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五幕 プレゼントの選び方

「今日の三三さんは塞ぎ込んでますね。何かあったのですか?」


 放課後の千鶴さんとの面会時間まで、ミミは昨日の作戦の失敗を引きずっていた。

 失敗を悔やんでいるというよりは、凪々藻先輩が欲しい物をどうやって聞き出せばいいのか八方塞がりの状況だからだけど。


「だって、先輩に何をプレゼントすればいいのか分からないんだもん……。おっぱい星人は何も吐かないし」

「あぁー。噂でアイラさんが襲われたと聞きましたが、もしかして三三さんがやっちゃった感じかなぁ」

「うん、そう。だけど、何も情報を引き出せなかった」

「なぜか彼女、何も言ってないみたいです。なので問題にはなってないですが、あまりそういうことしちゃダメですからね」

「でも、千鶴さんがおっぱい星人に協力してもらえって言ったから」

「言ったかもしれないわねぇ。まーでも、具体的に何をしたかまでは分からないですが、間違いなく今回のは協力ではありません」

「次があったらもっとスマートにできるように努力する」

「いや、やり方の問題じゃなくて。三三さんがアイラさんにしたこと自体がダメなんです」

「そうなんだ。誠にごめんなさい……」


 でも、それならミミは何をすればいいのか尚更分からない。普通に聞いても答えてくれそうにないし。


 そういえば、運命的な出会いがどうとか言ってたっけ。なら、今なら教えてくれるのかな。


「でも、そうねぇ。前回三三さんが相談してくれた時、先生も回答が投げやりだったかもしれません」

「かも──じゃなくて事実だよ」

「あらぁ、そういうこと言っちゃう。でも、その通りよね。三三さんのカウンセラーとして失格かね」

「こういうことが何度も続けば」

「それじゃあ挽回のためにも、今日は“プレゼント”をテーマに会話をしましょう」


 千鶴さんはそう言って、いつものカルテを引き出しから取り出した。


「三三さんはこれまで、誰かにプレゼントを渡したことはありますか?」

「ううん、ない」

「それなら、貰ったことは?」

「ある。千鶴さんにチョコ貰った」

「そっか。じゃあ、貰ったときはどういう気持ちになりましたか」

「えーと、タダで貰えてラッキーって」

「そっか、そっか。チョコを貰えて嬉しくはなかったですか?」

「美味しい物を食べれるのは嬉しい。……あれ? でも、貰えて嬉しいのとは違うのかな」

「原因と結果なので、貰えて嬉しかったと考えてよしとします。では、嬉しいと思う感情の発生理由を考えてみましょう。三三さんはマズローの自己実現理論を知っていますか?」

