあ、そうだよ。必要だと思ったから、みーみ頑張ってる間に買ってきたし」

「そうなんだ」

「でっ、どうだった? 時間ない中、結構お洒落な和風の柄入った奴選んだでしょ」

「う、うん……。イメージ通りだったから……使わせてもらった。あ……あり……」

「え、最後なんて言ったの? 小さくて聞き取れなかったし」

「……お、お礼を言っただけだ! 悪いか」

「顔赤くするみーみ、マージ可愛い」

「なんなんだよ!」


 今までこんな風に主導権を握られることなんてなかったのに、最近の三三はどうかしているのかもしれない。


「これはこれで有りかもしれませんね。明美と三三さん……妄想が捗りますぅ」


 余計な想像をするモブ子には強烈なデコピンをお見舞いしておいた。






 滅多に人の来ない暗室に三三はいた。


 とある人物をメッセージアプリで呼び出してから5分。ようやく人の足音が聞こえてきた。


「失礼いたしますわ、ご主人様」


 変態に目覚めて三三の奴隷となったおっぱい星人こと朱雀院 アイラが興奮した表情で暗室に入ってきた。


「おい、おっぱい星人。呼び出してから5分も経ってるんだけど。3分以内に来いって書いたよね。何してたんだ」

「あぁ〜、一人で抜け出すのに少々手間取りましたが、特に何もしていませんわぁ〜」

「つまり、この無駄にデカい脂肪が重くて走れないわけか」


 服の上からでも形の分かるその胸を結構強めに引っ叩くと、この変態はいい声をあげて身をよじる。いや、キモい声の間違いだ。


「今日はなんの日だか分かるよな」

「えぇ、分かりますわ。本日は凪々藻さんのお誕生日でしてよ」

「その通り。頭おかしいけど悪くはないんだ」

「あ! 嘘でしてよ。今日は特に何の日でもありませんわ」

「罵られたいからって間違いを言うな。話が進まないだろ。次そんなことしようものなら、うーん。……この場で裸になってもらう」

「えっ、いいんですの!」

「あ、いや。……とにかくダメだ!」


 こいつは変態だった。暴力も辱めも喜ぶんじゃ無敵じゃないか。何を嫌がるのかが三三にはちっとも分からなくて、非常にやりにくい。


「ちなみにですが。昨日購入してリモコンをご主人様に渡した例の物ですが、さっそく装着していますわ」


 昨日アダルトグッズの店で買ったローターのことだろう。


「そんなこと話さなくていい」

「皆がいる教室で、いつ電源をオンにされるのかとドキドキしながら待つのは、あぁ〜思い出しただけでも最高でしたわぁ〜」

「はぁ……分かった。今スイッチを入れてやる。だけど、教室じゃ距離があり過ぎてて遠隔操作は不可能だ。だから、改造が終わるまで少し待て」

「お優しいご主人様も素敵ですわぁ」

「くっつくな。おっぱい押し当てるな」

「アンッ!」


 いきなりスキンシップを取ろうとする変態を咄嗟に殴って喜ばせてしまった。


「電源を入れるのは話を戻してからだ」

「誕生日プレゼントのことですわね」


 約束は約束だから、仕方なくリモコンのボタンをオンに切り替えた。


「こ、これは……凄いですわ」

「…………どうやってプレゼントを渡すのかだ」

「ふ、普通に渡せば、んっ、いいのではありませんこと」

「だけど、人だかりができてただろ。何なんだよあれ。あの中に混ざって渡すのは嫌だ。もっと……特別感がほしいんだ」

「去年もアンな感じでしたわ。それだけ凪々藻さんッ、が人気と言うことですわ」

「ふーん、やっぱりそうなのか」

「ただ、気持ちは理解しましたわぁ。プレゼントというだけで特別感ッ、はありますが、要するに他人との差別化をしたいわけ、ですわね」

「……差別化」


 この変態の言ってることは、癪だけど多分正しい。


 差別化というなら、他がなくなってしまえばいい。

 つまり、他のプレゼントを盗んでしまえばプレゼントは三三からのだけになって、差というものがなくなる。


「決めた。他のプレゼントは全部三三が盗む」

「そ、そのようなことはいけませんわ。凪々藻さんとご主人様が二人きりになれるよう、わたくしが何とかいたします。だから、絶対にそれはダメですわ」

「うるさいぞ。三三に命令するな。凪々藻先輩を呼び出して二人きりにするのは当たり前だ。何のためにお前をここに呼び出したと思ってる」

「は、はい〜。申し訳ありませんわぁ」






 おっぱい星人から連絡が入った。