「うん。欲求五段階説のことでしょ。上から自己実現、承認、社会的、安全、生理的欲求だったっけ」

「はい、満点です。プレゼントを貰えて嬉しいのは、そのいずれかの欲求を満たすからというわけです」

「うーん……」

「三三さんの例で考えてみましょう。チョコを貰うことで満たされる欲求は五つの内のどれだと思いますか?」

「それくらいは分かる。生理的欲求」

「そうですね。じゃあ、先生が三三さんに渡した物が、たまたま三三さんの苦手な物だったらどう思いますか」

「わざとじゃないなら……うーん。食べ物に好き嫌いはないけど多分嬉しくない」

「まー、普通はそうよねぇ」


 これまでの問答を整理すると、やっぱり凪々藻先輩の欲しい物が何かをリサーチする必要があることになる。

 加えて、形に残る物よりは食べ物を渡す方が好き嫌いの基準から考えて無難ということだろうか。


「結論が出たという表情をしてますが、話はまだ終わっていません」

「そうなの? あっ、でもまだ生理的欲求の話しかしてないか」

「その通りです。例えば、三三さんが先生にプレゼントをくれたとしましょう」


 先生もプレゼント欲しいってことかな。ドライバーとかあげればいいかな。


「プレゼントの中身はドライバーでした」

「なんで分かったの!」

「三三さんとは付き合い長いですから。ただ先生はドライバーなんて正直いりません。ところが、プレゼントを貰えることは嬉しいと感じます」

「いらないんでしょ。なんで嬉しいの?」

「プレゼントをくれるイコール三三さんが先生を特別だと思ってくれていると考えるからです。すると、承認欲求ないし社会的欲求が満たされるわけですね」

「ミミにそう思われることで……? 誰でもいいってこと」

「誰からでも先生は少なからず嬉しいです。まあ、そこは人によるでしょう。ただ、三三さんは目が離せなくなるというか、見ていて可愛いから先生にとっては特別です」


 千鶴さんは珍しく、戯れるようにミミに抱きついてくる。


「ほっぺ、すりすりするなー」

「照れる三三さんも可愛いですよぉ」


 コンコンッ──


 保健室のドアをノックする音がして、その場の空気が一瞬で凍りつくように静まり返る。


「おーい千鶴、いるんだろ。鍵開けてくれよ。いかがわしいことでもしてるのか」


 この声と喋り方は間違いなく担任のミカちゃん先生のものだった。


 千鶴さんはカルテを元あった所に仕まってから、ドアの鍵を開けに向かう。


「ゲッ! なんでお前がいるんだよ」

「ミカ先こそ何のよう。千鶴さんは今、ミミと話してるの」

「机で仕事すんの疲れちまってな。ちょっくら休憩に寄っただけだよ。それよかお前、どこか悪いのか……」

「いや別に」

「んだよ。じゃあ、俺と変わんねえじゃねぇか。そう邪険にすんなって」

「いや、先に言ったのはそっちでしょ」

「そうだったか? メンゴメンゴ」


 ミカちゃん先生は詫びる気持ちを欠片も感じさせない態度で謝罪した。

 いつものことだから気にもしてないけど、予想外なことに千鶴さんがその態度を咎める。


「小林先生、ちゃんと三三さんに謝ってください。先生として示しがつかないじゃないですか」

「こいつだって俺のこと、先生なんてこれっぽっちも思ってないぜ」

「謝りなさい」

「おー、こえーこえー。千鶴は俺のオカンかっての」

「いいから謝りなさい!」

「わーたよ。草葉ぁ、誠にごめんなさい」

「うん、別にいいけど」

「その間違った日本語、流行ってるの? 三三さんも何度か言ってましたよね」

「知らねぇけど、俺は草葉と同じレベルってか」


 二人の話す雰囲気がミミの知るものより砕けている気がした。

 この人たちはどういう間柄なのだろうか。


「二人は友達なの?」

「ん? ああ、そうだな。俺たち同級生だったんだよ。その頃は親しかったわけじゃねぇが、この学校で教員として再会して打ち解けたってわけよ」

「ふーん、そうなんだ」

「ところで、お前らはさっきまで二人で何を話してたんだよ」

「プレゼントの……まあ、選び方についてです」

「草葉がテストの時に言ってた話に関係することか」

「うん、そう」

「小林先生はどういう物が貰えると嬉しいですか?」

「そうだなぁ。やっぱり定番かもしれねぇが、お揃いのアクセなんかどうよ」

「小林先生は見かけによらず乙女チックですねぇ」

「べ、別にいいだろ。喧嘩に負けそうな時にそれが視界に入って力がみなぎってくるとかいい展開だろ」

「何そのありきたりなの。これだから処女はよ」


 その言葉にミカちゃん先生だけでなく千鶴さんまで反応したのをミミは逃さなかった。


「いや、それに関してはお前だってそうだろ」

「まだ学生だからいいんだもん。それにミミは凪々藻先輩以外に興味ないし」


 そろそろ話すのも飽きてきたし、今日の面談はこれくらいにして帰ろうかな。


「三三さんはもう帰りますか? では最後に──プレゼントを選ぶ際は先ほどの話を頭の片隅にでも置いとくとよいと思います。それから情報もなしに自分一人で選べるか不安なら、お友達に相談してみるとよいと先生は思いますよ」

「うん、分かった。それじゃあ」

「いえ、いつものクイズがまだです」


 千鶴さんはポーチからチョコレートを見えないように取り出す。


「そうだった。じゃあ、ストロベリーキッス味」

「ブッブー! 正解はじゅくじゅく熟女のドリアン味でした。外れたので一つです」

「いや、それぜってぇ当てられねぇだろ!」






 とうとう情報も得られずプレゼントも買えないまま、凪々藻先輩の誕生日前日となった。


 買い物に行く時間を考慮すれば、情報収集のタイムリミットを迎えてしまったことを意味する。


 昼休みの教室で、明美と幸子の会話を聞き流しながら、答えの出ない問いを何度も何度も繰り返し考えるけど、やっぱりこれしかないという答えは得られなかった。


「なんか今日のみーみ、機嫌悪くない。もしかして、あの日だったりする感じ?」


 明美が言うあの日とはどういう意味だろうか。


「凪々藻先輩の誕生日は明日だけど」

「いや、そういう意味じゃないし」

「そういえば、結局プレゼントは何にするか決めたのですか?」

「ううん。とりあえず食べ物にしようかと思ってるけど具体的なのはまだ」


 友達に協力してもらうのが良いって千鶴さんが言ってたことをふと思い出す。


 だけど、この二人はミミにとって友達なのだろうか。逆に二人はミミをどう思っているのだろうか。


 買い物に付き合って欲しいと二人に頼めば、それはミミがモブたちを友達だと思っていることになるのかな。


 なんかそれって凄く恥ずかしい気がする。


 でも、自分一人でいくら考えても答えは出なかったし、千鶴さんの助言に従うしかない。


「え、えっと……モブ子とモブ美に頼みがある」

「うん、何かな何かな」

「か、買い物に……付き合ってほしい……」

「みーみ、めっちゃ顔赤くなって可愛いじゃん」

「う、うるさい。別にいいだろ!」

「いつもは殺すとか言うのに普段の迫力もないし」

「じゃあ、やっぱりいい」

「ごめんごめん。みーみが命令っぽくない頼み方するのが珍しくて、ついからかっちゃった。でも、めっちゃ嬉しいし協力させて」

「僕も力になれるか分かりませんが協力します」


 どうして頼み事をされて嬉しいと明美は言ったのだろう? これもプレゼントと一緒で欲を満たせるということだろうか。


 それなら、明美たちはミミのことを少なからず友達だと思っているということになるのかな。


 なんだろう。この気持ちをミミは知らない。分かることといえば、さっきよりも顔がもっとずっと熱くなってることだろうか。






 プレゼントを選ぶため、駅のすぐ隣にあるショッピングモールへとやってきた。


「プレゼントは食べ物にするって言ってたっけ。先輩の好物が何か知ってる感じ?」

「ううん、知らない。というか、知ってたら悩まない」

「それもそっか。なら、みーみの好きなのでいいんじゃないの?」

「ミミは特別好きな食べ物なんてない」

「では、売られている物を実際に食べて美味しいと思ったのを選んでみてはどうでしょう。甘味に限定すれば大抵は喜ばれると思います」

「それでいいのかな……」


 あまり乗り気にはなれないけど、それを却下できるアイデアを持ってるわけでもなかった。


 菓子だけで数十のお店が立ち並ぶ食品フロアを一周しながら、気になった物を買い集めてみる。


 ショッピングモールの外にあるベンチを占領し紙袋を並べると、見ているだけで食べるのが嫌になるほどの数になっていた。


「しかし凄い数ですね」

「流石に買い過ぎたんじゃないの。みーみ、金持ちじゃん」

「使ってないから貯金だけが貯まってる」

「いいなー。あたしなんて毎月キツキツだし。使い過ぎだってお小遣い減らされたのマジ辛い」

「バイトでもすれば」