 放課後17時頃、凪々藻さんを中庭に向かわせます。

 移動を開始しましたら、連絡差し上げます。


 プレゼントを盗むなら、この連絡が入った瞬間が勝負だ。


 凪々藻先輩が教室から中庭に向かう間に三三は他のプレゼントを盗んで、凪々藻先輩より早く中庭に到着すればいい。


 所定の時間になっておっぱい星人から連絡が入る。


 先輩の教室付近に潜んでいた三三はすぐさま先輩の机へと向かった。


 数々のプレゼントはロッカーには入れず剥き出しのまま、大きな紙袋の中に積まれていた。


 まるで善意の第三者に盗んでくれと言わんばかりに。

 いや、流石にその考えはうがち過ぎだ。単純に量が多くてロッカーに入らないのだろう。


 目的を果たした三三は一度自分の教室を経由して、中庭へと急いで向かった。






 中庭に到着すると、既に待っていた凪々藻先輩は誰かを探すように辺りを見回していた。


「せ、先輩……遅れてすみません……」

「わたしに用があるというのは、草葉さんのことでしたか」

「は、はい……えっと」


 恥ずかしすぎる。先輩を前にすると、途端に何も考えられなくなってしまった。

 何から話を始めればいいんだろう。


 背中に持っているプレゼントの入った手提げ袋を無意識に指で弄っていた。

 こんなことしたら、先輩に渡す前にボロボロになっちゃう。


「草葉さんはアイラさんと仲がよろしいのですか?」

「う、うん。たまたま町で会って、それで……」

「仲良くなったのですね。アイラさんは親しい方以外には少し高圧的な所があって友人と呼べる人が少ないので、今後も仲良くしてくれると嬉しいです」

「わ、分かった……」


 先輩に気を遣わせて喋らせてしまっているのに、三三は受け答えしてるだけになってしまっている。

 このまま長引かせても印象を下げるだけだ。やっぱり、ここは思い切りが必要だ。じゃないと三三らしくない。


「凪々藻先輩、これ! どうぞ!」


 背中に隠し持っていたプレゼントを先輩に向かって勢いよく突き出した。


「わたしにくれるのですか?」

「そうそう。えっと、誕生日おめでとう……ございます……」

「ありがとうございます。和風の素敵な袋ですね。開けてもいいですか?」

「生物だから、まだ開けない方がいいかも。保冷剤も入れてある」

「食べ物でしたか。であれば、家でいただきますね。となると、このデザインから考えて和菓子ですか?」

「うん。そう……」

「嬉しいです。わたし、和菓子は大好きなんです」

「手作りの和菓子だから、味はイマイチかもしれない」

「手作り、凄いですね。草葉さんはそんなことまでできるのですね」


 凪々藻先輩の手が三三の髪に触れる。頭を撫でてくれたのだ。


 それからどういう会話をして、どういう風に別れたのかを三三は覚えていなかった。






 三三は空っぽで真っ暗な自宅で一人、イヤホンを耳につけて雑音以外の音が流れるのを今か今かと待っていた。


 雑音の雰囲気が大きく変化すると、誰かの会話が入ってきた。


「お帰りなさいませ、凪々藻お嬢様」

「はい、ただいま帰りました」


 それは凪々藻先輩と、おそらくメイドによるものだった。


「もしかして、本日いただいたプレゼントはそちらの小さな袋お一つですか?」

「はい、そうです」

「毎年、山のように持って帰ってきますのに、今年は何かあったのでしょうか?」

「ええ、盗まれてしまいました」

「それは何と申せばいいのか……反応に困ります」

「喜んでいいかと。善意の第三者によって捨てる手間が省けたのですから。はい、こちらも処分しておいて下さい」

「承知しました。ただ、お言葉ですが善意の第三者というのは使い方を間違えています」

「分かっています。ですが、意味は通じているじゃありませんか」

「そうでしたか。これは大変失礼いたしました」


 三三のプレゼントは捨てられてしまう?


「………………それって」


 食べて終わりにするんじゃなくて、あえてそうする事できっと、思い出を一生のモノにしようという意味だよね。


「やったー、誕生日プレゼントは成功だぁ」


 これで少しは凪々藻先輩との距離も近づけたかな。


 今晩は自慰をして、いつもより少しだけ深く眠ることができた。

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