「ウチの学校、バイトダメっしょ。それにパパもママも許可してくれないし」

「金の話はどうでもいい。さっさと食べるぞ。全部は食べられないから、二人は残飯処理係しろ」

「オーケーだし。タダでスイーツ食べられるなんてラッキー」

「この量だと夕飯食べられなくなりそうですね」


 しかし、やっぱり何かが違うという思いを拭えなかった。三分の一を食べた所で、ついにその思いに誤魔化しが効かなくなっていた。


「やっぱり何か違うんだよ」

「その何かをもう少し言葉にすることはできませんか?」


 ミミは目をつぶって、自身の心と向き合うように考えてみた。


 そもそも、プレゼントを渡すのは凪々藻先輩を喜ばせたいから。

 千鶴さんの話を復習すると、喜んでもらうには五つの欲求のいずれかを満たす必要があるわけだ。


 生理的欲求──その中でも食欲を満たそうとすることが果たして正解なのか。


 先輩の家は裕福だ。モブたちも裕福だけど、それとは次元が違う。それこそ、上から数えて何番目というレベルだ。


 こんな誰でも買えるような店の食べ物で先輩が喜ぶところをミミは想像できなかった。


 となれば、やっぱり別の欲求を選ぶのが得策だと思う。


 ミミの特別を先輩にあげられればいい。特別な思いをプレゼントに込められればいいんじゃないか。


「この中のどれを選んでも、ミミの特別な気持ちは伝わらない。それが違う気する理由だ」

「例えばハートの形をしたお菓子を選ぶのとは違うのですか?」

「さっちん、それは違うっしょ。やっぱり気持ちといったら手作りに決まってるし」

「手作り。いいかもしれない。ただ、手先は器用な方だけどお菓子作りしたことない」

「あたしもママに教えてもらいながらしかないや」

「僕なんてからっきしです……」


 何を作るのか考えて、それから練習となると明日まで間に合わない。


 オリジナルのスイーツを作れるほどの腕もないし、何かスイーツ作りのキットがあればいいけど……。


「……?」


 ベンチの前方を歩く見知らぬ誰かがミミのことを見て、すぐに目を逸らした。

 その挙動は明らかにミミのことを知っている人物のものだった。


 間違いなく言えるのは仕事関係の誰かではない。動きが素人くさいのが何よりの証拠だ。

 そうとなれば、残る選択肢は学校の誰かということになる。


 不自然な帽子にメガネ、マスクを身につけているのは、間違いなく知人をあざむくことを目的としている。

 だけど、隠しきれていないあの大きな胸の膨らみ。


「なんで、おっぱい星人が一人で……」

「みーみ、どうしたの? あぁ、食い過ぎてお腹痛いんでしょ」

「……残ったの全部あげる」

「えっ、どこ行くし! って、みーみ行っちゃった」

「三三さん、戻ってくるのでしょうか」

「分からないけど、せっかくだし待ってあげよ」


 変装するおっぱい星人をミミは気づかれないように尾行した。


 おっぱい星人こと朱雀院 アイラは、あれでも学校では凪々藻先輩に次ぐお金持ちのお嬢様である。


 そんなやつが一人で、それも素人感バリバリの怪しい変装でブラついているなんて、何かあるに違いない。

 弱みを握れるような秘め事──例えば売春とかだったりして。


 有益な情報を得られる可能性を前に変な笑いが込み上げてきた。


 おっぱい星人はスマホで地図を確認しながら5分ほど歩き、たどり着いたのは清潔感とも違う清潔“風”の建物だった。


 お店の入り口には、両手を前に突き出してるようにも、両手で隠部をくぱぁと広げているようにも見える、ピンクのステッカーが貼られていた。


「……アダルトグッズのお店だ」


 入店するおっぱい星人を追うようにミミも店の中に入った。

 こういう店に入ったことはないけど、仕事でもっと如何わしい場所に忍び込んだことならあるし、別に躊躇するようなことでもなかった。


 やっぱり言い逃れできないタイミングで声をかけるのが面白そうだ。


 大人のおもちゃを手にするおっぱい星人に後ろから声をかけた。


「そういうのに興味あるんだ」

「申し訳ありませんが、ナンパはお断り──げっ!」

「げっとか言われるの微妙に傷つくんだけど」

「そ、そうですわね。申し訳ありません」


 不良の先生と違って、お嬢様は意外と素直に謝るんだ。傷つくなんて嘘だけど。


「そ、それで。どうしてあなたがこんなところにいるのですか!」

「面白そうだったから跡つけてみた。ふーん、こういうのに興味あるんだ」


 おっぱい星人が手にしていた大人のおもちゃを奪いとって、パッケージに書かれたキャッチフレーズを読み上げる。


「遠隔操作で十段階の振動を思いのままに。これがローターってやつだ。初めて見た」

「わ、わたくしだって初めてですわ。いいから返してください」

「それが人にものを頼む態度なんだ。お前がこれを手に取るところ撮った写真、学校にばら撒いたらどうなるかなー」

「……それも悪く──ではなくて、何か要求があるわけですわね」


 こいつ今、それも悪くないって言おうとした? もしかして、マジの変態だったりする。そうなら、脅迫材料にならない可能性も考えられる。


「そ、そうだよ。ミミの質問に知ってること正直に話せばいいだけ」

「その前に……先日わたくしを襲ったの草葉 三三さん、あなたですわよね」


 なんだこいつ。今、それを言うのか。

 別にミミが犯人だと思われることは問題じゃない。何か決定的な証拠でもなければ断定することはできないのだから。


「……? 襲ったってなんのこと?」

「顔色一つ変えないのですね。ですが、しらばっくれなくても大丈夫ですわ。だって、わたくし誰にも言う気ありませんもの」


 告げ口する気がないなら、今このタイミングで言う必要がどこにある? ますます意図が分からない。


「わたくしあの日、運命的な出会いをしてしまったのですわ」


 確かに言っていた。だからそれは極限状態の中で犯人を好きになってしまう現象、ストックホルム症候群のことだろう。


 それならこいつはやっぱり決定的な証拠を持っていて、それを使ってカップルになれと脅迫してくるつもりだろうか。

 もしもミミがこいつの立場だったら、ミミならそうする。


「……何が言いたい」

「わたくしは生まれながらにして人の上に立つことが決められていました。それに不満を抱いたことはこれまで一度たりともないですわ。誇りにすら思いますの」


 突然自分語りを始めて何のつもりだ。今すぐに逃げ出したい。戦略的撤退というやつ。


 これは得体の知れない恐怖だった。


 それなりに怖いことは経験してきてる。だけど、怖い出来事に直面しても、これは怖いことなんだって頭で考えるだけだった。


 だけど、今この瞬間は心の底から怖いと思っている自分がいた。


「お嬢様自慢をされてもミミは何も思わないけど」

「順序立てて話をしているだけですわ。目隠しをされて縛られている時、わたくしはゴミのような扱いを受けましたの」

「ふーん、それは屈辱的だ」

「そうなのでしょう。ですが、わたくしあの時に運命的な出会いをしてしまいましたの。いえ、出会いというのは語弊がありますわね。正しくは……新しい発見がありましたの」

「……」

「三三さん、人前ではそうお呼びしますわね。三三さんに受けたゴミのような仕打ちにわたくし、快感を覚えてしまいましたの」

「……はぁ? お前、何を言ってるの」

「あぁ……その侮辱の目、たまりませんわぁ」

「ダメだ、こいつ」

「そうではなくて、わたくしをあなたの奴隷にしてほしいのですわぁ」

「なんでミミがそんなこと。男トイレで全裸で待機してれば嫌でも味わえるだろ」

「男はいけませんわ。いくらわたくしがそれを望んでいたとしても、わたくしにもプライドがあります。使命がありますの」

「ふーん、あっそ」

「もちろん、タダとは言いませんの。あの時のあなたの要求から考えて、あなたは凪々藻さんにお近付きになりたいのですわよね」

「友達を売るわけだ」

「そうなのかもしれませんわね。ですが、流石に凪々藻さんを傷つけるようなことは協力しかねますわ。そこはご容赦願いますの」


 流石のミミでもこの変態を従えて御することができる自信はない。だけど、今回の一件だけじゃなくて今後のことを考えても圧倒的にメリットは大きい交換条件だ。


「分かった。ミミも凪々藻先輩を傷つけるようなことはするつもりないし、お前の要求を呑んであげる」

「他に人がいない時はご主人様と呼ばせていただきますわ」

「好きにすれば。さっそく教えてほしいんだけど。凪々藻先輩は甘いものだと何が好きなの」


 こうして思いがけない形で欲しかった情報が手に入ったのだった。


 おっぱい星人にはローターだけでなくいくつかの楽しみがいのありそうなおもちゃを選んであげて、アダルトショップの前で解散した。


「まずはご主人様にこれを渡しておきますの」


 別れ際に受け取ったのは、今しがた買ったローターを遠隔操作するリモコンだった。


「改造して、スマホを介してどれだけ離れてても操作できるようにしたら面白いかも」






 凪々藻先輩の好きなものが分かったので、スイーツを買い漁ったショッピングモールまで戻ってきた。


 すると、プレゼント選びに付き合わせてた明美と幸子がさっきのベンチに未だに座っていたのであった。


「お前らまだいたの」

「まだいたのって、どっか行っちゃったみーみを待ってたんじゃん」

「待っててなんて言ったっけ。何でもいいや。有力な情報が手に入ったからまた売り場に行くぞ」

「何その態度……なんて今に始まったことじゃないからいいけど」

「それで、有力な情報とは何なのですか?」

「和菓子だよ。凪々藻先輩は洋菓子よりも和菓子の方が好きなんだって」

「そうなんだ。よし、目的地もハッキリしたことだし急ぐし……って、なんでみーみゆっくり歩いてるの」

「急ぐ理由はないし、モブ美が勝手に走りだしたんでしょ」


 和菓子を専門に扱っているお店に歩いて到着する。


「いらっしゃいませ」


 和菓子というのは色々と知識が必要だと聞いたことがある。

 自分で食べるだけなら好きなのを買えばいいけど、プレゼントとなるとそうはいかない。


 花なんかに例えれば、葬式で扱うような花をプレゼントで渡すのは嫌味ならともかく、そうでないなら選ぶべきではない。


 そこまでハッキリとした用途が和菓子にもあるのかまでは分からないから、店員に教えてもらうのが賢明だろう。


「誕生日プレゼントで贈るなら、どんな和菓子がいいの?」

「お誕生日ですと、和菓子で作ったケーキなんていかがでしょう」


 提示された写真には普通のホールケーキにしか見えない物が写っていた。


「これも和菓子? 大きさはどのくらい」

「はい、全て和菓子を使って作られています。大きさは洋菓子のバースデーケーキと同じものをイメージしていただければ」

「うーん、それだと大き過ぎるし別のにする。プレゼントに適さない和菓子ってある?」

「プレゼントに適さない……ですか? いえ、ありませんが。大福やお饅頭よりは華やかな練りきりやゼリーなんかが若い人には人気です」


 あんまり期待した回答は得られなかったし、店内に並ぶものを一つ一つ確認しよう。


「モブ子、何見てるの」

「あっ、三三さん。これ和菓子を作ることのできるキットみたいですよ。手作りがいいんじゃないかって話になりましたし、三三さんの要望に合っているのではないかと思いまして」

「凄くいい! モブ子、でかしたぞ。練習用に十個くらい買おう」


 会計を済ませてショッピングモールを後にする。


「みーみ、これから帰って作るんだよね。家に着いてってもいい?」

「ダメ」

 

 そもそもミミの家のキッチンは使えない。埃だらけで汚いし水道から水すら出ない。


 そうなると、必然的に誰かの家で作る必要がある。


 それならあそこにしよう。


「やっぱり着いてきてもいいよ」

「いいの! やった、楽しみだし。さっちんはどうするし?」

「いえ、僕は遠慮しておきます。用事もありますし」

「そっかー。それならみーみがどんな所に住んでるのか、見るだけ一緒に行くし」

「たしかに、それは興味ありますね」






 駅から十分くらい歩いた所にある大きなマンションに到着した。


「ここなんだ。割と普通のマンションじゃん」


 これが普通のマンション? タワマンではないけど、確実に結構な値段するのは間違いない。


 明美の世間離れした感想は無視してミミはさっさと建物に入った。

 それから少し遅れて、幸子と別れを済ませた明美がやってくる。


 暗証番号を入力してオートロックを解除し、エレベーターで最上階の十五階へと上がった。


 鍵は律儀に閉めてある。もしまだ帰ってなかったら、ちょっと面倒かもしれない。


 インターホンを鳴らすと、幸いなことに家主から返事があった。


「はい……」

「ミミだけど」

「今、開けます」


 ドアが少しだけ開いて、そこから顔を出したのは千鶴さんだった。


「三三さん、どのようなご用件ですか?」

「キッチン使わせて」

「えっ? ちょっと待って。みーみ、ちーちゃんと一緒に住んでんの!」

「藤崎さんも一緒だったのね。いえ、三三さんはここに住んでませんよ」

「そうなんだ。ビックリしたし。えっ、じゃあ、みーみとはどういう関係? 少なくとも家を知ってるわけじゃん」

「そんなことより、キッチン貸してくれるの? くれないの?」

「あー、はいはい。部屋を片付けちゃうので、ちょっと待っててください」

「うん」

「あれ……出したままだった──って! どうしてついて来てるのですか!」

「いいじゃん。オナニーグッズあっても気にしない」

「なっ、違います。仕事の資料が出しっぱなだけですからね」


 玄関の外に追い出されてしまった。


「結局、みーみとちーちゃんはどういう関係なの?」

「……知らない方がいいと思うけど」

「えー、なに。そんな意味深なわけ? もしかして付き合ってるとか。いや、三星先輩がいるから違うか」

「うん、違う」

「じゃあさ、ヒントだけちょうだい」

「簡単に言うと上司と部下」

「さっぱりよく分からないし」


 明美とどうでもいい会話をしているとドアの内側から鍵の開く音がなった。


「もう入っても大丈夫ですよ」

「ちーちゃんの部屋、どんな感じか楽しみだし」

「御託はいいからさっさと入りやがれ」

「ちょっと、お尻蹴らないでよ。みーみ」




────────




 三三さんがキッチンを占領してから早数時間が経過していた。


 どうやら、凪々藻さんの明日の誕生日に渡すプレゼントを作っているらしい。


 あれだけ長い間悩んでいた三三さんを見てきただけに、無事に決まったことにホッとさせられる。


 昔よりも涙もろくなっているのを感じるだけに、こういうことでも涙が出てくる。


「和菓子ねぇ……」


 三三さんが買い込んだ和菓子作りのキットについて、スマホで少し検索してみる。


 どうやらキットは数種類あるようで、お餅や餡子を使ったものから和菓子の定番である練りきりまで、豊富な種類を作ることができるらしい。


 キッチンの三三さんをチラッと見てみた。


 ここは私の家であるはずなのに、キッチンの空間だけが切り離されてしまったかのように感じる。


 もちろん、三三さんは納得のいくプレゼントを試行錯誤して作っているに過ぎない。


 この錯覚は私が三三さんの姿に気圧されてしまっていることに起因するのでしょう。

 呼吸さえ忘れてしまっているかのごとく静かに集中している彼女の姿が、私には目に見えるほどの気迫を生み出しているように感じたのです。


 邪魔しようものならどうなることやら。私は暇つぶしにスマホでゲームでもすることにした。


 ちなみに、藤崎さんはウチに上がってすぐに何か用事を思い出したようで、早々にいなくなってしまった。


 だけど、去り際に戻ってくるようなことを言っていたのが気になる。


 三三さんがプレゼントを完成させるまで見届けたいということでしょうか。


 藤崎さんのことを考えているとインターホンが鳴った。噂をすれば何とやらというわけです。


「ちーちゃん、ただいま」

「はい、おかえりなさい」

「みーみはまだ作ってる感じ?」

「その通りです。もの凄い集中力ですよ」

「三星先輩のことどれだけ好きなんだし。邪魔するの悪いから、戻ってきたばっかだけどあたしはもう帰るよ」

「……もうですか? 分かりました。時間も時間ですので、それがいいと思います」

「これ、みーみに渡しておいて」


 藤崎さんは有名な雑貨屋のロゴが入った袋を取り出す。


「これは何ですか?」

「プレゼント用の箱とラッピングが入ってるし。これないと、せっかく完成しても渡せないじゃん」


 なるほど。藤崎さんはこれを買いに行ってたわけですか。


「まー。藤崎さんみたいな人が三三さんの友達でいてくれて、先生はとても嬉しいです」

「ちーちゃん、みーみのママみたいじゃん」

「先生これでも母親の年齢ではないですからね」

「それじゃ、歳の離れたお姉さんじゃん」

「それなら。実は結構付き合い長いですからね」

「そうなんだ。それじゃ、みーみのことよろしく、お姉さん」

「はい。気をつけて帰ってください」






 お風呂から上がると、キッチンに三三さんの姿が見当たらなかった。


「三三さん? どこにいるのですか」


 リビングにはいない。寝室を覗いてみるけど、やっぱりいない。もしかしてトイレかもなんて考えたけど、これも空振りに終わるん。


「どこに隠れていますかぁ」


 三三さんに本気で隠れられると私では見つけることができない。

 だけど、今このタイミングで隠れる理由が微塵も思いつかなかった。


「……もしかして!」


 一つの可能性を閃いた私はキッチンの中に入った。


「やっぱりここかぁ」


 三三さんはキッチンの床でぐっすりと眠っていたのです。


 リビングからだとキッチンの床は見えないため、お風呂上がりに見た時は気づくことができなかった。


 彼女が疲れて眠ってしまっていることに、正直私は驚きを隠せなかった。


 三三さんは仕事で張り込みをする場合なんか、寝ずに三日過すなんてことも多々あった。


 そんな彼女がたった数時間で体力を出し切ってしまったとなれば、その集中力はどれだけ凄まじいものであったのだろうか。


 少なくとも、一つだけ分かることがある。


 三三さんの凪々藻さんに対する感情は本物だってことです。


 冷蔵庫の中を調べると、そこには変わった形の桜餅と柏餅が寄り添うように置かれていた。


「あー、なるほど。桜餅が三三さんで、柏餅が凪々藻さん。彼女たち二人の髪の色をモチーフにしているのですね」


 私は三三さんを起こさないようにそっと抱えて寝室まで運んだ。三三さんが小柄で助かった。


「おやすみなさい。明日がいい日になりますように」


第一章 完

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― 新着の感想 ―
[良い点]  面白かったです。  ミミの手段問わずに凪々藻先輩に振り向いて貰おうという姿勢が好き。  ミミのところどころ見える普通じゃない背景と思考も、最初の自殺した生徒とミミの関連性も気になるところ…
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